熊本地震が発生し、中国のSNSでは被災地の熊本を思いやる投稿や、スマートフォンやSNSを介した義援金
の「中国式送金」が増えている。その一方で、中国は4月30日から3日間の労働節休暇となる。日本よりも連
休が少ない中国では、この時期に海外旅行に出かけるという人も多く、インバウンドの面からは打撃が大きい
が、どうなのだろうか。その実情に迫った。(ジャーナリスト・中島 恵)
筆者も驚く中国人のSNSでの反応、スマホを用いた義援金の中国式送信
中国・上海の日本領事館には被災地の熊本を応援するメッセージが次々と届けられている
「熊本地震が発生してすぐ、中国に住む姉が『被災地の支援に使ってほしい』といって中国のSNSである微信
(中国版LINE、wechat、ウェイシンともいう)を介して私に送金してきたんです。なるほど……こういう支援の仕
方もあるのか! とハッとして、その後、私の微信にも、『もし同じように支援したい方がいたらどうぞ』と書き込ん
だところ、次から次へと中国に住む友人が私の微信に振り込みをしてきてくれたんです。びっくりしたと同時に、
とても感動しました」
静岡県に住む40代の中国人女性は電話口でこう話す。金額は1人あたり100元(約1800円)、200元(約
3600円)と高額ではないが、先週末までに3000元(約6万円)以上が集まった。その女性は中国の友人たち
の行動に「胸が一杯になりました」といって声を詰まらせる。
女性は来日して16年になるというが、SNSに中国語と日本語で振り込みの証拠画面のキャプチャとともに
「中国人が日本のことを嫌いだなんて、誰がそんなことを言えるのでしょうか?」と自らの思いも書き込んでい
た。
私は偶然この投稿を見かけ、すぐに彼女に連絡を取ってみたのだが、中国人が義援金を送ってくれていると
いうだけでなく、微信での振り込みという方法に驚き「今の中国を象徴するやり方だな」と感心した。
というのも、昨今の中国では、日常的にスマホやSNSを介しての送金が主流になってきているからだ。中国で
大流行している微信には国内外に7億人以上のユーザーがいるといわれているが、フェイスブックなどと異なり
電子決済サービス(微信支付)があり、銀行引き落としができるのが大きな特徴だ。
もう一つの代表的な電子決済サービス(支付宝、アリペイ)と並び、公共料金、レストランでの食事代やタクシ
ーでの支払い、ネットショッピングの支払いなどを、SNSを介して行う人が増えてきており、最近では現金を持た
ない人すら多い。先日上海で再会した友人は、ここ2年間で銀行に行ったのはわずか1回だけだと話してい
た。
だから、熊本への義援金もこうした「中国式の送金」を思いついたのだろう。手軽でスピーディーなやり方だ。
(ちなみに、蛇足だが、送金画面[=写真]を見ると、微信紅包と書いてあるのがわかるだろう。誤解を招かない
ために説明すると、紅包とは本来、お年玉やご祝儀など、おめでたいときなどに送るお金のことを指す。だが、
もちろんここではそういう意味ではない。微信を使って送金する場合にはこうするしかなく「手っとり早いのでこの
手法を用いただけなんです」と女性はつけ加えてくれた。あえて説明することによって、逆に深読みや誤解をさ
れる恐れもあるかもしれないと考えたが、やはりここで補足説明しておく)
中国の日本大使館や領事館には「支援したい」という問い合わせが殺到
話を元に戻そう。お金は静岡に住む女性の中国の口座に振り込まれているが、女性は「日本で私がとりまと
めて、責任を持って熊本まで持っていきたい」と話す。どこかの団体を経由するのでは時間がかかるし、確かに
被災地に届いたという確証が持ちにくい。熊本に住む中国人の友人と連絡を取り合って、現地の人々に役立て
るにはどうしたらよいのかを考えているところだという。
「たとえば、小学校などに寄付するのもいいですね」(女性)。写真なども撮ってSNSで現地レポートすれば、中
国に住む友人たちも安心するし、喜ぶのではという。
熊本には日本国内だけでなく、世界各国からのボランティアも応援に駆けつけているが、在日中国人や華僑
の団体、中国人留学生なども同様だ。
「中国に住む友人たちも皆、その動きを見守っています。日本に住んだことがある人や留学経験者だけでなく、
一度も日本に行ったことがない故郷の友だちも大勢支援しているんですよ」と女性は繰り返す。
私自身も今回、そうした中国人の行動や思いをSNS上でたくさん見つけた。仕事で頻繁に上海と東京を往復
している20代の女性は、先週末、在上海日本領事館を訪れたところ、熊本を応援する色紙を何枚も見つけた
といい、それを発信していた。
「加油(がんばれ)、熊本」と書かれた色紙の数々だ(1ページ目の写真)。また、上海で新聞記者をしている男
性は、友人が同領事館に4000元(約7万円)寄付したことを知らせるメッセージに、「ありがとう! 領事館に代
わって、お礼を申し上げます」と書き添えて、くまモンとハートマークの写真を微信に投稿していた。
中国の日本大使館や領事館には「支援したい」という問い合わせが殺到していることから、地震発生後に義援
金を受けつける口座を開設した。上海で日本と関係のある企業を経営している女性も、「義援金を送りたいとい
う問い合わせは私たちの会社にも多く寄せられていますが、責任重大なことなので、すべて領事館に送ってほ
しい、と伝えています」と話していた。
少しでも熊本を応援したい――。
こうした素直な思いは予想以上に中国各地に広がっているようだ。南京事件の遺品などを展示している南京
大虐殺記念館では、今回の地震について「熊本県日中友好協会の関係者が20年以上、毎年欠かさず同記念
館を訪れ、犠牲者を追悼してくれている。熊本の皆さんのことを心配している」というコメントをわざわざ発表し
た。この異例ともいえるコメントをネットなどで読んだという人は多いだろう。
なぜ中国人は心配するのか、くまモン人気も大きな要因
なぜ中国人がこれほどまでに日本の地震を心配するのか、と不思議に思ったり、訝ったりする日本人も中に
はいるかもしれない。
どこの国の人であれ、被災者に心を痛めるのは人として当たり前のことだが、こと中国人……となると少し違
った複雑な感情を持つ場合もある。日本のメディアの報道から「中国人は反日的だ」との刷り込みが少なくない
からだ。
中国でも支援の輪が広がっている理由はいくつか考えられる。
一つ目は日中関係の改善だろう。12年には中国各地で大規模な反日デモが繰り広げられ、日中関係は「過
去最悪」といわれた時期もあったが、翌年には訪日客は回復し、デモの影響は薄れていった。中国から日本へ
の「爆買い」客が急増し、自分の目で日本を見て歩く機会が増えたのだ。
「中国で報道されていた日本とはまったく違う。日本人は親切で、こんなにも礼儀正しい国民だったのか。日本
に来てみて印象が180度変わった」と感じて、日本ファンになった人も多い。経済的に豊かになり、生活にゆと
りが出たことによって、他人を思いやり、優しくなった中国人が増えたことも一因かもしれない。爆買い効果はこ
んなところにも、よい効果をもたらしているといえる。
2つ目は中国でも08年に四川大地震があり、日本からの支援があったことを報道で知っている中国人が多
いからだ。
日本からは国際緊急援助隊の医療チームが現地で被災者の救出やがれきの撤去などに当たったが、特に、
救助隊員たちが遺体に頭を下げて合掌したり、遺体を丁寧に扱う姿が中国人の目には新鮮に映ったという。そ
の姿は中国全土に放送された。
冒頭で紹介した中国人女性は、今回の熊本地震の状況を紹介する際、四川大地震の時に日本の子どもが街
頭で募金箱にお金を入れている写真をSNSに投稿していたが、それを見た友人から「今回は私たちが日本人
に恩返しする番だ」と話していたという。
3つ目は中国での「くまモン」人気が、ことのほか高いことだ。
中国でも日本のキャラクターは「かわいい」と人気があるが、中でも「くまモン」の人気は非常に高い。今回も
「あのくまモンの出身地が大地震に見舞われた!大変だ」「くまモン、大丈夫?」などと身近に感じていた人が多
い。
4月30日から中国は3連休、日本の観光には打撃!?
熊本県上海事務所にも1日に何十軒もの「義援金を送りたい」という電話がかかってきているというから驚き
だ。中国のSNS上では、中国を代表する動物、パンダがくまモンに手を差し伸べている写真が大量に出回り、
応援の気持ちを表現している。
これらの理由もあって、遠い日本の震災に心を痛めている中国人がけっこう多いのだ。だが、爆買いなどの面
でいえば、今回の地震で訪日を躊躇する中国人も多いのではないだろうか?
奇しくも中国は4月30日から3日間の労働節休暇となる。日本よりも連休が少ない中国では、この時期に海
外旅行に出かけるという人も多い。インバウンドを推進する日本としては打撃が大きいが、どうなのだろうか。
九州の玄関口・福岡にある旅行会社、日本旅行によると「団体ツアーはほぼキャンセルとなりました」という。
中国からの九州ツアーは、福岡を起点に、阿蘇や熊本城、長崎などを周遊するコースが多く、危険が伴うから
だ。
だが、半年以上前に予約を申し込む大型クルーズ船の場合は「通常通り、入港している」(福岡市港湾局)と
のことで、熊本や大分まで足を伸ばさないコースの場合は、問題なく運行されているようだ。クルーズ船の場合
は宿泊を伴わず、数時間だけの滞在であることも、影響を小さくしているだろう。
個人旅行に関しては把握することが難しいが、上海の友人の友人は、九州旅行を計画していたけれど「赤ち
ゃん連れなので、仕方なく断念した」と話していた。私の知り合いで、たまたまこの時期に九州旅行を計画してい
る人はいなかったが、東京や大阪などへの個人旅行をするという人は何人かいて、話を聞いてみると「予定を
変更することはない。むしろ、日本に旅行に行って、こんなときだからこそ日本を応援したい」と話していた。
中国のSNSでは日本情報が急激に増えているが、その付随として日本の地理や地方の情報も充実している
ことから、自分たちで旅行すべきかどうかを判断できるようになった、という要素も大きい。
むろん、すべての中国人が熊本を支援しているという極論を書くつもりはない。
中には地震発生を喜ぶ投稿もどんなときでも不満を書き込む人はいる
中には中国版2ちゃんねるのような場で、地震発生を喜んでいる書き込みもあったことは確かだ。だが、上海
の友人は「大多数の中国人が今回の地震に胸を痛めている。とくに上海などの場合、日本に友人や親戚が多く
住んでいて、他人事ではないという思いも強いですから。ネット上の悪口は日頃の不満のはけ口であって、日本
とはまったく関係がない。いつも、どんなときでも、不満を書き込む人はいるものです」と話してくれた。
震災は非常に残念な出来事だが、思いがけず、人の温かさや本心に触れることができる機会でもある。冒頭
の女性の元には、今も、中国の友人たちからの送金が続いているという。日頃何気なく見ているSNSだが、こ
んなにいい効能もあるのか、と私自身の心も温まった。
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