習近平氏と王岐山氏「衆人環視の密談」広がる臆測

中国の“絶対権力者”になりつつある国家主席、習近平に背後から手をかけて呼び止め、対等に話しながら

退場する反腐敗の鬼、王岐山――。 

  3月3日、極めて珍しい光景が出現した。北京で開幕した全国政治協商会議の全体会議が終わり、「チャイ

ナ・セブン」といわれる習ら最高指導部メンバーがひな壇から順番に退場する際の一幕だ。 

  衆人環視の下での密談である。2千人以上の全国政協の委員、1千人もの記者らが見守るなか、政治局常務

委員の王岐山は、ボスである習に何を言ったのか。これが注目の的だ。次々と大物を捕まえた、泣く子も黙る共

産党中央規律検査委員会の書記だけに、である。 

  一考に値する推測がある。権力者への諫言(かんげん)のあり方、そして翌4日に発表される反腐敗の大物摘

発が話題だったのでは、というのだ。幕の向こうに習と王岐山が消えてからも会話は続いただろうから、2つの

テーマくらいは話題にできたかもしれない。 

■トップへの諫言問題が話題か 

政治協商会議の開幕式を終えて習近平(左)に話しかける王岐山・政治局常務委員(北京の人

民大会堂)=写真  小高顕 

  前者には根拠がある。王岐山が仕切る共産党の中央規律検査委員会などの機関紙。そして同委と中国監察

省が合同でつくる公式サイトだ。全国政協の開幕直前、司馬遷による史記の記述などを引いて、諫言の重要性

を指摘する文章をほぼ同時に発表していたのだ。 

  「唯々諾々と従う1千人のイエスマンは、ただ一人の志ある人物による諫言に及ばない」 

  意訳すると、こんな内容だった。中国の戦国時代、強国への道を歩む秦国の政治家だった商鞅と、その腹心

の関係。名声の高い「貞観の治」で知られる唐王朝第2代皇帝、李世民と臣下の関係を例に挙げている。 

  耳に痛い諫言をする人物を遠ざけてはいけない。それができれば、歴史に名を残す偉大な人物になれる。文

章が説く趣旨だ。筆者は王岐山ではない。とはいえ、いまは言論統制が非常に厳しく、全国政協の委員や全国

人民代表大会(全人代、国会に相当)代表らの口も重い。その時代に“危険な文章”を公式掲載するには、王岐

山の許可が必須だ。 

  「これだけ高度なテクニックを要する文は、王岐山自らがアイデアを考えたに違いない」。北京の知識人の見

方だ。 

  その後の展開が興味をひく。中央規律検査委の“公式見解”はすぐに流布され、これを引用して言論の自由を

説く文章がインターネット上に次々登場した。すると一部の文章が「問題あり」とされ、削除されたのだ。 

  言論統制の元締めは党中央宣伝部や、新設された国家インターネット情報弁公室である。削除の基準は、中

央宣伝部などが示す。そして宣伝部の担当は、党内序列5位の政治局常務委員、劉雲山である。 

政治協商会議に出席した劉雲山・政治局常務委員(北京の人民大会堂) 

  読み解きはこうなる。「中央規律検査委の王岐山と、中央宣伝部の劉雲山の言論問題への見解は異なる。も

しかしたら対立しているのでは……」。知識人らのひそひそ話である。ネット上に書くと削除されてしまうので、昔

のように口コミ(中国の言葉で「小道消息」)で広がっている。 

■「中国版トランプ」への集中砲火 

  もう一つ、面白いエピソードがある。今、中国のネット上で熱い議論が交わされているのは、「不動産王」の言

論だ。彼の名は任志強。歯に衣(きぬ)着せぬ舌鋒(ぜっぽう)の鋭さで、有名なネット言論人でもある。 

  任志強のブログの内容が党内で批判を浴びている。「中国メディアの姓はすべて共産党で、党に忠誠を誓う

べきだ」という党が打ち出したスローガンに敢然とかみついたのだ。 

  「すべての(中国)メディアの姓が党で、人民の利益を代表しないなら、人民は見捨てられたということだ」 

  任志強はブログで繰り返し反発した。メディアは一般大衆の利益を代弁すべきだ、と主張しているのだ。正論

である。彼の反発は、習が2月19日に国営、中央テレビなど三大メディアを視察したのがきっかけだった。 

  任志強は「太子党」に属する。旧商業省次官を務めた父を持つ。首都防衛の要、第38集団軍に所属した軍

人の出身で、後に不動産大手、華遠集団を率いた。共産党員であり、労働模範として表彰を受けている。北京

市の政協委員でもある。 

  不動産王で舌鋒が鋭いといえば、米共和党の大統領候補を争っているドナルド・トランプと似ているが、中国

の不動産王も負けてはいない。 

  この任志強。実は王岐山と極めて親しい。弟子といってもよい。文化大革命の嵐が吹き荒れた1960年代、北

京の中学校で先輩、後輩の仲だった。年上の王岐山が任志強の指導員まで務めた。 

  その任志強が劉雲山の中央宣伝部の系統から集中砲火を浴びるなか、王岐山は習を呼び止めた。共産党の

しきたりからして、指導部の一員でもない任志強の個別問題に、王岐山が直接言及するはずもない。とはいえ、

もっと大きな「習の治世と諫言のあり方」を話題にすることはできる。例えば、「中央規律検査委の文章を読んで

ください」というように。「周辺にこう推測させるだけで十分効果は得られる」。関係者は指摘する。 

  王岐山は翌4日に発表した元遼寧省、吉林省トップの中央委員、王珉の摘発について報告した、という推測も

もっともらしい。全国政協と全人代の期間中に格の高い中央委員の摘発を公表するには、トップである習の承

認が不可欠だ。時間がないなか、王岐山は習を呼び止めて立ち話せざるを得なかったのかもしれない。 

3日に開幕した全国政治協商会議(北京)=写真  小高顕 

  とはいえ、王岐山と任志強の個人関係、中央規律検査委機関紙や公式サイトの文章を見れば「諫言問題説」

にも十分な説得力がある。 

  そもそも習と王岐山は親しい。文革の際、2人は陝西省の黄土高原に位置する延安近くに「下放」され、そこで

知り合った。習は15歳、王は20歳の知識青年。王はまだ幼い習を自らの洞窟式の住居に泊め、読書も指南し

た。ちなみに同じころ、後の不動産王、任志強も延安付近に「下放」されていた。 

  いまや習は、中国の権威あるトップだ。だが、旧交がある先輩、王岐山には、習を後ろから呼び止めるだけの

度胸があった。それも公衆の面前で。他の誰もそんな恐ろしいことはできないが。これは指導部内での人間関

係の機微でもある。 

■南方都市報の編集者は解雇 

  先週、このコラムで広東省の新聞、南方都市報が勇気をもって習政権のメディア統制を批判した経緯を紹介し

た。紙面づくりを担当した気骨ある女性編集者はその後、解雇された。編集責任者も処分を受けた。理由は「政

治的な配慮を欠き、紙面に重大な欠陥をもたらした」というものだった。やはり党中央宣伝部などの怒りに触れ

たのだ。 

  言論をどこまで統制するのか。この問題は、ネット上や巷(ちまた)の大きな話題であり、今後も尾を引きそう

だ。そして習近平、王岐山、劉雲山らがどう動くのか。来年、2017年には5年に1度の党大会がある。最高指導

部人事を前にした「力比べ」も絡むだけに非常に興味深い。

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