中国は不況ではない、野村資本市場研究所シニアフェロー、関志雄氏に聞く

経済成長率の落ち込みや人民元相場・株式市場の乱高下、さらにはゾンビ企業の過剰設備まで、中国経済

は徐々に輝きを失いつつあるかに見え、メディアでは「中国経済崩壊論」が語られることが珍しくなくなってい

る。 

  直近では人民元相場も株式市場も落ち着いた状態を取り戻してはいるものの、今後、中国経済はどうなって

いくのか。中国経済を分析し続けてきたベテランのエコノミスト、野村資本市場研究所のシニアフェロー、関志雄

氏に中国経済の問題点と今後を聞いた。(聞き手は日経ビジネス、水野孝彦) 

昨年の夏以降、人民元相場は不安定な動きを示し、一部では「人民元の暴落」を予測する声もあります。

この数週間の動きは安定していますが、人民元の暴落は回避されたのでしょうか? 

人民元は暴落しない 

関志雄氏(以下、関):人民元は長い間、通貨の価値が上がることはあっても下がることはないと考えられてき

ました。今は逆で、もう上がることはなく下がると思われているようです。経済現象には期待の自己実現的な部

分があり、みんなが下がると思うと本当に下がってしまうことがあります。 

  2014年後半に日本銀行とECB(欧州中央銀行)の金融緩和で円安とユーロ安が進みました。一方の中国の

人民元は、ほぼドルペッグ(ドルとの価値を一定に保つこと)でしたから、昨年8月の人民元の切り下げまで、中

国の実効為替レートは、1割くらい上昇してしまいました。最近は逆に円高やユーロ高の進行と人民元の対ドル

切り下げを受けて、実効為替レートで見た人民元の割高感が薄れ、人民元の下落に賭けようという投資家は減

っていると思います。 

関 志雄(かん・しゆう)野村資本市場研究所 シニアフェロー/経済学博士 

1979年香港中文大学経済学科卒、1986年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了、1996年に東京大学

で経済学の博士号を取得。香港上海銀行、野村総合研究所などを経て2004年から野村資本市場研究所シニ

アフェローに就任 

  また2014年6月のピーク時に中国の外貨準備高は約4兆ドルありましたが、その後、主に資本収支の悪化

を反映して、多い月には1千億ドルも減るといったことが起こりました。しかし、BIS(国際決済銀行)も指摘して

いるように、中国において資本収支が悪化しているのは、外国の投資家が資金を引き揚げているからというよ

り、中国の企業が人民元安を見越して外貨建ての借り入れを減らしているからという側面が強く、その調整は

終わりつつあります。外貨準備の減少はやがてひと段落するでしょう。 

  為替政策に関しては、中国は当局が為替取引の基準値となる中間レートを発表することや為替市場へ介入

することを通じて、市場レートをコントロールしています。こうした仕組みは「管理変動相場制」と呼ばれています

が、実態は「変動」よりも「管理」という側面が強く、一種の固定相場制に近いといえます。 

  しかし、固定相場を維持するのは、為替介入をし続けることが必要です。それにより金融政策の独立性が大

幅に制限されるため、長い目で見れば、人民元も完全な変動相場制に移行することが避けられないと思ってい

ます。 

  固定相場制が採用される場合、人民元が割高だと判断される局面では、投資家が人民元を売りますから、こ

れによって生じる人民元の下落圧力をかわすために、当局はドルを売って人民元を買い支えなければなりませ

ん。その結果、ベースマネー(現金+金融機関が中央銀行に預けている当座預金の合計)が市場から買い戻さ

れる人民元の分だけ縮小します。逆に人民元が上昇圧力にさらされる局面では、当局によるドル買い・人民元

売り介入は、ベースマネーの拡大をもたらします。為替介入とベースマネーのリンクを断ち切るには、当局が原

則として為替介入をしない完全な変動相場制へ移行するしかありません。 

  固定相場制から変動相場制への移行は、自国通貨が緩やかな上昇基調にある時に実施することが望ましい

とされていますから、中国政府は将来のそうしたタイミングで変動相場制への移行に踏み切るべきだと思いま

す。 

中国の経済成長率が以前に比べて落ち込み、海外からは先行きを不安視されています。なぜ、2008年

のリーマンショック後のような大規模な経済テコ入れ策に取り組まないのでしょうか? 

大規模経済対策が不要な理由 

関:中国の実質GDP(国内総生産)成長率は1979年から2010年までを平均すると年率10%に達しました。そ

れに対して2011年以降の平均は7.8%、2015年に限れば6.9%と、成長率は大きく落ち込んでいます。 

  私は成長率の低下が需要不足、つまり景気の悪化によるものではなく、労働力不足など、供給側の制約によ

る潜在成長率の低下によるものであると考えています。 

  中国では、長い間、労働力過剰であると言われてきましたが、ここにきて労働力不足に転じた理由は大きく分

けて2つあります。1つは1980年代初頭に実施した「一人っ子政策」のツケで少子高齢化が進み、15歳から

59歳の層が減っていることです。そしてもう1つ、よく1億5千万人に上ると言われていた農村部における余

剰労働力が工業化と都市化によってほぼ完全に吸収され、中国はいわゆる「ルイス転換点」を通過したことで

す。 

  実際、中国都市部の有効求人倍率は2008年のリーマンショックを受けて一時大幅に落ち込みましたが、その

後上昇傾向をたどり、現在も高水準を維持しています(図1参照)。完全雇用がほぼ達成され、実際の成長率

も潜在成長率に見合っているという意味で、中国の景気は決して悪くありません。 

図1  経済成長率と都市部の求人倍率の推移 

(注)中国の都市部の求人倍率は、約100都市の公共就業サービス機構に登録

されている求人数/求職者数によって計算される。(出所)中国国家統計局、人力資源・社会保障部の統計より

野村資本市場研究所作成 

  したがって、今の中国は、経済対策で需要を喚起してまでテコ入れをする必要はなく、潜在成長率を高める

「供給側改革」の方が必要な状況です。それは中国政府も分かっているので、リーマンショック後のような大規

模な経済テコ入れ策が実施されないというわけです。 

  なお、潜在成長率は「労働投入量」「資本投入量」「全要素生産性(TFP)」の3つの要素の寄与度に分解でき

ますが、先述の労働市場の変化を反映して「労働投入量」の寄与度がマイナスになり、高齢化に伴って貯蓄率

が低下することで「資本投入量」の寄与度も下がっています。こうした中で、潜在成長率の低下に歯止めをかけ

るために、全要素生産性を高めていかなければなりません。 

生産性を高めるために、具体的には何が必要ですか? 

民間のイノベーションに期待 

  必要なのは、「イノベーション」「産業の高度化」、そして「国有企業改革」です。 

  成長分野で中国の民営企業がイノベーションを生み出して伸びていくことに私は楽観的です。例えば、中国で

一番元気な分野であるインターネット通販で活躍するのは民営企業ばかり。そして、小売販売総額に占める電

子商取引の金額は中国が6000億ドルで、米国の3500億ドルを大幅に上回っています。小売販売総額に占

める電子商取引の比率でみても中国は米国を大きく上回っています(図2参照)。 

図2  中国におけるインターネット通販の販売額の推移 

     -米国との比較- 

(出所)U.S. Department of Commerce、中国国家統計局、中国インターネット情報

センター(CNNIC)のデータより野村資本市場研究所作成 

  また、最近、全人代における「政府活動報告」では、「ゾンビ企業」の処理が優先課題として挙げられていま

す。その一環としてファンドを作り、労働力を鉄鋼や石炭といった衰退産業から成長産業に移すことを支援しよ

うとしています。これにより、産業の高度化が促されるでしょう。 

  一方で心配なのは、国有企業改革です。1999年に「国有経済の戦略的再編」という方針が決められ、それに

従えば、一部の分野を例外として、大半の国有企業が民営化の対象になるはずでした。しかし実際その後、大

型国有企業はほとんど手付かずで残っています。 

  さらに習近平政権になってからは、国際競争力を高めるため国有企業を強化するという方針が示され、大型

国有企業同士が統合し、より独占的な存在になっています。効率的な企業統治のためには、国有企業の民営

化が望まれますが、その進展はなく、今後の国有企業改革に私は悲観的です。 

  もっとも、国有企業改革が進むようであれば、中国経済の将来にその分、もっと楽観的になれます。逆に、民

営企業に対して中国共産党が指導などの形で干渉を強めるようであれば、その分だけ悲観的にならざるを得ま

せん。このように、中国経済の将来は、国有企業改革と民営企業の発展にかかっていると言えますます。

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