北朝鮮による水爆実験と人工衛星と称するミサイル発射の後、日本の世論はそろって、中国が北朝鮮に対し
て厳格な制裁を控えていることを批判している。しかし日本にはあまり伝わっていないことだが、今中国では人
民日報系のタブロイド紙『環球時報』において、「嫌朝」が声高に主張されている。「嫌日」ならば社会の底辺に
いる労働者、農民の支持を得るが、「嫌朝」を言い出すとは、これは中国すべての人のマインドを反映している
と思われる。
とはいえ、「嫌朝」を主張しても、中国政府は北朝鮮に対して厳格な制裁を行ってはいない。果たして北朝鮮国
民2500万人が難民化して東アジアに混乱をもたらすことを懸念しているだけであろうか。
北朝鮮の市民と接触した中国人は、彼らが心の底から中国を憎んでいることを知らないわけではない。また
日本、アメリカ、そして韓国に憧れていることも知っている。「漁船を北朝鮮に貸して、1000万人ぐらい日本に渡
ってもらい、日本の少子高齢化問題を一挙に解決してもらえばよい」と不見識な冗談を言う中国人もいるが、そ
れに対する反論はさておき、冗談自体からすけて見えるのは難民の発生を恐れて制裁に反対する気持ちでは
なく、やはり他の何かがあると思われる。
政府系メディアが発表した声高らかな「嫌朝」社説
北朝鮮の金正恩第1書記 Photo:KFA
北朝鮮は中国メディアにとってタブーのひとつで、たとえ朝鮮半島が有事に陥ったとしても中国メディアがそれ
を論評することはほとんどないだろう。人民日報、新華社など二大政府系メディアは、海外からはその評論が中
国政府の態度表明と見なされるので、北朝鮮問題を報道する際にはことのほか用心深くなってしまうのである。
そのなかで、『環球時報』は2月15日に、「益々多くの中国国民が北朝鮮に対する見方を変えている」と題す
る社説を発表した。
人民日報や新華社の代替メディアとして、今回発表された『環球時報』の社説は中国政府の北朝鮮に対する
態度を理解する上での指針として見ることができよう。
驚くべきことに、今回の社説は中国の北朝鮮に対する国民感情を紹介するなかでこれまで一度も使われたこ
とのない「嫌朝」という言葉を用い、「民意はまた今日の中国の外交戦略を策定する礎石のひとつである」とまで
表現している。これは注目すべきひとつのシグナルと思われる。
原文から引用しよう。
「たしかに国民の『嫌朝』意識は、『嫌日』とは異なり決して根深くはなく、それは相対的に見れば容易に解消で
きる性質のものである。しかし今日、大部分の国民は『北朝鮮に対して寛大になる』ための忍耐と興味を喪失し
つつあり、平壌がその核政策を改めなければ中国国民の北朝鮮に対する鬱憤はますます深刻になっていくだ
ろう」
西側が行う北朝鮮の人権問題、独裁政治に対する批判などとは別として、中国のすぐ近くでの度重なる核実
験は、普通の中国人の気持ちも害するものである。一定以上の年齢の中国人なら、文革などのときに難を逃れ
るために北朝鮮に渡り、食べ物などを出して遇してもらった歴史を知っているが、今の若者はそういった事実を
ほとんど知らない。
北朝鮮との貿易ビジネスにおいても、渡した商品に対して「偉大なる領袖にご進呈いたしました」との一言で一
文の代金も支払われることなく、泣き寝入りするという話をよく聞く。それでは北朝鮮との商売などできなくなる。
日本の世論にみられる、格調高い人権論、体制論、ミサイル脅威論などの、実感できないものではなく、中国
人には体感で蓄積してきた北朝鮮に対する不信がある。第二次世界大戦前までさかのぼるほどの歴史はなく
ても、公式マスコミでは自国批判以上に北朝鮮に対する批判は避けられてきたが、実は「嫌朝」は中国の市民
のなかでは深まっており、北朝鮮だからなんでも寛大に遇することは、もはや今の中国にはなくなっている。
北朝鮮の内部は安定しており、西側が予想する体制崩壊はない
北朝鮮についてある程度知っている中国人と難民問題について議論したところ、先方はまったく興味がなかっ
た。脱北者はたしかに中国に来ている。だが、もし他の手段があったら彼らは間違いなく「親愛なる」中国に来る
のではなく、「仇敵」の日本か韓国、さらにアメリカに行きたがっているはずだ。「半島人ほど中国人を蔑視する
国民はない」と言われる。
これほどの困窮に喘ぎ、エネルギーも不足しているなか、もうすぐ北朝鮮は崩壊するだろうと北朝鮮関連の専
門家に聞くと、「文革のときほど中国が混乱し貧困した時期があるか。だが、そのときの中国はかなり安定して
いた」と言う。このような分析は、中国人なら非常に納得しやすく、おそらく日本の専門家やマスコミには理解し
にくい。
北朝鮮がきわめて困難な状況にあるのは事実であるが、それでいきなり暴動が起こり、社会が大混乱に陥る
ことはないと中国の専門家は見ている。外から見ると恐怖と思われる政治体制も、内部では日常であり、上層
部が粛清されていっても、顔がみえない国の中層部が安定しているかぎり、日本のマスコミが予測しているよう
な動乱はそう簡単に起こらないだろう。
旧ソ連と軍事的緊張を保ち、最終的に相手の崩壊をもたらしたアメリカ的な戦略もあるが、東西冷戦の時代に
おいて米ソはゾウとゾウの関係であり、今日の北朝鮮はネズミである。ゾウとネズミを同じものと見て分析すると
結論を大きく見誤るだろう。
北朝鮮問題についてこれまで、いろいろな解決策、提案が出された。基本的には制裁か融和に分かれてい
る。今回はしっかり北朝鮮に対価を支払わせると中国も言っているが、果たしていままでの制裁はほんとうに成
果があっただろうか。制裁によって最終的に北朝鮮に核兵器を持たせてしまったと、融和派はかえって不満をこ
ぼしている。
今回の制裁に関して中国を困惑させているのが、韓国でのTHAADミサイル配備である。中国から見れば、
北朝鮮への制裁という口実で中国を軍事的に挑発していると捉える。ヨーロッパでアメリカがロシアに対して行
った行動を、今度はアジアで中国に対して行っていると感じるだろう。対抗手段として、中国はより多くの軍備を
東北に集中させ、THAADの配備が米中の軍備競争を加速させるという、意外な結果をもたらす。
“ならず者”北朝鮮の攪乱で日米と中国間の不信は増す
ならず者国家が何を行うかの予測はできない。しかし、正常な国がどんな行動をとるか、それははっきりとして
いる。
3月から日本は集団的自衛権を実施することになり、島争いの現場で摩擦が高まっていくことは予測できる。
南シナ海問題はますます複雑化していくなか、海上自衛隊もプレゼンスを示さないわけにはいかない。中国の
日本に対する疑心暗鬼はそう簡単に払拭できるものではないと思われる。
中米関係については、ここ数年、数百の委員会が毎日両国のどこかで開催され、コミュニケーションは絶える
ことなく、互いの意思を常に確認している。しかし、アメリカを専門とする学者の話を聞くと、互いに気持ちはます
ます遠のいているという。
アメリカが選挙の年だからそうなってしまったのではない。中国の台頭が及ぼす国際社会への影響について、
今後中国の発言はどこまで許されるのか、そもそも中国の理屈を世界のルール形成に入れるのかどうか。経
済に限っていえば、アメリカはTPPを通じて明確に「No」と言っている。経済以外のところではますます難しいだ
ろう。
中国の、日本やアメリカに対する不信は、今後も北朝鮮の撹乱によって顕在化し、さらに深まっていく。“なら
ず者”北朝鮮の行動にいかに対価を支払わせるかを議論する前に、中国と日米は互いに不信を取り除くべきで
あろうが、それはなかなかできていない。
それを一番に見抜いたのは北朝鮮の若き金正恩だろう。いま、そのでかい体から愉快な笑い声が、世界じゅ
うに聞こえているのではないか。
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