上海漢院顧問のつぶやき(No.356)

20151222日付

15年度No.45,通算No.356

 

目次

1.特集

 

【中国関連】

 

【日本関連】

 

【アジア関連】

 

【米国・北米関連】

 

【欧州・その他地域関連】

 

【世界経済・政治・文化・社会展望】

 

2.トレンド

 

3.イノベーション・モチベーション

 

4.社会・文化・教育・スポーツ・その他

 

5.経済・政治・軍事

 

6.マーケティング

 

7.メッセージ

 

  【上海凱阿の呟き】

 

記事

 

1.今週の特集

 

【China関連】

 

中国は貧しい? それは違います  (馬英華氏の経営者ブログ)
イメージ転換のとき(1) 2015/12/18 情報元

日本経済新聞 電子版

 先日故郷へ帰った折、幼なじみの仲の良い友人と買い物に行きました。通りかかったお店にディスプレーされていた洋服に目が留まり、手に取ろうと近づいて値札を見てびっくり。日本円で2~3万円くらいだろうと思ったら、なんと10万円くらいしたのです。

馬英華(ま えいか)中国大連市生まれ。大学4年生の時に来日、1990年早稲田大学法学部に入学。修士を経て99年同大学院法学研究科法学博士後期課程修了。96年に中国弁護士資格を取得後、97年に日本で東京エレベーターを設立。2004年に同社代表取締役に就任。一方、上海の法律事務所に所属し、中国に進出している多数の企業の顧問弁護士やコンサルティング業務を務める。日中ビジネスを熟知する経営者・弁護士として執筆や講演も行う。著書に「最新中国ビジネス 果実と毒」他多数。森林浴など自然に親しむのが大好き。

 10万円の服だったら、日本であればもっとセンスのいい、高級なお店に置かれていておかしくないのに、そのお店はとりたてて高級でもなく平凡なお店なのです。

 驚いて友人に「これ、高すぎない?」と言ったところ「その感覚は中国人じゃないわね」と笑われてしまいました。そして「私が着ている服はいくらだと思う?」と聞かれたので、そう安い値段は言えないなと思い、「5~6万円くらい?」と答えたところ「15万円よ」。二度びっくりです。彼女は普通の女性です。普通の人が、気の置けない友人と会うという日常のシーンに、15万円の洋服を着てくるのです。

 それにしても中国は物価が高くなりました。人々が手にする給料と見合わないほど高いものも見受けられますが、それでも売れるのです。「高給取り」が増えている証拠です。

■内需拡大にまい進する

 中国は投資輸出型の経済から、2008年に内需拡大路線に変換しました。現政権も消費を中心とする内需拡大を重視する方針を維持しています。国内総生産(GDP)が、15年7~9月期に前年同期比6.9%増となり、09年1~3月期以来、約6年ぶりに7%を下回ったと大きく報道されました。少し下がると、すわ景気にブレーキかという印象を持ちますが、今までの成長の伸びが大きく、長く続いた後だからこそ、少しの落ち込みが非常に大きく感じられるのではないでしょうか。

 鄧小平が経済開放を進めた1980年代から、中国は本当に激しく変化しています。産業構造も、製造業から第3次産業へ大きく傾き、輸出大国から輸入大国になりました。物価が年々上がり、ちょくちょく中国へ行く私でも目を見張るばかりです。それでも、高い値段で買えてしまう層が厚みをもって出現し、台頭してきているのです。

 中国市場に関する大きな話題はまだあります。投資の象徴だった不動産や株。3年前の不動産価格の急落は記憶に新しいところです。誰も買わず、値段があってないような水準まで下がりました。ところが上海や北京といった一線都市(大きい都市)の住宅価格は今年に上がり始めました。

 今年の夏場には株価暴落がありました。日本の新聞を読み英字紙も読み、事態は深刻だ、大変なことが起こったと中国紙も読みました。中国紙ではあまり大きい扱いではなかったのでどういうことかと中国に住む家族や友人に聞きました。

 中国人のほとんどは株式投資を行っています。暴落について彼らに聞くと、調整局面だとけろっとしている。もちろん損をした人もいるでしょうが、逆に今、株価が安くなっているから好機だ、だから買いに行ったという知人もいました。政府の市場コントロールの力があるので、暴落といっても経済が崩壊することはないでしょう。人々の間にも、政府はうまくやってくれるという安心感があるようです。一般の人の冷静な受け止め方を目の当たりにした思いでした。

■変わる隣人を見据えて

 物価が高くても購買力を持ち、経済を回している普通の中国人。そんな現実を、肌で感じています。貧富の差が大きくなっていることは事実ですが、10年、20年前の「貧しい中国人」というかつてのイメージはもう当てはまりません。

 先月、地方のイベントに参加した際、知人の日本人男性に「馬社長、貧しい中国人を助けてください。彼らのために頑張ってください」と声をかけられました。「違うんです、今はもう貧しくないですよ」と言ったのですが、以前、来日した中国人を支援していた経験があったそうで、彼には当時のイメージが強いようでした。

 逆に、こんなこともあります。中国でマッサージサービスを展開している事業家と話をする機会がありました。まったく普通の男性です。お店を経営しているというので、数店舗だろうという前提で話していたら、なんと500店舗ほどの規模のビジネスといいます。驚きました。以前なら成功している経営者は、いかにも、という派手な服装や形の変わった靴を身に着けていたのですぐそうと分かったものですが、そんな感じではないのです。

 今、中国は自らのイメージの転換点にあるのだと思います。多くの日本人はまだ中国でもインドでも、自分たち以外のアジアを貧しいと思っているかもしれませんが、実際は違います。中国には新興中間層だけでも、日本の全人口以上いるのです。人々が豊かになり、ものすごい勢いで変わっているという現実をきちんと認識して、固定されたイメージを捨てて付き合うことが重要だと考えます。

 「イメージの転換」はとても大切な考え方だと思うので、次回もこの話題を掘り下げていきます。

日本の地方にひかれる中国人の深層心理、そこには「清潔・自然・癒やし・秩序」がある

劉 瀟瀟 :三菱総合研究所 政策・経済研究センター研究員 劉 瀟瀟りゅう しょうしょう

三菱総合研究所 政策・経済研究センター研究員

 

中国・北京市生まれ。外交学院(中国外務省の大学)卒業後、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)(中国)に入行、営業と業務に携わる。その後、東京大学大学院修士課程を修了、三菱総合研究所入社。日本・中国を中心とした生活者行動分析、マーケティングを担当。

20151217日 東洋経済Net(TK)

日本は地域色豊か。地方文化や伝統文化にひかれる外国人が増えている(写真:まちゃー/PIXTA

10月の訪日中国人が445600人になり、前年同月比でほぼ倍増した。最近、マスメディアは「訪日中国人はゴールデンルートの次に地方へ向かっている!」「インバウンドで地方創生」「中国人観光客をおらが村に呼び込め!」等々、訪日中国人が日本の地方を好むことをよく取り上げている。

中国人の間で地方がブームになる理由として、個人観光客とリピーターの増加、大都市での観光や買い物に飽きたこと、日本の地方文化(伝統文化)に興味を抱いていることなどが挙げられる。しかし、本当にそれだけだろうか。今回、「日本の地方が好き」という中国人の気持ちにある、中国の伝統・社会環境から生み出された深層心理を明らかにしたい。

田舎に郷愁を感じる地方出身者

弊社は北京大学の先生と「日本・中国における若者の価値観・消費意識」について共同研究をしており、弊社でワークショップを開催している。先生が年2回来日する際には、東京にある大学や若者がよく行く商業施設を案内している。先生は東京という大都市を楽しそうに視察していたが、もっと別のところを見に行きたがっている感じがした。そこで、次はどこに行きたいかと尋ねたところ、「ぜひ日本の農村地域に行きたい!」と答えてくれた。

また弊社は、本年8月に北京・上海・広州に居住している1001人の訪日経験がある中国人に「訪日中国人買物行動調査(アンケート)」を行った。その中で、「今度日本に訪問するとしたら、どこに行きたいですか (複数回答)」の質問に対し、北海道の都市、九州の都市、沖縄の都市、東北の都市、四国・中国の都市に行きたいと回答した数(1141)は、東京・大阪・京都・名古屋に行きたいと回答した数(1088)よりも多かった。

これをどう分析するかだが、まず、現在の中国では社会保障・教育資源が大都市に集中しすぎていることや戸籍制度が原因となり、さまざまな問題や矛盾が生じていることが前提にある。

1958年に中国政府は「都市戸籍」と「農村戸籍」に厳格に区別する戸籍制度を導入した。人々は城里人(都市人)と農民に分けられ、最低賃金、医療、教育、生活保護、年金などの社会保障制度について「雲泥の差」と言っても過言ではないほど、都市人が優遇されている。農村戸籍を持つ人が農村から都市に移動し、特に大都市の戸籍に変更することは極めて難しい。都市と農村の格差は改善されているが、依然大きいままだ。

実は、北京・上海のような大都市の出身者と地方の都市の出身者にも格差は存在する。良い大学・病院などは大都市に集中し、仕事の機会も多い。「もっと良い生活を送りたい」「将来、貧乏でつまらない親になりたくない」…そんな向上心あふれる地方出身者は、この格差から抜け出そうと一生懸命勉強し、良い大学に入ることに必死だ。

PM2.5と競争にあけくれる都市での生活

なぜなら、「大都市の良い大学→大都市の良い就職先→大都市戸籍に変え『北京人』『上海人』になる→大都市で住宅を買って家族を持つ→親を大都市に転居させる→家名を上げる→成功した人生」という強い信念を持つからだ。しかし、現実はどうだろうか。

良い大学に入ったとしても、必ずしも良い就職先を見つけられるわけではない。北京・上海の戸籍制度は厳しく、戸籍をもらうには基本的には公務員になるか国有企業に行くしかない。その競争は「数千人対一つのポスト」と言われるほど厳しい(コネがあれば競争は少しラクになるが)。

無事に就職できても試練が待っている。上司とうまく付き合わないと左遷されたり、職場の有力な「圏子(友人グループ)」に入らないと出世できないというように、仕事より人間関係のほうがずっと重要だからだ。

「閑職に飛ばされることなく成功したい」という信念でなんとか頑張ったとしても、PM2.5と競争にあけくれる都市で、太陽も見えない毎日を過ごすことに疲れている。だからこそ、自分が子どもの頃に過ごした田舎に戻り、自然に癒やされたいという強い願望を持つようになる。

また、地方出身者は大都市出身者から「外地人」「郷下人」と呼ばれている。日本語の「地方出身者」「田舎者」と似ており、地位が低い地域から来た外の人という意味合いがある。地方出身者たちは、①大都市出身者にばかにされていないかと心配する、②大都市出身者と自分たちの立場があまりにもアンフェアなことに不公平感を持っている、③自分が地方に帰りたくても、子どもにつらい体験をさせたくないので、彼らのためにも大都市の人になって晴れ晴れとした気持ちになりたい、そんな複雑な気持ちを持ち続けている。

それだけではない。大都市の戸籍に変わったとしても、大都市に対して帰属意識を持ちにくく、「ここは私の家ではない」「ここの住民は人情が薄い」「死ぬときやはり田舎に帰りたい」と思うようになる。しかし、地元に帰ると収入は減少するし、社会制度・都市インフラの整備も低い水準にあるので、都市生活を捨て故郷に戻ることをなかなか決断できない。

このように、心の中で葛藤を抱えている地方出身者は、金持ちになったとしても、静かできれいな「田園風景」を見たい、日常生活から離れ心から休みたい、という気持ちが非常に強いのである。

都市人の間では「農家楽」が定番娯楽に

一方、元々の都市人や大都市で生まれた新世代の人たちはどうか。実は、都市で安定した生活を送っている彼らもまた、田舎を必要としている。

中国では数年前から「農家楽」、農家生活を楽しもうというレジャーが都市近辺で流行っている。土曜日に家族や友人と一緒に車で1~3時間程度の郊外に行き、自然の風景を楽しみ、農家の庭園(都市生活には考えられない「贅沢品」)でバーベキュー(BBQ)をしたり、農家の畑で野菜、果物を採ったりするのだ。池のある農家だったら釣りまでできる。民宿(農家の住宅)に1泊して、美味しい朝食を食べ、農業見学や山登りをし、日曜日の夕方に都市に戻り、翌日からの「戦い」に備える。

採れたての食材で作った郷土料理のシンプルさと新鮮さ(安全性も!)は、どんな高級なレストランでも味わえない。星空が見え、美味しい空気を吸えるのも贅沢なこと。都市にない山や泉、畑と食材、何より家族や友人と一緒にゆったりできる時間は、都市人にとって非常に魅力的だ。

特に子どもを持つ親たちは、自分の子どもには地方や農村で自然を満喫し、動物と触れてほしいと思っている。というのも、子どもたちは先進国並みの生活環境の下で、平日とほとんどの休日は勉強、塾、ピアノなどに「占領」され、友だちとはiPadとゲーム機で過ごしている。牛肉をよく食べるが本当の牛は見たことはなく、「五穀不分(穀物を見てもそれが何なのか、見分けがつかないこと)」の世代だ。自然に対する感覚が磨かれる機会はほとんどない。

魅力を感じる地方の風土と厚い人情

だが、農村には欠点もある。それは衛生状態と社会的インフラの不足だ。トイレ、宿泊施設、安全対策、緊急医療システム・・・子どもが急に発熱したり犬に噛まれたらどうしたらいいのか。農家とトラブルがあったとき誰に相談すればよいのか。便利な都市生活に慣れてしまった人は、一定の条件が整わないかぎり、実際に田舎に行こうという気にはならない。

つまり、訪日中国人が日本の地方に行きたがる理由は明らかだ。地方出身者も大都市出身者も、田舎を必要としている。そして、心のよりどころがほしい、現状から逃避したい、親友と団らんしたい、子どもに自然と触れ合う機会をもたせたい・・・そう考える人たちが理想とする地方は、「清潔・自然・癒やし・秩序」が備わった日本に多くある。

中国人にとって、温泉などの文化体験はもちろん魅力的だが、「普段の」地方風土と厚い人情にふれられることに高い価値を見出している。彼らを呼び込みたいという地方自治体には、宿泊設備が整っていること、案内マップやアプリが整備されていること、中国人のニーズに合う強み(緑が多い、食材が美味しい、日本らしいおもてなし…)を適切に伝えることをアドバイスしたい。

8月、冒頭で紹介した北京大学の先生を、山梨県にある小さな村に案内した。地方出身の先生はコンニャク畑を歩き回り、緑いっぱいのわさび畑を満喫し、老人ホームの設備に感服し、シンプルで美味しい地元料理をエンジョイし、非常に楽しそうだった。綿雲が浮かぶ青空の下、先生の清々しい表情が今でも印象に残っている。

中国、減税など政策動員 16年は安定成長重視2015/12/21 日経Net

【北京=大越匡洋】中国の習近平指導部は21日、2016年の経済運営の方針を決める「中央経済工作会議」を終えた。安定成長の確保を重視し、インフラ整備などの財政出動や企業向け減税を拡大する方針を示した。財政赤字の拡大を容認し、景気の下支え策を一段と強化する姿勢を鮮明にした。向こう5年間は年平均6.5%以上の経済成長を死守する構えだ。

北京で開かれた中央経済工作会議で演説する中国の習近平国家主席=新華社・共同

 習指導部は今回、「構造改革のために安定したマクロ経済環境をつくる必要がある」と訴えた。08年のリーマン・ショック直後のような巨額の景気対策を打ち出す路線とは一線を画しつつ、このまま景気の減速が続けば、改革が頓挫しかねないと危機感を鮮明にした。

 政策運営の方針を巡っても「穏中求進(安定の中で前進をめざす)」という基本姿勢は変えない半面、「『積極的な財政政策』はより力強く、『穏健な金融政策』はより機敏にする」と表明した。景気の安定により政策運営の軸足を移す。

 例えば、インフラ向け財政支出や減税を拡大する。国内総生産(GDP)に対する財政赤字の比率は今年の約2.3%から3%超に高まるとの見方がある。追加の金融緩和も視野に「資金調達コストを下げる」とした。

 さらに、景気を下押ししている(1)製造業の過大な設備(2)積み上がった住宅在庫(3)地方政府などの借金(4)企業の高コスト――という「4つの過剰」の解決に全力を挙げる。財政出動などで需要を掘り起こすと同時に、企業の効率の向上など「供給側(サプライサイド)の改革を一段と重視する」との認識を示した。

 鉄鋼など主要な製造業は需要を上回る生産能力を持て余し、卸売物価の前年割れが続くデフレ状態にある。住宅市場では在庫がさばけず、新たな投資が出てこない。地方政府は巨額の借金を抱えて政策対応力が鈍り、企業も高コスト体質で競争力が低下している。

 会議では「破産・清算の審理を加速する」として、国有企業などの再編・淘汰を進め、設備過剰の解消につなげる方針を示した。住宅在庫への対応では農民の都市への定住で新たな需要を創出するほか、不動産開発業者に住宅価格の引き下げを「奨励」するとした。

 税や社会保険の負担の引き下げに加え、規制緩和を通じて企業コストを軽くし、技術革新を促すという。地方政府の債務管理を強化し「金融のシステム、地域のリスク発生を防ぐ」と強調した。

 会議は18日から4日間開かれた。16年は、習指導部が初めて立案した新たな5カ年計画の最初の年だ。今回の会議では16年の成長目標を15年の「7%前後」から引き下げるかどうかについて触れていないが、習氏は向こう5年間は「年平均6.5%以上の成長が最低ライン」と明言している。

中国崩壊が実現しないのはなぜ?

20151216日(Wed)  WEDGE

 

高田勝巳 (たかだ・かつみ)  株式会社アクアビジネスコンサルティング代表

株式会社アクアビジネスコンサルティング 代表取締役。拓殖大学で中国語を専攻し、1984年より1986年まで中国の遼寧大学、北京大学での留学を経て、1987年に当時の三菱銀行に入行。1993年より同行上海支店開設のために上海に赴任。1998年に同行を退職後、上海で独立し、それ以来上海を拠点としたコンサルタントとして活躍。2002年より現職。この間、多くの日中間のビジネスにコンサルタントとして関与、最近は日系企業の顧客以外にも中国企業の対日投資並びに技術導入も支援している。中国の第一財経テレビ、香港のフェニックステレビの時事討論番組のコメンテーターとしても活躍している。

チャイナ・ウォッチャーの視点

めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリストや研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。(画像:Thinkstock

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前回の本コラム「中国の爆買いが無くならないのはなぜか」では、「中国の株が暴落したのだから、中国からの爆買いも影響を受けるはずだ」という日本企業の社長さんからの素朴な疑問に対する回答を披露した。

 今回は、同じくよく日本企業の社長さんから質問される「中国経済はいずれ崩壊するのではないか?これからの中国ビジネスは拡大か、現状維持か、撤退か?」という問いについて、私と、中国の専門家の見方を披露したい。

30年前から語られる中国経済崩壊説

 日本で中国崩壊説が語られ初めてどのくらい経つであろうか? 私が中国に留学していた1984年から1986年の時もすでに語られていたので、少なくとも30年は語られているはずだ。プラザ合意後の円高が1985年以降だから、円高対策としての日本企業の海外進出ラッシュが始まった頃だと思うが、その頃から中国の人口がいくらで将来発展したらすごい事になるけど、一党独裁の政治的な不安定さから崩壊のリスクも見据えなければならない、といった論調があったと記憶している。

その後1989年に天安門事件が発生し、そうした論調が懸念又は期待していた通りの事態が発生した。それ見たことかと。しかしながら、こうした懸念または期待に反し、崩壊には至らなかった。1992年の鄧小平の南巡講和を経て、その後15年間、途中アジア通貨危機など停滞局面もあったものの、高度成長が持続した。

 2007年のリーマンショックも中国に一定の影響を与えたが、それでも中国は崩壊しなかった。反対に、中国はこの時に世界経済の牽引役を買って出て、それまで貯めこんだ財力を使って大盤振る舞いの内需拡大を行った。世界は中国を救世主としておだて、余剰供給力のはけ口として頼った。中国はこの時の大盤振る舞いの行き過ぎの後遺症に今でも苦しんでいるが、それでも崩壊せず、紆余曲折を経てなんとか政権交代、移行を実現し、国内に多くの矛盾難題を抱えながらも、引き続き世界の経済と政治情勢に多大な影響力を維持、拡大している。

 こうしたなか、日本では台頭する中国脅威論が叫ばれるなか、2012年には尖閣問題で日中は戦後最悪の時期を迎えた。私は、ビジネスマンとしても、今一度東アジアの近現代を勉強しなおす必要性を痛感し、ここ数年東アジアの近現代史の研究会を主催し、歴史学者を招き実業界の経営者たちとともに勉強をしてきた。そこでの先生曰く、日本の出版業界では、中国崩壊物は必ず売れるそうな。

 それが2030年続き、そこに活躍するチャイナウオッチャー、出版業者がある意味「中国崩壊マーケット」と言えるものを形成していると。あるチャイナウオッチャーはこの間ずっと崩壊を言い続け、一向に予言は的中しなくとも著作は売れ続けるそうだ。全く不思議な現象であるが、おそらくは、「中国崩壊物」のフォロワーは、予言が的中することなんて最初から期待しているのではないのではないかもしれないと最近感じている。

 私なりに、そうした日本の実態を上海から見ていて感じるのは以下の諸点。

 ⒈ 日本で語られる崩壊説が論拠とする中国の問題点とリスクは、中国国内では周知の問題点として、認識されており、そうした問題をどのように解決又は表面化させないかが議論の中心になっている事がほとんど。

 ⒉ 中国の公式メディアでで語られていない事でも、水面下では色々な形で問題提起がされていることが多い。おそらく日本の「中国崩壊マーケット」で活躍するチャイナウオッチャーはこうした情報を面白おかしくまとめて発表しているのではと想像する。そうした問題点が中国国内で認識されていないのであれば、それが本当の危機であるはずで、問題認識がなされている時点で、リスクは相当程度軽減されているはずだ。今後日本のチャイナウオッチャーには、中国国内の論調の受け売りではなく、そうした独自の視点で中国の識者も唸らせるような問題提起を期待したい。

高田勝巳 (たかだ・かつみ)  株式会社アクアビジネスコンサルティング代表

株式会社アクアビジネスコンサルティング 代表取締役。拓殖大学で中国語を専攻し、1984年より1986年まで中国の遼寧大学、北京大学での留学を経て、1987年に当時の三菱銀行に入行。1993年より同行上海支店開設のために上海に赴任。1998年に同行を退職後、上海で独立し、それ以来上海を拠点としたコンサルタントとして活躍。2002年より現職。この間、多くの日中間のビジネスにコンサルタントとして関与、最近は日系企業の顧客以外にも中国企業の対日投資並びに技術導入も支援している。中国の第一財経テレビ、香港のフェニックステレビの時事討論番組のコメンテーターとしても活躍している。

チャイナ・ウォッチャーの視点

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 3. こうした崩壊説が何十年も当たらなくとも日本の固定のファンを獲得しているのは、リスクをきちんと分析しようとする健全なニーズもあるのだとは思うが、読者が崩壊を期待している部分もあるのではないかと感じている。その背景は、尖閣問題、歴史問題、反日運動に対する反発心、敵愾心と、日清戦争で芽生えた日本人の中国に対する優越感が、最近の中国の勃興で逆転しそうな状況における日本人のメンタルと関係があるのではないか

 前者については、本当に反発心、敵愾心があるのであれば、孫氏の言葉を借りるまでもなくより冷徹に相手の事を分析すべきであり、何十年も当たらない予想はそろそろ何かがおかしいのではないかと考え直したほうがいいのではないか。後者については、優越感が確かにあったのであれば、それと劣等感は表裏一体のものであるはずで、優越感が劣等感に転化しそうな時に、中国の崩壊を期待する日本人の深層心理があるのかもしれない。

 いずれにせよ、優越とか劣等とか意識がある限り冷静な判断ができないのが人間の性だとすればそこに留まっているのはいいことではない。そもそも優越感がなければ劣等感もないはずである。今、日本人のメンタル面で調整が必要なのは、日中どちらが優越でも劣等でもなく、それぞれ違った国として認め合い、それぞれの違った生き方を模索し、その上で協力できるところは協力するという心持ちではないか。

情緒的な判断は避けるべき

 ⒋ この点は以下で紹介する中国の専門家たちの指摘であるが、日本を含めた西側のメディアが伝える中国経済の分析は、近代経済学のセオリーに基づいた分析が多いが、近代経済学が所与の前提とする状況が中国では整っていないために、違った前提条件でいくら危機を唱えても実態とのズレが出てきてしまう。これが中国経済が世界の予想、期待? に反して崩壊しない要因とも言えるのではないか。なお、欧米メディアで発表される分析は大変参考になるものがある反面、意図を持った巧妙なプロパガンダである場合もあるようなので注意が必要のようだ。

 ⒌ とは言え中国経済が深刻な諸問題を抱えている事実には変わりがない。一党独裁から起こりやすい政府の腐敗、貧富の格差、民族問題、環境問題、労務コストの上昇、元切り上げ圧力、産業高度化への課題、実質的には公定相場制故の歪みの蓄積、国営資本への利権と富の集中、リーマンショック後の大盤振る舞いの後遺症などなど挙げればきりがない

 一方で、楽観要因もある。なんだかんだ言ってもこうした難局面を乗り越えてきた中国共産党の政策運営能力、これまでの高度成長で蓄積した富、圧倒的市場規模、まだまだハングリー精神を持った高度教育を受けた人材層、他国に依存することなく独立した軍隊を維持することによる国際政治的な牽制力(結局、これがあるから急激な元高を回避できているのではないか)、規制緩和、国有資本の独占権益の開放などまだまだある成長の糊代、などなどこちらも色々上げることができる。

 ⒍ こうしてみてみると我々ビジネスマンが注視しないといけないのは、崩壊するかしないか、いつ崩壊するかといった情緒的な判断ではなく、上記にあるプラスとマイナス面のバランスを見ながら中国経済がどのように推移するのかなのではないか。そもそも崩壊という定義も曖昧だ。日本がバブル崩壊で苦しんだような崩壊を中国が経験することはあり得るかもしれないが、フセイン政権の失脚でイランが崩壊するような事態を中国で想像する人はまずいないのではないか。一方で、中国は相当真剣に日本のバブル崩壊を研究し自らは日本の轍を踏まないよう細心の注意を払っている。

さて、こうした状況につき、中国の専門家はどのように見ているのか、前回の本コラム「中国の爆買いが無くならないのはなぜか」で言及した、日本の大学の企画による上海で行った取材と講演において、中国の株式市場と中国の著名ブロガー(経済の専門家)から聴取した今後の中国経済の見通しについて整理すると以下の通り。ここでも中国経済破綻の可能性について彼らの意見を聴取した。

著名な株式市場の専門家の意見

 ⒈ 中国経済の現状認識。中国経済が1992年から2007年のリーマンショックまでの15年間もの間高度成長を維持できたのは、輸出主導型の経済運営に成功したからに他ならない。経済学の教科書によれば政府が市場経済に介入する事は経済活力を削ぐ結果になるというのがセオリーであるが、企業の輸出を振興するだけであれば企業は外国の市場で真っ当な市場競争にさらされるので、その企業は健全な競争力を維持する事ができ、上記セオリーが言うデメリットをかろうじて打ち消すことに成功した。この発展のモデルは元々日本が明治維新以降に始めたことで、中国を初めとした東アジアの国々の発展は基本的にこのモデルに沿っている。中国においてはこの間多くの輸出競争力を持った優秀な民間企業が育成される結果となり、こうした企業が又中国の経済発展を支えていた。 (出典)IMF - World Economic Outlook Databases

 ⒉ しかしながら、中国の労働者の権利意識が高まるなかで労働コストが上昇し、また、同時に米国からの元高圧力もあるなかで中国は成功を収め、競争力のある企業群が生まれ定着し、徐々に輸出よりも内需拡大をより重視する方向へ舵取りをし始めた。

 本来であれば、内需拡大は経済発展にとって望ましいことであることであるはずであるが、中国においては、政府の経済に対する関与が強すぎるために、内需で勝ち残る企業は結局政府が優遇し多大な権益を有する国有企業と一部の政府のお墨付きを得た一部の民営企業ということになり、公平な競争が実現せず、せっかく15年かかって育成した輸出競争力を持った企業が衰退、廃業する事態に陥った。

 この点は、現在、中国の経済がかつての勢いを失った大きな原因の一つであると考えている。2007年に施工された中国の労働契約法は、中国の労働者の権益保護を強化したもので、先進国並みまたはそれ以上に労働者よりのものとなった。これは、一見労働者にとってはいいことであるようであるが、まだまだ産業の高度化が進んでいない中国においては、導入が尚早であったと考えている。これにより中国企業の労務コストは更に高まり、中国の経済成長の足かせとなっている。

 ⒊ 2007年のリーマンショックの影響は中国にも及び中国は4兆元(56兆円)の公共投資で乗り越えようとした。これは内需拡大の流れに沿ったものであるが、この公共投資は、社会全体としては大きな非効率でそれ以降中国の経済成長は鈍化傾向にあり、それまでの成長基調は転換点を迎えた。もし、この時にこうした政策をとらずに輸出を振興する政策をとっていればここまでの経済の減速はなかったと考えている。内需に舵取ることにより皮肉にも経済学の教科書のセオリー通りの状況が生じてしまった。

 ⒋ この他、中国経済はある意味日本経済がたどった道のりを後追いしている。経済の高度成長に続く、環境問題、元高圧力、バブルの発生、成長鈍化のなかでの通貨増発、老齢化問題などなど。そうした意味で、中国経済もこれから、成長鈍化の流れはしばらく続きそう。かといって、崩壊するということはあり得ないし、日本への旅行者が減るということもない。それだけの中産階級の蓄積があるということ。何を持って崩壊というのかよくわからないが、日本だってバブルの崩壊とその後の20年間に及ぶ経済の低迷を経ても崩壊せず、日本の人々は幸せな日々を送っているではないか。

 多くの中国の人民は、まだまだ慎ましい生活を送っており、今後多少の困難があっても乗り越えることができるものと信じている。個人的には、現政権の執政が続く間はこうした流れは変わらず現状維持、ただ、その後の政権の執政時には、さらなる飛躍が期待できるかもしれないと考えている。

著名ブロガー(経済の専門家)の意見

 ⒈ 日本を含めた西側のメディアが伝える中国経済の分析は、近代経済学のセオリーに基づいた分析が中心であるが、近代経済学が所与の前提とする状況が中国では整っていないために、違った前提条件でいくら分析しても実態とのズレが出てきてしまう。例えば、近代経済学が前提とする社会というものは、民主主義に根ざした法治社会であるが、中国は法治社会を目指してはいるが、局面局面においては、政治が優勢する実態があるので、実態は近代経済学のセオリーとは大きくかけ離れてしまう。

 ⒉ 自分は、制度経済学の専門家であるが、中国を見る場合はこの視点が重要。制度を少しばかりいじることで経済のアウトプットは全く違うものになってしまう。現在の中国の経済運営が望ましいものとは思えないが、崩壊することも想像はしにくい。なぜならば、もし、経済的な危機に陥ったなら、中国は、まだまだいくらでも経済を上向かせる余力を持っているからである。もっともわかりやすいのは、国有企業が持っている膨大な権益である。国有企業はこの権益を生かして巨万の富を有しているが、それでも大きな非効率があり、この権益を少しでも民間に放出すればGDPが上向くのは明らかなことである。

 この2人の専門家は日本のメディアに対して自分の名前を出すことを希望しないので匿名で紹介しているが、民間人ではありながら中国で相当な影響力を持っている識者である事は間違いない。このように現地の専門家の意見を聞いていると、中国経済は様々な難しい局面を抱えているとはいえ、日本で言われるような崩壊というものはなかなか想像しにくく、逆にうまく運営すればまだまだ成長の余力も持っているようだというのが私の結論である。もし崩壊物のフォロワーの方がこの記事を読目にする機会があれば、せめてこういう見方もあるということで参考になれば幸いである。

 また、日本企業が、中国ビジネスを拡大か、現状維持か、撤退かを検討するにあたっては、それぞれのポジションによって違った見方が出てくると思われる。いずれにせよ、リスク分析は当然のこととはいえ、情緒的な崩壊論に影響されることなく、冷静に判断することをお勧めしたい。最近、国際金融の専門家と話していて、米国の国際金融資本は、中国からの投資を全く引き上げておらず、逆に増強しているとの分析を耳にしたが、グローバルな政治情勢を冷徹に見極め、時にそれを左右することもある彼らの動きもきちんと横目で眺めておくべきであろう。

欠点があり、熱っぽい中国の台頭を称えよう、悲観論者に耳を貸してはならない理由2015.12.18(金) profile Financial Times JBPress

20151217日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

どれほどリスクがあっても、世界第2位の経済大国である中国の台頭は称えるべきだという(写真は上海 (c) Can Stock Photo

 中国経済という貨物列車が脱線するところを想像するのは、たやすい。筆者がアジアに赴任した14年前、当時の経済規模が名目ベースで中国の3倍もあった日本では、多くの人がまさにその通りの予言をしていた。あのシステムは自らの矛盾に耐えかねて崩れてしまうに違いない、というわけだ。

 何しろ中国経済は国家に管理されており、資本の配分を間違えたりムダの多い投資に依存したりしがちだった。

 また、国防よりも国内の治安維持の方にお金をかける抑圧的な政治組織があった。

 共産党幹部に対する怒りは強まっていた。幹部の多くは汚職まみれで、異常な規模で土地を収奪していた。大雑把に見ると、経済は目を見張るペースで成長を遂げていた。だがその一方で大気や水を汚し、自国の市民の健康を蝕むことも珍しくなかった。

悲観論を覆し、ますます力を付ける中国

 この分析には何の誤りもない。しかし、中国に内在するストレスは社会の混乱につながり、ひいてはこの国のシステムを崩壊させるだろうという結論は、希望的観測の産物だった。この結論は、数億人もの人々の生活を目に見える形で改善した中国共産党の実績を過小評価していた。また、同党による愛国主義的なメッセージの強さも過小評価していた。毛沢東の言葉を借りるなら、100年以上に及ぶ屈辱の時代を経て、中国はついに「立ち上がった」というメッセージだ。

 いくつかの指標を見る限り、中国は崩壊するどころかますます力を付けている。現在の国内総生産(GDP)は日本の2倍を超えており、購買力平価(PPP)換算のGDPでは、昨年米国を抜いて世界最大となっている。1人当たりGDPも伸びており、わずか15年で米国の8%相当額から25%相当額に跳ね上がった。

 日本には、中国の破綻を心の中で願っている人が多い。理由がないわけではない。彼らは、歴史書を手にした執念深い、そして力も強い隣国を恐れているのだ。だが、米国や欧州にも、中国なんてトランプで作った家のようなものだと思っている人はいる。『The Coming Collapse of China(邦題:やがて中国の崩壊がはじまる)』といったタイトルの本は、もう何年も前から定番になっている。

 この専制政治体制の欠点や甚だしい不正を指摘することは、すぐに終わりを迎えると予言しなくてもできる。いずれは共産党も何か別のものに屈するだろう。すべての王朝は崩壊する運命にある。しかし、中国共産党は恐らく、大方の予想よりも長い期間権力を維持することになるだろう。

 中国の台頭は、我々の時代の最も重要な出来事だ。西側諸国には、テロの脅威や、機会と破壊をセットでもたらす技術革命に心を奪われて中国にはさほど関心を示さない人が多い。しかし、世界の人口の5分の1を擁する国が蘇ったとなれば、その影響は甚大であり、世界の重心が西から東に引き寄せられることになる。

 経済の面ではすでに、中国自身の景気減速のためにコモディティー(商品)価格がこのところ急落しているとはいえ、アンゴラからオーストラリアまで世界の原材料生産国の見通しが一変した。

 政治の面では、ほぼすべての国が計算のやり直しを強いられた。例えば米国は、日本や台湾などに無条件の安全保障を今後も提供し続けられるかどうかを外交官があれこれ考えていたまさにそのときに、アジアに軸足を移すことになった。

 英国はビジネスと国力の磁力に引っ張られ、米国政府の意向を平然と無視して中国主導の銀行創設に参加した。ブレトンウッズ体制に象徴される第2次世界大戦後の秩序に対抗することを目指したあの銀行だ。

2つの大きなリスク

 中国の台頭にはリスクがある。特に目立つものは2つある。1つ目は戦争のリスクだ。これまでの記録を見る限り、新たに台頭する強国への適応において人類は好成績を上げていない。

 中国政府は、力を付けるにつれてパクス・アメリカーナを受け入れなくなるだろう。少なくとも、自国の自然な勢力圏だと考えているところでは受け入れないはずだ。南シナ海の人工島を巡る中国と米国の行動は、これから起こることを暗示している。日本に怒りの矛先を向けるナショナリズムも同様だ。

2つ目は環境のリスクだ。無理からぬことだが、中国の人々は、大きな車や冷蔵庫がある米国の生活水準に憧れを持っている。インドに暮らす13億人、アジアやアフリカ、中南米に住む数億人も同様だ。

 地球がそのような野心を支えられるかどうかは明らかでない。科学技術の本当に飛躍的な発展(あり得ないわけではないが、予定されているとはとても言えない)がない限り、何かをあきらめなければならないかもしれない。そうなれば、人類はまた争うことになってしまう。

こうしたリスクにもかかわらず、中国の台頭は称えるべきだ。戦後日本は世界に対して、繁栄と近代性は欧州と米国の白人の領分ではないということを証明してみせた。中国は、たとえまだ匹敵するほどではないにせよ、日本の成功をずっと大きな規模で真似ることができることを示した。

 今は、祝うには奇妙なタイミングに思えるかもしれない。中国モデルは崩壊しつつあるのではないのか。

 経済成長は多くの人が想像した以上の速さで鈍化した。さらに大幅に減速する可能性もある。これは金融危機を引き起こすかもしれない。

2009年以降、債務は倍増した。システムに生じたひびを2ケタの経済成長で取り繕うのは難しくなかった。成長率が3%では、それほど容易ではないかもしれない。

 たとえ全面的な危機を回避したとしても、中国は単に行き詰ってしまうかもしれない。労働力人口は縮小している。人口は急速に高齢化している。わずか15年後には、国民の4分の1近くが65歳以上になる。そうなると、悲観論者が預言者のように見えてくるのではないか。

亀裂はたくさんあるが、「中国の脅威」は消えない

 実際には、中国が世界を変えるには、それほど素晴らしい成果を上げる必要はない。人口の規模のために、中国人が米国の半分の生活水準を手に入れただけでも、中国経済は米国経済の2倍の大きさになる。エール大学のポール・ケネディ教授の著書『The Rise and Fall of The Great Powers(邦題:大国の興亡)』は、経済力の後に軍事、外交両面の力が続くと示唆している。

 システムの亀裂を探している人は、たくさん見つけるだろう。一方、「中国の脅威」が間もなく消えると想像している人は、失望することになる。By David Pilling

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【Japan関連】

訪日外国人、11月は前年比41%増の164万人 中国からは75%増2015/12/16 日経Net

 日本政府観光局(JNTO)が16日発表した11月の訪日外国人客数(推計値)は、前年同月比41.0%増の1647600人だった。11月としての最高を更新した。円安によって日本での買い物が割安になっている。原油安や査証(ビザ)の発行要件緩和、航空路線の拡大などの好条件が重なり、客数の増加が続いている。

 

訪日消費が企業業績を支えている

 地域別で見ると中国からの旅行者が全体の22%と一番多く、韓国をわずかながら上回った。訪日中国人客数は前年同月比75.0%増の363000人。10月は99.6%増で、伸び率はやや鈍化した。韓国で中東呼吸器症候群(MERS=マーズ)の流行が終息したことで、韓国に旅行する中国人が増えているとJNTOは分析している。中国からのクルーズ船は30隻(前年同月は9隻)が寄港した。船が満席だったと仮定すると8万人(同1万8000人)が訪れたことになる。

 その他の地域では、韓国が50.5%増の359800人、台湾は25.4%増の296500人だった。主要20市場では19市場が11月としての過去最高を更新し、マレーシアは単月でも過去最高だった。減少したのはロシアのみだった。1113日にフランスの首都パリ市で同時テロが発生したが、訪日需要への影響は限定的だったという。

 全ての国・地域の2015年累計(1~11月)では前年同期比47.5%増の17964400人だった。過去最高だった昨年1年間(1341万人)を既に大きく上回っている。政府は2020年に訪日客数を2000万人にする目標を立てていたが、年度内には目標数値を上積みする。〔日経QUICKニュース(NQN)〕

頓死!黒田日銀は進退窮まり詰んでしまった、いきなりの「補完措置」は自殺行為ではないか小幡 績 :慶應義塾大学准教授 小幡 績おばた せき

慶應義塾大学准教授

 

株主総会やメディアでも積極的に発言する行動派経済学者。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現財務省)入省、1999年退職。

200103年一橋大学経済研究所専任講師。2003年より慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應義塾大学ビジネススクール)准教授。01年ハーバード大学経済学博士(Ph.D.)。

著書に、『すべての経済はバブルに通じる(光文社新書)、『ネット株の心理学』(MYCOM新書)、『株式投資 最強のサバイバル理論』(共著、洋泉社)がある。

20151219日 TK

18日に会見した黒田東彦日銀総裁。この日に日銀が明らかにした補完措置への失望もあり、日経平均は366円安で終わった(撮影:今井康一)

FEDの利上げについて書く予定が、日銀の追加緩和で想定外の流れになってしまった。米国の利上げも重要だが、自国の中央銀行が自殺を図ったときに、それを放っておく愛国者はいない。今日は、日銀が将棋で言う「頓死」してしまったことについて書かざるをえない。

補完措置という名の小規模追加緩和

1218日金曜日、日銀は政策決定会合で、自称「補完措置」を決定し公表した。量的・質的緩和を補完する措置だが、メインは①買入れ長期国債の平均残存期間を、これまでの710年から712年に長期化、②ETF3000億円買い増し、③J-REITも買い増ししやすくする、というものだ。

私自身、黒田氏は追加緩和をせず、今回も現状維持以外に何もないと思っていた。ところが、いきなりの「補完措置」。補完といっても、国債はリスクベースで言えば買い増しだし、ETFも名実ともに買い増し。J-REITは名目的な総量は増えないが買い入れをしやすくするもので、今後の買い入れ拡大もありえる。したがって、小規模の「追加緩和」と言ったほうが実質を表している。実際、株式市場、為替市場、国債市場は大きく反応し、日経平均は一時的に500円超高、直接の買い入れ対象となるJPXはさらなる大幅高。ドル円は123円となった。

しかし、その上昇は10分程度しか持たなかった。中身のせこさに市場は失望して(感情的な反発か?)大暴落となり、日経平均は366円安、ピークから900円も下げて終わった。JPXはそれ以上下がった。

黒田日銀は詰んでしまったのである。

これまでの黒田氏は、官邸とは距離を置き、自身の信念として量的緩和政策を行い、日銀総裁および日本銀行のあるべきスタンス、政策を追求して大胆な金融緩和を行ってきた。その結果が、官邸の意向と非常にうまくかみ合った20134月の緩和であり、消費税の絡みもあって微妙なズレをもたらした201410月の緩和だった。

官邸とのズレがあったとしても、黒田氏としては、信念を貫いた自信満々の一手だった。それに関して賛否はあるが(私は第1弾反対、第2弾は絶対反対で、多くの人は第1弾賛成、第2弾反対だろう)、悔いのない政策決定だったはずだ。

なぜ中途半端な半歩を踏み出したのか

しかし今回は違う。官邸の意向かどうかは分からないが、明らかに黒田氏の信念に反したアリバイ作りのような追加緩和だ。「何か日銀もやってます」「危機意識がないわけではありません」というポーズのようだ。こんな緩和を黒田氏がしたいはずはない。妥協の産物だろう。

その苦渋の妥協を行った結果が、市場からのしっぺ返しだ。株価を支える政策を打ったのに株価暴落、円高進行では話が違う。背後から刺されたような展開といえる。追加緩和は国債市場崩壊、円売り日本売り加速という地獄への道だと思っていたが、地獄へ進もうと半歩踏み出したところ、地獄にも行けないというパニッシュメント(処罰)を受けた。市場は日銀の異次元緩和、黒田バズーカもこれで打ち止めと判断し見切りをつけたということだ。

最悪のシナリオは、これに慌てて彼らに媚びまくって、本当に地獄への道を自ら突き進み、バズーカ第3弾を打ち出すというもの。地獄で待つ市場関係者の、いわば狙い通りになるシナリオだ。いったんは大幅上昇し、飽きたところで暴落となるだろう。

一方、市場の乱高下で儲けようとしていないまともな人々からは、なぜ今、小出しの追加緩和だったのかという疑問が出てくる。米国は利上げを始め、ついに出口の流れに完全に入った。そのタイミングで、逆方向に中途半端な半歩を踏み出すとは自殺行為ではないか。ここは我慢して緩和は一切せず、現状維持を続けながら出口の入り口を探すことが必要なのに、地獄からの出口を自らふさいでしまったのだ。

前にも後ろにも進めず、進退窮まり「詰んで」しまった日銀。アリバイ作りの追加緩和というつまらない失着が、大きな敗着となってしまった。

軽減税率合意で消費税の矛盾はむしろ拡大した

野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問] 【第42回】 20151217 DOL

報道は軽減税率対象の線引き問題に集中しているが、消費税構造の合理化も重要な問題である。

 消費税の軽減税率について、自民、公明両党の合意が成立した。しかし、課題は数多く残されている。

 報道は、軽減税率対象の線引き問題に集中していた。そして、政治的な取引によって非課税枠が拡大されたことを問題視する論調が多く見られた。

 確かにそれは重要な問題だ。ただし、消費税構造の合理化も、大変重要な問題である。それにもかかわらず、この問題には手がつけられていない。制度の矛盾は、むしろ拡大した。

免税、簡易課税制度が残ることで制度の問題は解決せずさらに拡大

 自民、公明両党が1212日にまとめた合意文書では、つぎのようにされている。

201741日に消費税の軽減税率制度を導入する。

214月にインボイス(税額票)制度を導入する。それまでの間は、簡素な方法とする。

 もう少し詳しく言うと、つぎのとおりだ。

1)現在、売上高によって前段階の税を推計する簡易課税制度があるが、売上高5000万円以下の中小事業者には、174月以降も認める。174月からは、軽減対象品目の比率についても推計を認める。

2)売上高1000万円以下の零細事業者については、174月以降も免税制度をそのまま残す。

3)税額票の導入から6年間は、免税事業者から仕入れた場合でも、税額控除を受けられる。

 上記の合意内容で最も問題なのは、免税業者制度や簡易課税業者制度が残ることである。日本の消費税制度にはインボイスがなく、転嫁が完全にできない場合があるので、それを補うために、免税制度や簡易課税制度が導入されていた。

 本来は、インボイスを導入することによって転嫁を容易にし、それによってこれらの制度を廃止すべきであった。これらが残ることによって、消費税制度の問題点は改善されず、むしろ、以下に述べるように、問題がさらに拡大することになった。

 現在でも、業者間の取引で請求書は用いられており、そこには消費税が記入されている場合が多い。そして、請求書の保存義務が課されている。しかし、前段階税額控除は、そこに記された消費税によって行なうのではなく、仕入額から計算することになっている。

 上記の自民・公明合意は、214月までは「簡素な方法」とするとしている。「簡素な方法」において、請求書を前段階控除の要件とするのか、それとも現行のように仕入額から計算するのか?

 おそらく後者と考えられるが、報道されている限りでは、はっきりしない。これこそが消費税の改革に関する最も基本的な問題なのだが、そこが不明瞭なのだ。

 簡易課税の場合には、仕入れのデータさえ用いず、売上のデータのみから税額を計算しているのだから、そもそも請求書の意味はないわけである。簡易課税制度を残している以上、前段階税額控除は、請求書なしに可能であると考えざるをえない。

軽減税率の導入によって最終段階で免税業者が排除される

 軽減税率を導入すると、最終段階の免税業者が取引から排除される場合が発生する。免税業者は、前段階の税を控除できないので、小売価格に転嫁せざるをえないからである。

 この問題は、この連載の第34回ですでに説明した(「ヨーロッパでは当然の軽減税率をなぜ日本で実行できないのか?」。なお、第29「『還付方式』は消費税の欠陥を隠蔽する苦し紛れの奇策」も参照)。

 一般に、当該段階での付加価値が少なければ、免税業者であることのメリットが少なくなり、前段階の税を控除できないことのデメリットが大きくなる。

 食料品については、零細小規模業者が多い。その多くは免税業者であろう。また、付加価値の比率も低いだろう。すると、こうした店での価格が高くなり、コンビニエンスストアやスーパーマーケットで買うほうが安くなる。したがって、免税業者のほうが、価格競争上不利な立場に置かれることになるわけだ。

 免税業者が価格競争力を維持しようとすれば、自ら消費税を負担せざるをえなくなり、利益が減少する。

 これは、現実にかなり大きな問題になる可能性がある(なおこれは、非課税制度に関連して、すでに現実化している問題である。これについては後で述べる)。

 これは、軽減税率のメリットが免税業者のメリットを上回ってしまうという問題である。したがって、軽減税率を導入することによって初めて生ずる問題である。軽減税率というのは、もともと免税制度のメリットを少なくする制度なのだから、こうした問題が生じるのは、当然なのだ。

 この問題は、それまでの免税業者が課税業者になることによって解決できる。ただし、還付額の計算は正確に行なわれなければならない。したがって前段階の税額を正確に把握する必要があり、そのためにはインボイスが不可欠である。つまり、この問題の解決は、インボイスの導入によってしかなしえないのである

支払ってもいない消費税が控除される、国民を愚弄する奇妙奇天烈な制度

 以上で述べたのは、最終段階での免税業者の問題である。つぎに、中間段階での免税業者を考えよう。

 前段階控除の要件をどうするかは、免税業者からの請求書の扱いに関して違いをもたらす。

 現行制度では、仕入額からの前段階税の計算にあたり、免税業者からの仕入れか否かは区別されていない。したがって、仕入額に税率をかけることによって前段階税額を計算すれば、免税業者からの分も含まれることになる。

 これに対して、インボイスに記入されている額を控除するとされている場合には、免税業者はインボイスを発行することができないから、その額を控除することができない。

 つまり、現状では中間段階の免税業者は取引から排除されることにならないが、インボイス方式では排除されることになる。これが、インボイスのもたらす大きな変化である。「ヨーロッパでは当然の軽減税率をなぜ日本で実行できないのか?」で、このように述べた。

 今回の合意では、免税業者が残ることになった。しかも、上記(3)のように、特例が導入されることとなった。免税業者の存在が消費税にさまざまな歪みをもたらしているが、消費税の最も大きな問題が解決されないで残るわけである。

 しかし、この措置はまったくおかしなものだ。支払ってもいない消費税が払ったものとみなされて、つぎの段階で控除されるというのは、一体いかなる理由に基づくものであろうか?

 もちろん、上で述べたように、現行制度でも免税業者からの仕入れについて税額控除ができる。しかし、それは、「インボイスがないために、そうならざるをえない」というものだ。しかし、自民・公明の合意は、インボイス導入後もそれを認めようというのだ。これは奇妙奇天烈な制度と言わざるをえない。このような提案が堂々となされるのは、国民を愚弄するものだと言わざるをえない。

簡易課税制度をどうするのか、具体的な計算方法は何ら提案されず

 現在、課税仕入れと非課税仕入れの区別は行なっている。複数税率が導入されれば、その区別も仕入れについて行なう必要が生じる。

 これは本来の課税の場合についても必要となることであるが、簡易課税の場合には、仕入れのデータを用いず、売上のデータのみを用いて前段階の税を計算しているため、仕組みが極めて複雑なものにならざるをえない。

 この問題も、「ヨーロッパでは当然の軽減税率をなぜ日本で実行できないのか?」で述べた。

 軽減税率が導入された場合に簡易課税制度を残すか否かは、重要な問題である。自民・公明合意では、簡易課税制度を残し、さらに推計の範囲を広げることとした。簡易課税の適用業者数は数が多く、社会的にかなり重要な役割を果たしている。したがって、この制度の廃止は、政治的にかなり難しい問題を含んでいる。

 しかし、具体的にいかなる計算方法を用いるかについては、何も提案されていない。計算の方法によっては、益税の可能性がさらに拡大することもある。

医療費や家賃の「非課税」制度は「ゼロ税率」への転換が必要

 まったく議論されなかった大きな問題として、非課税制度をどうするかがある。

 これは、免税事業者制度と似ているが、異なるものだ。免税事業者制度は零細業者を対象とするもので、どんな財・サービスであっても、年間売上が1000万円以下の場合に認められている。それに対して非課税制度は、特定の財やサービスのみについて認められ、事業者の売上高は関係がない。

 社会政策的配慮から非課税取引とされているものとして、社会保険診療(公的医療保険でカバーされる医療)、介護保険サービス、住宅の貸付けなどがある。

 ところで、非課税とされる取引には消費税が課税されないので、非課税取引のために行なった仕入れに関しては、仕入れに含まれている消費税額を控除することができない。

 このため、消費税の税率が引き上げられると、前段階の税の増加をどうするかという問題が発生する。引き上げ分を家賃に転嫁できない、あるいは、社会保障診療費に反映されないという問題である。その場合には、増税分を事業者が負担しなければならなくなる。これは、消費税率を5%から8%に引き上げる際に問題となった。

 「社会政策的観点から消費税負担を軽減する」という意味では、軽減税率も非課税制度も同じだ。これまでは、軽減税率がなかったために非課税制度によらざるをえなかったが、軽減税率が導入されたことによって、矛盾が生じている。

 例えば、借家の家賃は生活必需品であるにもかかわらず、消費税の税率引き上げで値上げせざるをえなくなる(あるいは、家主がその分を負担する)。それに対して食品の場合には、高級な加工食品であっても、軽減税率で価格を低く抑えられる、といったような問題である。

 軽減税率が導入されるからには、現行の非課税制度を廃止して、軽減税率の一環として扱うことが考えられる。具体的には、これまで非課税の対象とされていた財・サービスについては、税率をゼロとするのである。輸出は、ゼロ税率の消費税を課税するという扱い(輸出免税制度)になっているが、それと同じ扱いにするわけだ。

 こうすれば、前段階の税を控除できることになり、現在問題とされている医療費や家賃の問題は解決できる。

 ただし、ゼロ税率であるため必ず還付をすることになるわけで、前段階の税を正確に把握する必要があり、インボイスは絶対に必要だ。

データを用いた客観的な議論が重要、政治的駆け引きだけでは制度が崩壊する

 今回は、明確な理由が示されることなく、軽減税率の適用範囲が当初考えられていたものから大幅に拡大された。そこには、参議院選挙を念頭に置いた政治的駆け引きがあっただけだった。

 例えば外食を軽減税率の対象とすべきかについて、いったんは対象と報道されたが、結局は外された。最終的な決定がなされた理由が何であったのかは、はっきりしない。この問題は、少なくとも、外食費の絶対額や家計に占める比率が所得階層によってどう違うかを見なければ、議論できないはずの問題である。

 軽減税率の対象をどこで線引きするかは、難しい問題である。客観的な基準で唯一の「正しい答え」を出すことはできない。ただ、その決定には、さまざまなデータを用いた客観的な議論が必要だ。

 今後、軽減税率に対する要求は増えるだろう。書籍・雑誌等の要求があるし、その他にも生活必需品と考えられるものは多数ある。今回対象とされた食料品についても、消費税の税率がさらに引き上げられた場合に軽減税率をどうするかという問題がある。また、仮にゼロ税率を導入すれば、他の取引にも同様の扱いを求める圧力が生じるかもしれない。

 このような問題に関して、政治的な駆け引きだけで制度を決めていけば、消費税制度は崩壊してしまうだろう。

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【Asia関連】

北朝鮮経済、4年連続でプラス成長していた、経済制裁が効いていない?福田 恵介 :東洋経済 記者 福田 恵介ふくだ けいすけ

東洋経済 記者

1968年長崎県生まれ。神戸市外国語大学外国語学部ロシア学科卒。毎日新聞記者を経て、1992年東洋経済新報社入社。1999年から1年間、韓国・延世大学留学。著書に『図解 金正日と北朝鮮問題』、訳書に『朝鮮半島のいちばん長い日』『サムスン電子』『サムスンCEO』『李健煕-サムスンの孤独な帝王』『アン・チョルス経営の原則』など

20151216日 TK

北朝鮮は4年連続で経済成長をしているようだ

北朝鮮の国民総所得(GNI)は2014年基準で韓国の21分の1、貿易総額は144分の1−−。そんな統計が発表された。

韓国の統計庁が15日に発表をしたのは「2015北韓(北朝鮮)の主要統計指標」。冒頭の指標以外では、人口は北朝鮮が24662000人、韓国が50424000人とほぼ2分の1の規模、1人当たりGNIはそれぞれ139万ウォン(約19万円)、2968万ウォン(306万円)と21分の1となっている。また、経済成長率は1.0%、3.3%と北朝鮮がこの程度は経済外成長していることを示した。

人口は韓国の半分、1人当たりGNI14万円

貿易総額は北朝鮮76億ドル(約9259億円)、韓国10982億ドル(約134兆円)と144分の1規模、コメの生産量は北朝鮮215万トン、韓国424万トンと発表した。

移動通信電話の加入者数のデータもある。人口100人当たりの加入者数は、北朝鮮が11.19人、韓国が115.54人。北朝鮮は韓国の10分のの1規模となっている。

今回発表された統計は、韓国の各調査機関が調査した2014年の北朝鮮の経済統計となる。特に注目されるのが、北朝鮮が1%成長と韓国側が推定したことだ。

これについて、北朝鮮経済に詳しい帝京大学の李燦雨(リ・チャヌ)教授は「成長率は低いものの、4年連続でプラス成長と推定したことに意味がある」と指摘する。李教授によれば、韓国銀行は2011年に0.8%、20121.3%、20131.1%、そして20141.0%と発表していると紹介、それは「北朝鮮が国連の経済制裁や日本・韓国の経済制裁が続いているなかでのプラス成長が続いていることを示すためだ」と言う。

韓国銀行が推定する北朝鮮の経済成長率は、韓国の情報機関である国家情報院などが推定する北朝鮮の各産業における生産量データに、北朝鮮の物価ではなく、韓国の物価・付加価値率などを適応して算出、韓国ウォン基準の名目GNIを推定している。

したがって、これらの統計を見る際には「韓国のGDPデフレーターがかけられているので、統計としてゆがんでいる。統計数値そのものに意味はなく、あくまでも南北間の経済比較や北朝鮮経済のトレンドを分析する目的でのみ使われることが多い」(李教授)。

2011年以降続くプラス成長

これまでのこの統計を振り返っておこう。北朝鮮は1990年から9年連続でマイナス成長となったが、1999年からはプラス成長に転じている。ただ、200620072009年、2010年はマイナスだった。

つまり、韓国は、金正恩(キム・ジョンウン)第1書記が本格的に政権を担うようになってからはプラス成長と判断していることになる。

北朝鮮の経済成長は、中国との貿易増加が産業生産の拡大につながった結果とされており、中国が北朝鮮への経済制裁に加わらない限り、北朝鮮は経済成長を続ける可能性が高いと李教授は言う。

北朝鮮はかつて195060年代には積極的に経済統計を発表していたが、この数年は「米国との対立関係にあるため、国の実態がわかる統計を対外的に発表することはできない」(朝鮮社会科学院経済研究所)とし、発表していない。ただ、2013年に平壌で東洋経済の取材に応じた同研究所の李基成(リ・ギソン)教授は、「2011年の1人当たりGDP(国内総生産)は904ドル(約11万円)、20072011年までの平均経済成長率は10%程度」と述べたことがある。

2010年以降、継続して訪朝しているある日本人ビジネスマンは「平壌だけを見ると、1%成長に留まっている感じはない。それこそ10%成長と言ってもおかしくはないほど、市民生活は向上している印象を受ける」と言う。

今回、韓国統計庁が発表した統計で、4年連続のプラス成長を発表したことは、これまでの経済制裁の有効性に疑問符をつけるものとも読み取れそうだ。

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【USA・北米関連】

ついに来た米国利上げ、世界経済と為替への影響は?

村田雅志 ブラウン・ブラザーズ・ハリマン通貨ストラテジスト20151217 TK

米国の利上げは、20066月末以来、9年半ぶりとなる(写真は1112日の講演時のイエレンFRB議長) Photo:Federalreserve

 米連邦準備理事会(FRB)は日本時間17日午前4時、米連邦公開市場委員会(FOMC)でフェデラルファンド(FF)金利の目標レンジを25bp引き上げ、0.250.50%にすることを決めた。利上げは20066月末以来、9年半ぶり。利下げも含めたFF金利の変更は、200812月以来、7年ぶりとなる。

 日本経済にとって、特に注目すべきは為替市場への影響だろう。だが、2016年のドル円見通しについては、上昇(ドル高・円安)を見込む声がある一方で、横ばい圏での推移に留まるとの見方や、下落に転ずるとの見方も示されている。一昨年、昨年はドル円の上昇が続くとの見方が大多数だったことを考えると、来年のドル円見通しはバラつきが大きくなってきている。

米金利上昇と日銀の緩和姿勢継続でドル買い優勢が続くと見るのが自然

 FRBが、その後も経済指標次第としたものの、利上げを続ける意思を示したことで、米債利回りは短期債を中心に上昇。今後も利上げ継続観測を背景に米債利回りは上昇基調での推移が予想され、米金利の上昇を背景にドルは買い優勢の動きが続くと見るのが自然だろう。

 一方で、日本銀行(日銀)は、来年も緩和姿勢を続けることがほぼ確実。黒田日銀総裁は追加緩和に慎重な姿勢を示しているが、2%物価安定目標のターゲットとされている生鮮食品を除いた消費者物価指数は、小幅ながら3ヵ月連続の前年割れ。20134月から続けられている量的・質的金融緩和が強化されることはあっても、日銀が緩和姿勢を弱める(いわゆる出口戦略に着手する)とは考えられない。

 昨年、今年と為替市場で意識されてきた日米の金融政策の違い(ダイバージェンス)は来年も続くことになる。

原油価格下落、中国景気減速──、ドル高円安を阻む“リスク”の蓋然性は?

 先述したように、来年のドル円については、上昇だけでなく横ばいや下落を見込む声もあるが、その多くは“様々なリスクが存在する以上、日米ダイバージェンスという分かりやすい図式だけでドル買いが続くわけではない”と指摘する。

 たとえば、足元で進展している原油価格の下落は、市場関係者の多くが指摘する来年のリスクの代表例だ。米原油先物価格(WTI)は、1214日に一時1バレル=34ドル台半ばと20092月以来の安値に下落。これを受けて米国株はエネルギー関連株を中心に下げ幅が広がり、S&P総合500指数は2000の大台を割り込む場面も見られた(図表1参照)。

◆図表1:NY原油先物価格とS&P総合500指数の推移

 

 石油輸出国機構(OPEC)は124日の総会で、これまで日量3000万バレルとしてきた原油生産量の目標の引き下げ合意を見送り。欧米による経済制裁の解除を機にイランが原油輸出を再開する見込みもあって、原油の供給過剰状態を背景に原油安は続くとの見方が大勢だ。

 原油安が続けば、産油国が石油収入に基づき運営している政府系ファンド(SWF)による換金売りも広がり、米国を中心に世界の株式市場は下落基調が強まるとの指摘も増えている。世界的な株安が続けば、市場のリスク回避姿勢が強まり、円買いの動きからドル円が下落する展開も考えられる。

 しかし、原油の純輸入国である米国や日本にとって、原油安は景気拡大の追い風。原油安を機に米国株が下げ、円買いの動きが強まる可能性は否定しないが、原油安で日米ともに景気の底堅さが増すのであれば、米国の利上げ継続観測も強まり、日米ダイバージェンスの構図は続く。

 そんな状況の中、ドル円が今年の最安値である116円台前半や節目となる115円ちょうどを割り込むほど下落する(円買いの動きが強まる)とは考えにくい。

 中国景気の先行き懸念についても同様のことが言える。市場関係者の中には、同国の景気が大きく下振れすることで、市場のリスク回避姿勢が強まり、ドル円が下落するとの見方も示されている。しかし、中国景気が、ドル円を大きく下押しするほど減速すると考えるのは無理があるように思われる。

 主要予測機関の見通しによると、来年の中国GDP成長率は6.36.5%程度と、今年の成長率見込み(6.87.0%)から減速する見込み。今年は6月から8月にかけて中国株が大きく下落し、人民元は事実上の切り下げ。一部からは景気の減速感が来年にかけてさらに強まるとの指摘も出ている。

 中国政府が、輸出・設備投資主導型経済から脱却し、消費主導型経済への転換を目指していることもあり、景気の減速が続くのは避けられないだろう。とはいえ、人民銀行が今年に入って利下げを5回実施するなど、中国当局は昨年までと違い、足元の景気に配慮する姿勢を強めている。

 現に、習近平・国家主席は、第135ヵ年(20162020年)計画の発表時に次の5ヵ年の成長下限は6.5%と明言。また次期5ヵ年の中国の潜在成長率は67%となり、7%前後の成長ペースを維持することが可能だと強調した。当局のトップが、ここまで明確にGDP成長率についてコミットしている以上、仮に景気が大きく下振れする事態に直面することがあれば、政府は利下げや預金準備率の引き下げといった景気刺激策を続けると予想され、中国景気の減速を主因に市場のリスク回避姿勢が強まることは避けられると思われる。

米国景気への影響はドル高で成長減速か?

 FRBが9年半ぶりの利上げに着手したことで、米国景気の先行きを過度に悲観視し、日米ダイバージェンスの見方を否定する意見も目にする。しかし、25bpの利上げだけを根拠に米景気の大幅な変調を期待するのは無理があり、結論ありきのロジックに思える。

 ドル高が米景気を下押しするとの見方もある。たしかにドルは昨年後半から上昇基調で推移しており、FRBが公表するドルの実質実効レート(19733月=100)は、11月に98.510年ぶりの高水準に上昇。過去最低を記録した20116月(81.1)からは2割以上も上昇している(図表2参照)。ドルがさらに上昇すれば、米景気はドル高で大きく減速するとの見方はもっともらしく見える。

◆図表2:ドル実質実行レートの推移

 

 ただ現在の米景気は、個人消費が牽引役であることを忘れてはならない。米個人消費は、昨年第2四半期以降、厳冬の影響で外出が難しくなった今年第1四半期を除き、プラス2.12.9%の範囲でGDP成長率を押し上げ続けている。

 一方、昨年第2四半期以降の純輸出は、今年第1四半期にGDP成長率を1.9%押し下げたことがあるが、それ以外の時期はプラスマイナス1%内の範囲で上下動している。今後、ドル高の影響で純輸出が恒常的に成長率を下押しする可能性は否定しないが、1990年以降、純輸出がGDP成長率を2%以上押し下げたことはない。

 つまり個人消費が現在の拡大ペースを維持するのであれば、ドル高による純輸出の悪化で米成長率がマイナスに転ずる可能性は低いと言える。

米個人消費の行方は、来年も雇用と賃金の状況次第と言えるが、来年に大きく悪化することは考えにくい。11月の雇用統計が示すように、米国の雇用者数は月平均20万人以上の拡大ペースを維持。来年に入ると、労働市場の弛み(スラック)が縮小する影響で雇用者数の伸びが鈍化する可能性があるが、雇用の拡大が急速に鈍化することはないだろう。

 個人消費が堅調に推移する以上、消費関連サービスの雇用増が、原油安やドル高の影響でエネルギー関連産業や製造業の雇用悪化をカバーすると予想される。雇用拡大が続く以上、イエレンFRB議長が指摘するように賃金上昇ペースの加速も期待される(図表3参照)。

◆図表3:米非農業部門雇用者数と米平均時給

米非農業部門雇用者数は前月からの増減、米平均時給は前年比

やはりドル高・円安の進展が基本シナリオ、ドル円は125円を抜け130円を目指す

 ドル円に限らず、今後起こりうる事象を100%確実に予想できる者はいない。だからこそ、今後予想されることをあれこれと思い浮かべたくなるのは理解できなくもない。しかし市場の見通しを作る上で大事なことの一つは、考えうる要因のうち現実に起こり得そうな事象を選び出し、実現可能性の高いものに優先順位をつけること。原油安、中国景気の急減速、そして米国景気の悪化といった様々なリスクは、来年のドル円相場を左右する可能性があるが、いずれも日米ダイバージェンスの構図を否定するほどの現実味があるように思えない。

 米国内でのテロ発生、地震・台風などの自然災害といった予測不能のイベントを根拠に日米ダイバージェンスの構図が崩壊することも可能だが、このような予測は(言うまでもないが)当てずっぽうの類でしかない。考えられる可能性・リスクを取り上げ、様々な可能性に言及するだけで、結論をうやむやにしたまま終わる文章も散見されるが、このような文章は、自らの見方を明確に示さないだけに市場見通しとしての付加価値は低い。

 繰り返しになるが、来年のドル円は、様々なリスクが想定されるものの、日米ダイバージェンスを背景に上昇(ドル高・円安の進展)することが、基本シナリオとしてふさわしいと考えられる。

 米利上げ継続期待が高まりやすい年央には、ドル円が「黒田ライン」と呼ばれる125円を大きく上抜け、130円を目指す展開が期待できる。年後半は米大統領選挙を控え、ドル高を牽制する見方も強まりやすくなるだろうが、ドル円は125130円のレンジ内で底堅さを維持すると予想される。

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【Europe・その他地域関連】

中東での新たな国境引き直しは流血を招く、オスマン帝国が描いた中東モザイクを崩すなカール・ビルト :スウェーデン元首相 カール・ビルト

スウェーデン元首相

 

199194年の首相在任時にスウェーデンのEU加盟交渉を行った。

20151219TK

オスマン帝国の首都だったイスタンブールにあるブルーモスク (写真: bloodua / PIXTA)

中東のさまざまな紛争の根源は、20世紀初頭のオスマン帝国解体と、それ以降に同地域での安定した秩序形成に失敗した点にある。国際社会が中東での恒久平和の実現に向けて取り組む中で、賢明な指導者たちは歴史の教訓を思い出すことだろう。

オスマン帝国は、現在のボスニアにあるビハチからイラクのバスラにまで広がっていた。多様な文化や伝統、言語が入りまじり、その頂点に君臨していたのがイスタンブールのスルタン (皇帝) だった。オスマン帝国は非常に安定しており、支配地域には数百年にわたり平和が続いた。しかし、帝国が崩壊し始めると、非常に暴力的な状況になった。

オスマン帝国の支配から脱して民族国家を樹立しようという動きがバルカン半島で始まった。それがきっかけとなり、数十年におよぶ2つの破壊的な戦争が起きた。1つめは20世紀初頭、2つめは1990年代に起きた。

中東紛争の遠因は英仏の綱引き

一方で、外国勢力として新たに生まれた国々が、メソポタミア (現在のイラク周辺) やレバント (東部地中海の沿岸地方) におけるオスマン帝国の勢力図を書き換えていった。フランスと英国が利権を巡って競争し、交渉の末に作られたのがシリアとイラクだった。

ギリシャは、アナトリア西部を征服しようと企てたが、これは無理のある試みだった。結局、これが引き金となって革命が起き現在のトルコが生まれた。そして、1917年に英国がパレスチナにおけるユダヤ人国家の設立を誓約したバルフォア宣言が基となって1948年にイスラエルが建国された。その後、数十年にわたって紛争や交渉が続くことになった。

オスマン帝国時代のモスル州がどの国に属するのかを決めることは、特に難しい問題だった。トルコとイラクの両新政府が領有を主張したからだ。スウェーデンの外交官が委員長を務める国際連盟の委員会は公平な解決を求め同地域を分割したが、適切な境界線は最後まで引けなかった。

結局、委員会は同州のイラク帰属を勧告したが、その唯一の理由は、イラクが数十年間、国際連盟の委任統治下に置かれることが取り決められていたからだった。

それ以後、戦争と革命が続き、最も重要な1つの真実が浮き彫りとなった。それは、オスマン帝国には明確な境界線がなかったことだ。それゆえに、同地域においては、州や組織が同種の民族、国民、宗教的アイデンティティごとに、なめらかに新しい秩序を築くことができた。

この真実を理解することは非常に重要だ。第一次大戦後のオスマン帝国崩壊を機に築かれた中東の秩序は恣意的なものだったかもしれない。だが、その秩序を変えようという試みは、余計に無惨な事態を引き起こす恐れがあるのだ。

例えば、イラクをスンニ派とシーア派に分断すれば、1947年にインド亜大陸で発生したような悲劇が容易に起こりうる。この時は、分離後にパキスタンとインドに生じた何百万人もの難民が犠牲になった。

言うまでもなく、イラクがいかように分断されようとも、アラブ人とクルド人との血なまぐさく長い紛争が起きるだろう。そうなれば、多くのクルド人が住むイラン、トルコ、そしてシリアでも非常に複雑な事態が予想される。バグダッドの支配権を巡る争いも、同様にたいへん深刻な問題だ。

同じく、シリアにおける紛争の解決策を見つけることも困難だ。ロシアに守られた沿岸部のアラウィー派は生き残れるだろうが、ダマスカスの勢力は非常に厳しい状況にある。シリアで少数派のキリスト教徒も、こうした情勢の犠牲者だ。

人々の命と引き換えに国境線を引くな

 シリアは、世界でも最古であるキリスト教コミュニティの幾つかが生まれた土地だ。かつてに比べるとその規模は小さくなったものの、今でも歴史的な権威があることは明らかだ。彼らは、オスマン帝国というモザイク画の小さな一部であり、今はシリアという国に属している。しかし、もしシリアが消滅すれば、彼らは死滅してしまうだろう。

確かに、オスマン帝国というモザイク画はひどく損なわれ、ゆっくりと崩壊しつつある。アレッポやモスルといった古代の多文化交易都市が真の意味で再生し、開花することは二度とないかもしれない。しかし、だからといって、多くの人々の命と引き換えに、この地域に新しい境界線を引くことが許されることにはならない。

国際社会は、中東を疲弊させている混沌と紛争を終わらせ、平和と安定を維持できる地域秩序を築こうと懸命に励んでいる。ならば指導者たちは、既存の枠組みの中で努力するべきだ。肘掛け椅子に座った戦略家たちは、これらの古い土地に新しく適切な境界線を引かせるよう働きかければ現状は改善されると考えているが、それは間違った思い込みに過ぎない。(週刊東洋経済1219日号

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【World経済・政治・文化・社会展望】

米利上げ後の株価上昇は限定的なものになる,これから始まるのは「市場構造の大転換」

江守 哲 :エモリキャピタルマネジメント代表取締役 江守 哲えもり てつ

エモリキャピタルマネジメント代表取締役

 

えもり てつ エモリキャピタルマネジメント代表取締役。1990年慶應義塾大学商学部卒業後、住友商事に入社し、非鉄金属取引に従事。1996年英国住友商事(現欧州住友商事)に出向し、ロンドンに駐在。1997年、当時世界最大の非鉄金属トレーダーであるMetallgesellschaft Ltd.(ロンドン本社)に移籍、非鉄金属取引を極める。2000年、三井物産フューチャーズに移籍。「日本で最初のコモディティ・ストラテジスト」としてコモディティ市場の分析および投資戦略の立案を行う。20077月アストマックス入社、チーフファンドマネージャー就任。20154月エモリキャピタルマネジメントを設立。ヘッジファンド運用を行う現役のファンドマネージャーとして活躍中。株式・為替・債券・コモディティ市場の情報提供や講演、テレビ出演多数。2001年より執筆の「江守レポート」は3400号を数える。著作に「ロンドン金属取引所(LME)入門」(総合法令出版)、「コモディティ市場と投資戦略」(勁草書房、共著)など。http://www.emoricapital.com/

20151217日 TK

FRBは市場の予想通り0.25%の利上げを実施。利上げ後の市場動向については、中長期の視野を持つことが必要だ(写真:AP/アフロ)

年内最大のイベント、米FOMC(121516)が終了した。米FRBは市場の予想通り、事実上のゼロ金利政策を解除し、0.25%の利上げを実施した。これにより、米国はひとまず緩和策から脱却したことになる。

市場の関心は今後の利上げペースに向かっているが、政策運営は今後の経済指標次第である。これまでのイエレンFRB議長の右往左往ぶりを考慮すれば、2016年以降もFRB関係者の発言に市場は振り回されそうだ。

米国株の反発は一時的な戻し

利上げ開始は2004年以来のことになる。「年内利上げが妥当」と言い続けてきたイエレンFRB議長は、胸をなでおろしていることだろう。一時は「チャイナ・ショック」で政策の方向性が大きくぶれ、FRBの信任が大きく失墜することもあったが、この利上げでひと息つけるはずだ。 

 

一方、市場が注目していた2016年の利上げペースは市場予想通りの年4回で、FFレートの誘導目標は年末には1.375%程度にまで引き上げられる見通しである。しかし、今後も米国景気動向や、世界情勢に振り回され、FRBの政策の方向性は明確には決まらない状況が続こう。今回のFOMCでの決定内容が市場の予想通りだったことで、米国市場では買い安心感が広がり、株価は大きく戻した。これを受けて、日本株も大きく上昇する展開にある。利上げを前に調整していたが、年末に向けて強気な見方が多くなってきそうである。

しかし、過去の利上げ後の株価動向を見ると、そうならない可能性が高いことがわかる。米国株は利上げ後に最低5% 、最大で10%下げている。したがって、この日の利上げ決定を受けた反発はあくまで一時的な戻しであり、いったんはこの程度の下げを経験することになる。長引けば5月ごろまで低迷が続くだろう。

さらに、利上げ後の動きを長めに見ても、上昇率は思ったほどではないことがわかる。「利上げ後の株価は上昇」と理解されているが、米国株は利上げ後の1年間にほとんど上昇していない。翌年もせいぜい15%の上昇で、4年間でも4割程度の上昇にとどまっている。

一方、同期間の金価格の上昇率は5割を超えており、原油については2倍以上になっている。このようにみると、今後4年間を考えれば、米国株よりコモディティのほうが、パフォーマンスが高くなる傾向がある。また米利上げ後、金や原油は利上げ時の水準からほとんど下落していない。これらの動きは、筆者が本欄で何度か解説した「株価/コモディティレシオ」でも確認できる。

このレシオは4年ごとに高安を繰り返す傾向があり、直近では20119月に株価のボトム/コモディティのピークをつけ、その4年後に相当する今年は「株高・コモディティ安」になっている。つまり、今回の利上げを契機に、このレシオが低下に向かう、つまり、株価上昇は限定的となる一方で、コモディティが反発に転じ、この動きは今後4年間続くことになる。

日本株を左右するドル円相場の変動

興味深いアノマリーを紹介しよう。金価格は末尾が6から9が付く年のパフォーマンスがよいのである。過去のこれらの年の4年間の金価格の平均パフォーマンスは7割上昇で、最大で3.5倍になっている。ちなみにダウ平均は平均で5割弱、最大でも2.2倍。この事実も考慮すれば、2016年から始まる今後4年間は、株式の保有に加え、金への投資でより高いパフォーマンスを目指すことが賢明な投資戦略ということになる。いずれにしても、今回の米利上げが「市場構造の大転換」を促す結果になることは確かだ。

米国株については、別の観点からも要注意である。それはダウ運輸株指数の弱さである。この指数は一般的にはダウ平均株価などの先行指標としてとらえられている。13年以降のダウ運輸株指数とダウ平均株価を比較すると、現在は過去にないほど値動きが乖離している。

ダウ平均株価がこの動きに追随するのであれば、16000ドルまで調整するとの試算になる。この水準は、ダウ平均株価の100日移動平均線や25日線の10%下方乖離の水準であり、テクニカル的にも説明しやすい水準である。「利上げで株は上昇」と楽観的になっていると、このような重大な事実を見逃すことになる。

日本株については、為替相場がポイントになる。米利上げ後のドル円相場はドル安・円高に転換し、早ければ3月、遅くとも5月ごろにドルは底値をつけるだろう。過去の利上げ局面を前提とすれば、ドル円相場の想定は最低でも112円、メインシナリオで108円、最大で102円となる。これを受けて、日本株はいったん下押すだろう。その後は反転し、2016年末に向けてドルは上昇し、日本株も回復するだろう。当面は18500円から18000円程度までの調整を視野に入れながら、上値を買わないことが肝要だ。

米国でジャンク債バブル崩壊が始まった、「第2のリーマン」は大手商品取引会社か2015.12.18(金) profile 藤 和彦  JBPress

 

 

  原油価格の長期低迷がジャンク債市場に危機をもたらしつつある(写真はイメージ)

124日のOPEC総会以降、原油・天然ガス価格の下落が止まらない。

1214日のニューヨーク商業取引所では、イランが原油輸出を増加させる方針を改めて表明したことで610カ月ぶりにWTI原油価格が1バレル=35ドルを割り込み、天然ガス価格も約14年ぶりの安値となった(100BTU1.9ドル)。北海ブレント原油価格も一時約11年ぶりの安値に近づいた(同36.4ドル)。

OPEC1210日に公表した月報によれば、加盟国の11月の原油生産量は約3170万バレルとなり、20124月以降で最大となった。米国の原油生産もバーミアン地区(テキサス州とニューメキシコ州にまたがる地域)でのシェールオイルの生産が堅調なため、日量900万バレル台と歴史的な高水準が続いている(1211日付日本経済新聞)

 国際エネルギー機関(IAEA)も1211日に「世界の石油市場は少なくとも2016年末までに供給過剰の状態が続く」との見方を明らかにした。

1214日付ブルームバーグによると、ヘッジファンドなど投機家による原油価格下落を見込む売りポジションが過去最高に達しているという。201411月のOPEC総会後に原油価格が1バレル=20ドルも急落したことを思い起こせば、1バレル=20ドル台という水準は想定内になったといってよいだろう(「10ドル割れもあり得る」との見方も出始めている)。

米国で急速に広がるジャンク債への懸念

 原油価格が長期にわたり低迷するとの認識が広がったことで、世界の金融市場は「リスクオフ」(リスクの少ない資産に資金が向かいやすい相場状況)に追い込まれてしまった。

そのあおりを最も受けているのはシェール企業が資金調達のために大量に発行しているジャンク債市場である。

 米国でジャンク債(高リスク、高利回りの投機的要素が強い株)への懸念が急速に広がっている。きっかけは、129日、米ウオール街で著名な投資会社サード・アベニュー・マネジメントが、ジャンク債に投資するファンドからの資金(約7.9億ドル)引き出しを凍結するという異例の対応を発表したことだ。11日に、米ヘッジファンドがジャンク債投資の失敗から償還停止を発表したことも、市場の不安をさらに拡大させた。

 市況の著しい悪化により、ジャンク債ファンドの「大虐殺」が続くと市場関係者は予想している(1214日付ブルームバーグ)。

 米投資会社の解約停止は、日本の市場関係者にも、世界金融危機に至る発端となった2007年の「パリバ・ショック」を思い出させた(1214日付日本経済新聞)。パリバ・ショックとは、リーマン・ショックの約1年前の20078月に、BNPパリバ傘下のファンドがサブプライム問題の深刻化を背景に投資家からの解約凍結を突然発表したことを指す。これにより世界の金融市場が事の重大性に気づき、その後のリーマン・ショックにつながり、金融危機を招く結果となった。

 米議会は二度とこうした悲劇を繰り返さないように、20107月に金融制度改革(ドッド・フランク)法を制定して金融機関の投機的行動を抑制するとともに、米FRBも厳しいストレステストを導入して金融機関の経営健全化に努めている。

 しかし「シャドーバンキング」と呼ばれる金融セクターへの規制導入は大きく立ち遅れており、専門家の間でも「リーマン・ショックの再現はないとは言い切れない」との見解が支配的である。

 中国のシャドーバンキング問題が注目を集めているが、201311月に金融安定理事会(FSB)が公表した調査結果によれば、世界のシャドーバンキングの規模は約71兆ドルであり、国別で見れば米国の26兆ドルが最大で、ユーロ圏が22兆ドルと続いている。セクター別の内訳は投資ファンドが21兆ドルと全体の35%を占めており、このことから今後の金融危機の火種は欧米の投資ファンドの中に存在する可能性が高いことが分かる。

ジャンク債市場の見通しはますます暗い

1214日の欧州信用市場は、前述のサード・アベニュー・ショックで米国以上の衝撃が走った感が強い。

 運用先に困る欧州勢がサブプライムローン関連商品を米国勢以上に保有していたように、ジャンク債関連商品を大量購入しているのではないだろうか。

 リーマン・ショック後のシェール革命などの追い風を受けてエネルギー関連企業が2010年以降に発行した社債の総額は約2兆ドルであり、その多くは小規模のシェールオイル・ガス企業が発行したジャンク債である。しかしジャンク債の現在のデフォルト率はリーマン・ショック直後の水準にまで上昇しており、総額2360億ドルとされるジャンク債ファンドは過去7年で最悪のパフォーマンスになりそうである。

 原油価格の低迷が長期化し、多くのシェール企業にとっての命綱であるヘッジ(将来販売する原油価格を高値で先物予約する)がますます困難になっているため、ジャンク債市場の見通しはますます暗いと言わざるを得ない。

 ジャンク債市場では天然ガス価格下落による電気料金の引き下げが電力会社の経営破綻が増加させるとの連想から電力会社が発行するジャンク債にまで懸念が広がっている(1211日付ウオールストリートジャーナル)。また、シェール企業に対するレバレッジド・ローン(ハイリスク・ハイリターンのローン)を束ねたローン担保証券(CLO)にも悪影響が及び始めている(1215日付ブルームバーグ)。

 ジャンク債ショックを契機に市場関係者の間で疑心暗鬼が広まれば、懸念材料である金融商品に関するリスクヘッジに今後関心が高まるのは理の当然である。

大手商品取引会社が次の金融危機の台風の目に

 リーマン・ショックの直接の引き金となったのは「クレジット・デフォルト・スワップ」(CDS)だが、CDSを含むデリバテイブの市場規模はリーマン・ショック直後に縮小したもの、その後急回復している(想定元本は600兆ドル超)。

 業績が悪化し、CDSが急上昇した大手商品取引会社グレンコア(本拠地はスイス)について以前紹介したが、その後、同社は「来年中に100億ドルの債務削減を行う」という野心的な目標を掲げ株価の回復に努力していた。だがジャンク債ショックが吹き荒れる1214日の欧州株式市場でグレンコア株は売り浴びせに遭い、2009年以来の安値に沈んでしまった。

 米国の金融規制強化により業務を思うように拡大できない金融機関を尻目に、業績を急拡大してきたのは大手商品取引会社である。だが筆者は彼らが次の金融危機の「台風」の目になるのではないかと心配している。

 そのような心配をよそに、グレンコアと並ぶ大手商品取引会社であるトラフィギュラ(本拠地はオランダ)が1214日に年次報告を公表した。同社の原油と石油製品の取引部門の粗利益が17億ドルとなり、創業以来22年で最高に達したという(1215日付ブルームバーグ)。しかし彼らのドル箱であった「価格の上昇を見込んでタンカーで原油を貯蔵する」という方法は今や利益を生まなくなっている(1211日付ブルームバーグ)。

 現在の原油市場もリーマン・ショック後と同様の「コンタンゴ」(期先の価格が高く期近になるほど価格が安くなる状態)の状況にあるが、原油価格の回復ペースが遅いと見込まれているため、買い手がなかなか見つからず、タンカー貯蔵が利益を生まず用船代などコストばかりが積み上がっているからだ。

 同社が11月末に原油価格下落の影響で旗艦ファンドの閉鎖を余儀なくされている(121日付ブルームバーグ)点も気になるところだ(前述の年次報告によれば、2008年に500億ドル強の規模を誇っていた商品ファンドの資金は100億ドル弱まで縮小したという)。ベア・スターンズもJPモルガンに買収される半年前の20077月に傘下のファンドを閉鎖しているからだ。

 中東湾岸諸国のSWFが原油価格下落により今年の第3四半期に190億ドルの資金を引きあげる(127日付フィナンシャル・タイムズ)という悪条件も手伝ってか、多くの商品取引会社は資金確保のために株式売却を進めている。しかし、買い手が見つからない状態に陥っているという(124日付ブルームバーグ)。

原油価格の想定外の下落は、2001年に破綻した米エンロンが先物取引で大やけどしたように大手商品取引会社の簿外債務も急拡大させている可能性が高い。1990年代後半の原油価格下落をきっかけに経営破綻した米エンロンは、経営破綻するまで最高益を誇っていた。大手商品取引会社の最高益の決算が粉飾決算でないことを祈るばかりである。

ジャンク債バブル崩壊は何をもたらすのか

1980年から始まった世界全体を巻き込む資産バブルのことを著名な投資家のジョージ・ソロス氏は「スーパーバブル」と名付けている。このスーパーバブルはリーマン・ショックにより一時的に縮小したが、その後の7年間でリーマン・ショック以前を凌ぐ勢いにまで膨張したと言われている。

原油安に流れを一変させた20087月のECBの利上げが金融危機のトリガーの1つになった(2カ月後に破綻したリーマン・ブラザーズは原油高に望みをかけていた)ように、16日のFRBの利上げ決定が次の金融危機を誘発すると懸念する専門家も出始めている。

 次の金融危機が起きたとしても、その火種はリーマン・ショックほど大きいものではないかもしれない。しかしジャンク債バブル崩壊に端を発して生じる金融危機は、リーマン・ショックとは異なり、今後長期にわたるデフレを世界経済にもたらすのではないだろうか。

19世紀の欧州は1873年から1896年までの長いデフレを経験した。『資本の世界史』(太田出版)の著者であるウルリケ・ヘルマン氏は、「その間に軍国主義や純血主義による反ユダヤ主義、植民地を巡るグローバルな競争が先鋭化し、その後の二度の世界戦争やホロコーストにつながった」と指摘する。

 世界経済全体にデフレの暗雲が立ちこめる中、この問題が世界的な地政学的リスク上昇に転化することをなんとしても避けなければならない。だが、現下の世界情勢を見ていると心細い限りと言わざるを得ない。

原油急落があまり世界経済に寄与しないワケ、2016年は産油国にとっては「悪い年」にケネス・ロゴフ :ハーバード大学教授 ケネス・ロゴフ

ハーバード大学教授

 

1953年生まれ。80年マサチューセッツ工科大学で経済学博士号を取得。99年よりハーバード大学経済学部教授。国際金融分野の権威。200103年までIMFの経済担当顧問兼調査局長を務めた。チェスの天才としても名を馳せる。

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リビア沖の油田 (写真: ロイター/Darrin Zammit Lupi

2015年の経済の驚くべき出来事の1つは、世界的な原油安が経済成長を後押ししなかったことだ。20146月にバレル当たり115ドルだった原油価格は201511月末には同45ドルまで暴落したが、ほとんどのマクロ経済モデルが、世界経済への押し上げ効果が想定よりも小さかったことを示唆している。おそらくGDPベースで0.5%だ。

良いニュースは、この控えめだが歓迎すべき経済成長への貢献が2016年に止まることはなさそうな点だ。悪いニュースは、原油の値下がりが主要な輸出国にさらなる負担をかけることだ。

このところの原油価格下落は、198586年に起きた供給側主導型の値下がりと肩を並べる。その時はサウジアラビアを筆頭とする石油輸出国機構(OPEC)加盟国が、シェア奪還のために減産をやめる決断をした。

さらに今回の原油安は200809年の需要側主導型の値下がりにも匹敵する。この時は、その後に世界金融危機が起きた。需要側の事情で原油価格が下がる場合、大きなプラスの影響は期待できない。供給側に起因する場合は、その逆だ。

今回の原油安は需給双方に起因

201415年の原油価格ショックは2つの前例のように分かりやすくはないが、需要と供給の双方の側にほぼ互角の要因があるように見える。まずは中国経済の減速が世界の商品価格に打撃を与えた。たとえば201511月末の金価格は1オンス=1050ドルと、ピーク時の20119月の同1890ドルから急落。銅価格も2011年から同程度下がっている。

新たな供給源も、少なくとも同じ程度に重要だ。シェール革命に伴い、米国の産油量は2008年の日量500万バレルから2015年には同930万バレルまで増えた。値下がりにもかかわらず、供給の勢いは持続している。制裁解除後にイランの産油量が増えるとの見通しも、相場に響いている。

原油安はある意味、産油国が負けて消費国が勝つゼロサムゲームだ。一般的に考えると、原油価格が下がれば消費者が思いがけない棚ぼたを生かそうとするため世界的な需要が刺激される一方、産出国は減産を通じて産油量を調節する。

しかし2015年は、このような行動の違いが見られなかった。理由の1つは、新興のエネルギー輸入国が1980年代よりも世界経済における存在感を増しており、こうした国々の原油市場へのアプローチが先進国よりも干渉的なためだ。

インドや中国のような国は消費者のために低価格を維持する目的で、政府補助を活用する。原油価格が上がればこうした補助金の額は莫大になる。逆に原油価格が下がると、新興市場国の各政府はその機会を利用して補助金を減らす。

同時に、歳入の急減に直面している産油国の多くは、歳出削減を迫られている。原油も資金も潤沢なサウジアラビアでさえ負担に悩まされている。同国は人口が急増し、中東紛争に関連した軍事支出も増えている。

2020年には60ドルまで回復

原油相場はかつて考えられていたほどには、景気循環を動かす独立した存在ではないと思われている。ただ、経済成長の鈍化を背景に、世界の石油産出・探査への投資は2015年に1500億ドル減った。この状況が徐々に原油価格に織り込まれて、市場価格は2020年までにバレル当たり60ドルまで回復するだろう。

2016年に向けての朗報は、ほとんどのマクロ経済モデルが今後数年間、原油の低価格が経済成長に寄与する方向にあると示唆している点だ。新興市場の原油輸入国では、安い石油価格が成長を支援する。

一方、産油国のリスクは増大し続けている。国内統治の厳しいベネズエラなど数カ国は経済が崩壊。コロンビアやメキシコ、ロシアなど為替を変動相場制にしている国々は、かなり厳しい財政上の制約に直面しながらも、これまでのところ何とか対応してきた。ただ、原油安が続けば、特にロシアの状況は厳しいままだろう。

対照的に、固定為替相場制の国の体制はより厳しく試されている。長年にわたり通貨をドルに連動させてきたサウジも、かつては無敵のように思えたが、ここ数週間は非常に追い詰められている。

要するに、2015年の年初に考えられていたほど、原油価格は2015年の世界経済成長にとって重大ではなかった。そして主要な産油国の多くが危機を回避してきた。しかし来年は、特に産油国にとっては悪い意味で、違った年になるだろう。

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2.Trend

Uber、爆発的成長の中国で始まった「交通革命」、「シェアリングエコノミー」、成長の最前線 井上 理 20151221日(月) NBO

井上理 日経ビジネス記者1999年慶応義塾大学総合政策学部卒業、日経BPに入社。以来、ネット革命などIT業界やゲーム業界の動向を中心に取材。日本経済新聞への出向を経て20144月より日経ビジネスの電機・ITグループ

 

 「シェアリングエコノミー」と呼ばれる新たな経済活動が、世界規模で猛威を振るい、タクシーやホテルなどの既存産業に衝撃を与えている。日経ビジネス1221日号の特集「世界の常識 日本を急襲 シェアリングエコノミー」では、その新潮流の最前線と、“後進国ニッポン”のギャップを描いた。

 シェアリングエコノミーは、個人の遊休資産や時間を他人のために活用し利益を得るという従来にないビジネスモデル。市場規模は2025年までに3350億ドル(約41兆円)に膨らむという試算もあり、個人と客をつなぐプラットフォームの肥大化が止まらない。

 その最右翼が、自家用車の相乗りサービス「ライドシェア」を手掛ける「Uber(ウーバー)」。世界360都市以上で展開し、乗客を運ぶ回数は月間1億回以上となった。運営する米ウーバーテクノロジーズの時価総額は上場前にもかかわらず約8兆円に迫り、勢いは衰える気配を見せない。

 そのウーバーの爆発的な成長を支えているのが、中国市場。中国はシェアリングエコノミーの先進国で、ウーバーも既に中国21都市で展開。世界のウーバーの乗降数に占める中国の割合は、3割を超えるまでに成長した。連載初回では、ウーバーが今年9月、世界に先駆けて中国・成都で開始した次なる成長の源泉を追う。

 中国の上海から東京とは逆方向に飛行機で飛ぶこと3時間半。東京と同じくらい離れた成都空港に降り立ち、タクシー乗り場にいくと、おびただしい数の車が次々と客を乗せていた。上海の空港に引けをとらない規模だ。

 人口は1400万人まで膨れ、都市部だけで800万人以上が暮らすと言われる成都市。経済と法で「省」と同じ自主権が与えられており、フォーブス誌の「今後10年で世界で最も成長する都市ランキング」で1位に選ばれただけあって、目覚ましい経済発展を見せつけている。

 中心部に入るとその豊かさが鮮明に目に飛び込んでくる。巨大なショッピングモールにオフィスビル。銀座かニューヨークかと見紛うほどの高級ブランドの路面店が並び、次々と人が吸い込まれていく。

 夕方になると決まって中心部は渋滞で動かなくなり、空港にあんなにいたタクシーも捕まらない。成都市内のタクシー台数は約12000台とされるが、ラッシュアワーの中心部で拾うのは至難の業だ。

 その穴を、自家用車の乗合いサービス「ライドシェア」を手掛ける世界最大手、「Uber(ウーバー)」が埋めていた。

古びたタクシーを横目に毎月、数十人の客を自家用車で運んでいる中国・成都のウーバードライバー(写真=町川 秀人、以下同)

世界最大のライドシェア市場で激突

 成都で登録しているドライバーの数は、既に77万人もいるというから驚きだ。恐ろしい規模だが、ウーバー成都のゼネラル・マネジャーを務める方寅氏は、「成都は中国の中でもウーバーが最も成長している都市。日々増え続けているので、数字にあまり意味はない」と言い放つ。

 この成都で今、「交通革命」と呼ぶにふさわしい画期的な取り組みが進んでいることは、あまり知られていない。

 今、一般のドライバーと客をマッチングするライドシェアのプラットフォームが世界中の投資マネーを引き寄せながら急成長している。

Uber(ウーバー)の使い方

 客側は、スマホのアプリをダウンロードし、クレジットカードを登録すればすぐに利用できる。車を呼びたい場所をアプリ内の地図上で示すと、リクエストがかかり、数分以内に車が到着する。料金は、地域やメニューによるが、タクシーに比べて38割安い。クレジットカードで自動決済され、領収書や走行履歴をいつでも確認できる。

 一方、ドライバー側は、自家用車とスマホを持ち、身元チェックをクリアすれば、原則、誰でもドライバーになれる。一旦、登録されると、好きな時間に「営業」できる。近場で配車要請した客と自動的にマッチングされ、ドライバー向けアプリに通知され、15秒以内に受ければ、配車が確定。迎えに行く場所や行き先もアプリに示される。

 深刻な渋滞と大気汚染に悩まされる中国は、その最大の市場。地場企業大手とウーバーが激しい競争を繰り広げており、「札束での殴り合い」といった様相を呈してきた。

 もともと中国では、タクシー配車アプリを手掛けるベンチャー2社が、アリババとテンセントという中国の大手ネット企業から巨大な資本を得ながら急成長していた。タクシー配車のみならず、ライドシェアも手掛けるようになり、一般ドライバーと客を取り込もうと多額の費用をかけて火花を散らしていた。

 その大手2社が今年2月、消耗戦を避け、ウーバーの進出に対抗しようと合併を決める。滴滴快的という巨大企業の誕生だ。現地メディアの報道によると、これまでの資金調達額は40億ドル(約5000億円)、企業価値は160億ドル(約2兆円)にも達するという。

 しかし、世界規模のウーバーは、それを凌駕する資金力を誇る。

世界に先駆け始まった「uberCOMMUTE

 米紙報道によると、これまでの調達額は100億ドル(約1.2兆円)、企業価値は推定646億ドル(約7.9兆円)に達する。この豊富な資金力をもって、2015年、中国市場への攻勢を強めた。

 「我々が中国に参入した時に数%だった市場シェアはたった9カ月で3035%に増えた。我々は中国市場だけに12億ドル(約1500億円)を投じ、来年までに100都市で展開する。中国は、間違いなく米国を超える世界最大のライドシェア市場となるだろう」。米ウーバー創業者のトラビス・カラニックCEO(最高経営責任者)は今年9月、中国・北京で開かれたイベントに登場し、こうぶち上げた。

 既に中国21都市でサービスを展開。中国での1日の乗降数は100万回を超え、最大のライバルである滴滴快的に迫ろうとしている。

 このウーバーが9月、世界に先駆け中国の成都で画期的な新サービスを始めた。その名は、「uberCOMMUTE(ウーバーコミュート)」。ウーバーが新サービスを米国外で始めるのは、これが初めてである。

 「通常、ウーバードライバーは顧客が行きたいところに行く。しかしコミュートでは、ドライバーが行きたい方面にしか行かない。それが最大の違いだ。成都から始めたのは、ウーバーの利用が最も活発な都市の一つであり、成都市の政府もオープンで前向きにサポートしてくれるから」

 コミュートを立ち上げたウーバー成都の方氏は、その概念をこう説明する。少々、補足が必要だろう。

uberCOMMUTE」の概念図。ドライバーは少々、遠回りにはなるが、お小遣いを得ることができる

 簡単に言えば、ドライバーが向かいたい方面と同じ方面に移動したい他人を乗せる、というドライバー向けの新メニュー。一般の営業状態の場合、行き先は客側が指定するためどこに向かうか分からない。だが、コミュート状態にして、ドライバーが自分の行きたい場所、例えば職場や自宅に設定しておけば、その方面へ行きたい客としかマッチングされない、という仕組みだ。

 かつ、2組以上が相乗りしてくる安いメニュー、中国では「Peoples Uber+」と呼ばれるプラン(タクシーの68割安)を選択し、行き先を指定した客のみとマッチングされる。

 一方、客側からすると、通常の営業状態のドライバーが迎えに来るのか、コミュート状態のドライバーが迎えに来るのかは分からない。客が支払う料金も、ドライバーに入る収入(料金の約8割)も、通常営業と変わらない。客は、行きたい場所へ行くことができれば、どちらが来ようが関係ないからだ。

自動運転につながる交通の最適化

 ドライバーにとっては、コミュート状態の方が、通常の営業状態よりも当然、時間当たりの実入りは減ることになる。行き先を限定したバスのようなものだからだ。

 それでも、ドライバーは自分の時間を無駄に使うことなく、お小遣いを手に入れることができるという点で、メリットがある。例えば、朝夕の通勤時のみならず、客先への営業周りの途中に客を乗せるという、これまでにない稼ぎ方が可能になった。

 実際に、成都ではそうしたコミュートの使い方をするドライバーが登場している(詳しくは、1221日号の特集をご覧いただきたい)。

 同じ時間帯、同じルートを目指すドライバーと客をコンピューターが自動的に引き合わせ、同乗させるという画期的な試みは、成都を発端として、2016年は世界へと広がっていくだろう。既にウーバーは、10月に上海、12月には北京や米シカゴでもコミュートを導入した。

ウーバー成都のゼネラルマネジャーを務める方寅氏。マレーシア、タイ、インドネシア、そして重慶や南京など中国4都市のウーバー現地法人を立ち上げてきた辣腕で、中国市場開拓のカギを握る

 ウーバー成都の方氏は言う。「人は車を持っていれば、必ずどこかに行く。そのどこかにその時間、行きたいと思っている人も必ずいる。我々は、世界中で運転する全ての人がコミュートドライバーになることを夢見ている。それが、都市や環境のために達成したい我々のビジョンであり、ゴールでもある」。

 今は、タクシー産業を潰す黒船として見られているウーバー。しかし、ウーバーが考えていることはタクシーとは次元が違う。テクノロジーによって「自動車交通システム」全体の劇的な最適化を図る──。これこそがウーバーの真の狙いであり、今はその交通革命への通過点にすぎない。

 そして、恐らくコミュートでやろうとしていることは、ウーバーが水面下で研究開発を進めている「自動運転」につながっていくだろう。

 ウーバーは20152月に米カーネギーメロン大学(CMU)とパートナーシップを結び、自動運転車の研究施設を立ち上げている。CMUの研究者、数十人を引き抜いたという話もあり、「ドライバーのいないウーバー」の実現に向けて本腰を入れていることは明らかだ。

 ここからは完全に妄想だが、ウーバーの開発している自動運転技術を一般の自家用車に組み込めば、自家用車のオーナーは、家や職場にいながら、何もせずとも稼げるようになるかもしれない。

蚊帳の外に置かれている日本

 そこまで行かずとも、ウーバーが築いた流れは、もはや止めようもないほど世界に浸透している。ウーバーの競合による世界的な連携も生まれつつあり、諸外国では1つの産業として確立している。

 124日、中国の滴滴快的、米国でウーバーに対抗しているライドシェア大手「Lyft(リフト)」、そして、シンガポールの配車アプリ大手「GrabTaxi(グラブタクシー)」と、インド最大の配車アプリ「Ola(オラ)」の4社が共同で声明を出した。グラブタクシーとオラは、ライドシェアも手掛けている。

 4社は2016年、それぞれのアプリ利用者が、中国、米国、シンガポール、インドでも提携先のサービスを利用可能にすると発表。決済も、それぞれ自国のアプリ内、自国の通貨で可能にするという。携帯電話の「海外ローミング」のような発想だ。

 今のところ、ライドシェアを法律で禁止している日本は、こうした世界的なダイナミズムの蚊帳の外に置かれている(グラブタクシーとオラに出資しているソフトバンクグループは別として)。ライドシェア解禁の動きもあるが、議論は始まったばかり。東京でウーバーが自家用車によるサービスを開始できる目処は立っていない。

(日経ビジネス1221日号の特集では、さらに詳細にシェアリングエコノミーに関する国内外の「今」をお読みいただけます)

人知れずSNS化に突き進む名刺アプリ「Eight」、目指すは「ビジネス界のLINE井上 理20151216日(水)NBO

井上理日経ビジネス記者1999年慶応義塾大学総合政策学部卒業、日経BPに入社。以来、ネット革命などIT業界やゲーム業界の動向を中心に取材。日本経済新聞への出向を経て20144月より日経ビジネスの電機・ITグループ

 

 もしかしたら、来年の今頃にはビジネスマンの必須「SNS(交流サイト)」として、名刺管理アプリがもてはやされているかもしれない。

 使っている人は分かると思うが、127日、記者も愛用している名刺管理アプリ「Eight(エイト)」がひっそりと、しかし、劇的にその顔を変えた。もはや、名刺管理アプリというよりは、ビジネス向けSNS。そう、まるで欧米で流行っている「Linkedin(リンクトイン)」のように変貌したのだ。

名刺管理アプリ「Eight」の画面。フェイスブックのように、名刺交換でつながった人のフィードが流れてくる(左画面)。蓄積した名刺はいつでも閲覧できる(右画面)

 ちなみに、本稿を執筆している1215日時点で、運営会社からプレスリリースなどは出ていない。そして、正確に言うと、Eightの変貌は今年春から始まっていた。

 Eightを知らない人のために、簡単に説明しておく。Eightは、日々、蓄積される膨大な名刺をクラウド上で管理し、いつでもスマートフォンやパソコンから参照できるアプリ。画像として閲覧できるほか、ワンタップで電話をかけたり、メールを送信したりできる。

 名刺の追加はアプリのカメラ機能で撮影するだけ。この写真をもとに、オペレーターが正確にデータ化し、登録してくれる。早くて30分、遅くとも数時間後には反映されるから有り難い。さらに、名刺交換した相手もEightを使っていると、便利さはぐんと増す。

3年で100万ユーザー、名刺処理数は年間1億件

 名刺交換した相手がEightで自分の名刺を登録した場合は、自動的につながり、自分の名刺一覧に相手の名刺が加わる。また、つながった相手が昇進や異動などで名刺情報を更新した場合、自動的にこちらのデータも更新される。古い名刺がいつの間にか新しくなっている、というのは、記者という職業柄、とても便利に感じる。

 にもかかわらず、利用料は無料。実は運営会社のSansan(東京都渋谷区)は法人向け名刺管理サービス国内大手で、日本郵便や三井物産、経済産業省といった大手企業・官公庁含め、国内3000社以上の顧客企業を有する。対してEightは、寺田親弘社長いわく「とりあえず普及させて、ビジネスモデルは後から考える」というスタンスという。

 サービス開始は20122月。スマホがビジネスパーソンへ広がるとともに、Eightもユーザー数を伸ばし、2015年始めには100万人を突破。Eight全体が処理する名刺の規模は、年間1億件となった。同社の試算では、日本国内で年間に行われる名刺交換の回数は10億回という。つまり、Eightはその1割に関与するまで成長したのだ。

 するとEightは今春から突如、動きを活性化させ、「つながり」をもとにしたサービスへと舵を切った。SNS化の始まりである。

 まず20154月に実装されたのが「オンライン名刺交換」機能だ。これにより、Eight内でユーザーを検索し、名刺交換のリクエストを送ることが可能となった。つまり、現実世界で面識のない人であっても、相手が応えてくれれば、つながることができるようになった。

 続いて7月と8月、「ニュースフィード」機能が段階的に追加された。これは、自分がつながっている人、すなわちフェイスブックで言う「友だち」の更新情報が、フェイスブックで言う「ウォール」のように時系列で積み重なるようになった。

 更新情報とは、名刺の更新に加え、写真や記事の投稿も含まれ、その更新情報に対してコメントや「いいね!」を付けることも可能に。こうなると、いよいよSNSらしくなってきたのだが、極めつけが今回の機能追加である。

 127日のアプリ更新で追加となったのは、「プロフィール」機能。自分の名刺情報に加えて、職歴や生年月日、「キャリアサマリ」と呼ばれる自由記述欄、フェイスブックへのリンクなどを公開できる。このプロフィールページのURLは固定でパソコンからもアクセス可能なため、メール署名などに入れて「オンライン名刺」としても活用できる。

新しいバージョンでは、初回の起動時のみ、プロフィール機能の紹介画面が現れる

履歴書ベースに名刺ベースで対抗

 この新機能から想起されるのは、フェイスブックというよりはリンクトイン。リンクトインは、ビジネス利用に特化したSNSの世界最大手で、ホワイトカラーを中心に世界で4億人近い登録ユーザーがいる。

 リンクトインのベースは、「履歴書」。職歴やスキルなど、対外的にアピールしたい仕事面の情報を列挙することから始める。欧米、インド、中国、ブラジルなど世界各国でビジネスパーソンが自己をアピールするインフラとして機能しており、リクルーティング活動も活発に行われている。翻って日本人の登録者は2013年末時点の100万人程度から大きく伸びてはおらず、まだ日本には浸透できていない。

 そこへ、今年を通じたEightの動きと、今回のプロフィール機能の追加。日本では伸び悩む履歴書ベースのリンクトインに、名刺ベースのEightが打って出た――。そんな印象を受けた。

 名刺管理アプリは、どこへ向かうのか。Sansanの寺田社長はこう話す。「志向しているのは、まさにビジネスSNS。狙っているのは、リンクトインの代替であり、ビジネス世界の『LINE』でもある」。

 そして、次なる展開を明かしてくれた。変化は、まだまだ続くという。

Sansanの寺田親弘社長。慶應義塾大学卒業後、三井物産に入社。後にSansanを起業した

 今後は、名刺を入口としたビジネスインフラの地位を確固たるものとするようだ。具体的には、プロフィールページにスキルなどの項目をさらに追加するほか、スキルで検索できるようにすることで、ビジネスパートナーを探したり、逆に受注できたりするような世界を目指すという。

 また、互いのスマホ端末を重ねるだけで、名刺情報を含むプロフィールを交換できるような、「デジタル名刺交換」機能も開発中。「Bluetooth Low EnergyBLE)」を利用したもので、携帯電話会社問わず、紙の名刺以上の情報を瞬時に交換できるようにするという。

 こうした名刺起点のつながりは、リンクトインのような履歴書起点のつながりより、日本に馴染む可能性が高い。そう、記者はEightにじわじわと可能性を感じている。

 ビジネスパーソンのインフラは日本人にとっても必要なものだろう。しかし、リンクトインもフェイスブックもLINEも、どれも日本のビジネスパーソンには合わず、根付いていない、という現状がある。それは、アプローチが日本では間違っているからではないだろうか。

日本人に合ったEightの可能性

 まず、日本人は、リンクトインに立派な履歴書を書いて、「どや、優秀だろ!」と公開アピールすることに慣れていない。それよりは、まずは名刺を公開。そこに、徐々に情報を付け足していく方が、アプローチとしては日本人に合っている気がする。

 加えて、当初は「ビジネスはフェイスブック、プライベートはLINE」という使い分けがされていたが、フェイスブックも普及するにつれ、プライベートの付き合いの比率が高くなっていった。そもそも本国では、プライベート目的で作られたものであり、本来の姿に収束したと言える。

 そうなると、フェイスブックもビジネス上の付き合いの「入り口」からはどんどん遠ざかる。だからこそ、一部ではビジネス上のコミュニケーションに特化した「Slack(スラック)」などのコラボレーションツールが受け入れられているのだと思う。

 ただ、高度な機能を持つスラックがあまねく広くビジネスパーソンに普及するとは思えない。つまりビジネス特化の「決定版」が不在の中、名刺という日本人にとって壁の低いツールをベースとしたEightには、大きなチャンスがあるのではないか、と思うのだ。

 「リンクトインは履歴書のネットワーク。Eightは名刺のネットワーク。どっちのシナリオがいいか。少なくともアジアでは名刺の方が馴染みがいい。フェイスブックは、職能的なプロフィールが中途半端で分からない。日本において、開拓の余地は十分にあると思っています」

 そう、寺田社長も言う。と言いながら、地味にEightの大改造を行っている点も、記者が可能性を感じる要因の1つである。

 一風変わっているな、と思うのが、今年はかなり大きな展開を見せているのに、運営会社は地味にひっそりと機能追加を続けていること。イベントや発表会で大きくぶちあげることはなく、メディア露出も少ない。ゲームアプリのように、テレビCMやネット広告を大量投下し、一時的にダウンロードを増大させるようなこともしていない。使っている人でなければ分からない変化なのだ。

 加えて、Eightの打ち出し方は、あくまで名刺管理アプリ。SNS化に大きく舵を切ってはいるものの、ビジネスSNS、とは銘打っていない。淡々とソーシャル機能を追加し、様子を見ているような印象なのだ。

 しかし、それには理由がある。寺田社長はEightSNS化について、「あくまで、プロダクトファーストでいきたい。ユーザーが自然と『こうも使えるのか』と体験していくべきことで、こちらから『こう使ってください』と押し付けるようなことではない」と話す。

 補足する意味で、もう少し、裏話をしよう。

地味にSNS化を展開する理由

 ごく個人的な名刺管理アプリが、いつの間にかSNSになっていくことについて、「知らない人からの名刺交換リクエストが気持ち悪い」「べつにつながらなくてもいい」などと拒絶反応を示す人がいるのも事実。

 Eightでは、知らない人からのリクエストを拒否する設定ができ、通報もできる。運営は、無差別にリクエストを送りつけたり、あるいはEightで収集した情報を外部で利用したりする悪質なユーザーを排除もしている。それでも、名刺管理アプリのままでいてほしいと願う人もいるのだ。

 そうした中、派手にSNS化をぶちあげるのは確かに、得策ではないだろう。かといって、ビジネスSNSのニーズがないわけではない。だからSNSの機能は実装しつつも、ユーザーが自然に便利さを実感してくれるのを待つ、というアプローチをとっているのだ。

 Sansanはここまで書かれたくはないだろうが(実際に書いてほしくはないと言われた)、実に日本人の特性や日本の文化に沿ったアプローチだと思う。

 仕事上の人間関係がつながる最初の「リアルのステップ」が名刺交換であることは、しばらく変わらないだろう。それを利用し、ビジネスパーソンがオンラインでつながる最初のステップを狙うのがEightというわけだ。果たして、Eightはフェイスブックでは満たせないビジネス上のニーズを取り込めるか。今後もEightを使いながら見守りたい。

 悩みは、また新たにチェックしなくてはならないアプリと通知が増えることだが、これは褒め言葉である。

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3.Innovation/Motivation

【コミュニケーション】

【リーダーシップ・フォローシップ】

ガバナンスと不祥事は関係ない、宮内義彦氏が東芝不正会計問題を斬る谷口 徹也20151217日(木)NBO

谷口 徹也日経BP社ビジネス局長補佐日経ビジネス、日経情報ストラテジーの記者を経て、2002年日経ビジネス香港支局特派員、07年日経ビジネス副編集長、09年日経ビジネスオンライン副編集長。12年日経エコロジー編集長。149月から現職。

 

 東芝の不正会計問題を巡り、コーポレートガバナンス(企業統治)の問題に言及される機会が増えてきた。これは本当にコーポレートガバナンスの問題なのか、そうであれば、何が間違っていたのか――。かねて日本企業のコーポレートガバナンスについて、問題を提起し続け、その改革の旗を振ってきたオリックスのシニア・チェアマン、宮内義彦氏に話を聞いた。

(聞き手は谷口徹也=日経BPビジョナリー経営研究所上席研究員)

これまで、ことあるごとにコーポレートガバナンスの重要性を強調されてきた宮内さんにしてみれば、耳を疑うような不祥事が起こっています。今、日本企業の中で何が起こっているのでしょうか。宮内さんの見立てはいかがですか。

宮内 義彦(みやうち・よしひこ)
1935
年神戸市生まれ。58年関西学院大学商学部卒業。60年ワシントン大学経営学部大学院修士課程修了後、日綿實業(現双日)入社。64年オリエント・リース(現オリックス)入社。70年取締役、80年代表取締役社長・グループCEO2000年代表取締役会長・グループCEO03年取締役兼代表執行役会長・グループCEOを経て、14年からシニア・チェアマン。

宮内:コーポレートガバナンスを強化すれば、企業不祥事が防げるような言い方をされることがありますが、これはかなり難しく、できないと言ってもいいことです。東芝の不祥事のように、企業のトップが意図的にルールに反することをやり、それを隠した場合は、真相をつかむのはまず無理でしょう。

 粉飾決算を見抜くことができるとすれば、それは内部告発か、伝票を一枚一枚見ることができる立場にあり、実行力もある監査法人くらいです。社外取締役を置くなどして、コーポレートガバナンスを働かせているかどうかとは、全く別の問題です。そんなひどい経営者をなぜ選んでしまったのかという論点ならば、ガバナンスも関係してきますけれどね。

 日本には東証一部だけで1900社を超える上場企業があるのですから、このうち何社かに変な経営者がいたとしてもおかしくはありません。米国だって、かつては、エンロンやワールドコムといった有力企業が会計をめぐる不祥事によって転落していきました。

 残念ながら、こういうことは時々起こる。東芝の事件を見て、何となく日本の企業全体が危ない局面に置かれているのではないかといった議論は、あたらないと思います。

委員会等設置会社は、良いことばかりではない

経営者を選ぶ過程では、コーポレートガバナンスも関係するとおっしゃいました。東芝は、取締役選任に外部の目が利く「指名委員会」などがある「委員会等設置会社」でしたが、結局、3代にわたって不正に加担する社長を出すことになりました。

宮内:委員会等設置会社は、そんなに良いことばかりではありません。

 まず、取締役会の中で、社外取締役が過半数にならない前提でできている。それでいて、取締役候補を決める「指名委員会」、役員の報酬を決める「報酬委員会」、監査役の役割を担う「監査委員会」を設置して、従来、社内の取締役が担ってきた重要な機能を果たす形になっています。それぞれの委員会は取締役が3人以上必要で、そのうち過半数を社外取締役で構成します。

 確かに指名委員会で、「この社長はクビだ」と決めたら、取締役会で反対できない。形のうえでは、それだけ委員会は力を持っています。ただし、もし監査委員会の委員長が元経理部長の社内取締役でCFO(最高財務責任者)だったりしたら、会計資料が何も出てこなくてもおかしくないですね。社外取締役も面と向かって「この決算数字は間違ってないですか」といった質問はしにくいでしょう。日本的な雰囲気の中では、ばかげた質問をするやつだなと思われてしまいます。

 このように実際には、委員会等設置会社でも、取締役会で社外取締役が過半数に達せず、各委員会の委員長も社内取締役というケースは多いのです。統治力の強化のために、委員会に力を与えるという形になっていません。

 本当は、監査委員がもっと現場に入っていって、経理部長に質問をするような場面があればいいと思いますが、現実には、そんな活動はシャットアウトされているのでしょう。

宮内さんたちは、日本におけるコーポレートガバナンスの強化を狙って、日本取締役協会をつくられました。

宮内:日本取締役協会ができた2001年というのは、それまでの経済停滞期を指して「失われた10年」などと言い始めた頃です。政策や規制によるマクロ経済の停滞という要素はあるものの、なぜ、ミクロの企業レベルで見ても、こんなに日本企業の収益性は低いのだろうと疑問を持っていました。

 「日本企業を何とかしないといけない」と思う有志が集まって勉強会を始めました。そこで浮かび上がってきた欧米企業との違いが、経営者に対する「チェックアンドバランス」です。日本企業の経営者の多くが唯我独尊状態にあり、それをチェックする唯一の場である株主総会は形骸化していました。

 欧米のように、経営者を日常的に株主の目にさらされている状態にする必要がある。それができるような仕組み、つまり「形」がまず欠けているだろうということになりました。それが、社外取締役を中心としたコーポレートガバナンスの改革というわけです。勉強会で仲間たちとわいわい議論しているのもいいけれど、行動に移さないと意味がない。そこで、啓蒙団体を作ろうということになりました。それが日本取締役協会です。

 そもそも、最初にコーポレートガバナンスを提唱したのは、バブル崩壊から間もない199394年くらいのことです。ウシオ電機会長の牛尾治郎さんたちと連携していました。それ以外に日本興業銀行の頭取だった中村金夫さんなどもいて、経済同友会で勉強しようということになりました。

 その次の段階では、学者や、評論家的な人、ビジネスマンも加わってもらい、「日本コーポレート・ガバナンス・フォーラム」を作って、勉強を続けました。最初は中村さんが経済界の座長、早稲田大学の総長だった奥島孝康さんがアカデミアの座長という共同代表体制にしました。中村さんが病気になられたため、経済界の座長は私が務めることになりました。

日本の経営者はノープレッシャー

しかし、本来、コーポレートガバナンスは強化すればするほど、経営者は厳しく監視されて立場上、窮屈になりますよね。それを経営者である宮内さんたちが提唱するというのは…。

宮内:その通り(笑)。その時は日本企業の競争力強化で頭がいっぱいだったのですが、後で冷静に考えると、コーポレートガバナンスは、経営者が考えることではないのですよね。

 株主から一挙手一投足についてあれこれ言われるのではなく、勝手に、自由にさせてもらった方がいいのは当然です。でも、その時は、経営者が集まってコーポレートガバナンスをいかに効かせるかを議論していたのだから、かなりのマイノリティです。

 もともと欧米でコーポレートガバナンス強化の動きが起こったのは、「経営者に対して収益性を高める努力をするよう、圧力をかけなければならない」という考え方が出てきたのがきっかけでした。つまり、推進したのは株式市場であり、投資家であり、株主なのです。その点、日本の経営者はノープレッシャー。そんな状況では、経営者はだんだんルーズになり、焦点がぼけてくるのは当然だと思います。

コーポレートガバナンスを強化せよとの提言は、投資家からは喜ばれたでしょう。

宮内:そんなことないですよ。当時、大口投資家といえば、代表が年金基金でした。彼らにしてみれば、「余計なこと言わず、放っておいてくれ」という感じです。保険会社も同じでした。また、投資信託会社もプレッシャーかけるべき立場ですが、そんなことより売買回数を増やして手数料を稼いだ方が儲けが大きいから、関心はそちらです。

 外国人投資家はどうか。「日本は特殊なマーケットだ」と割り切っていましたから、自ら汗をかいて市場を変えようなんて思っていません。どうせ言っても聞かないのだから、その中でマシなのを買えばいいと考えている感じでした。

そんな状況が変わってきたきっかけは

宮内:情けない話ですが、政府の働きかけですね。20156月に施行された行動規範「コーポレートガバナンス・コード」や投資家を対象とする「スチュワードシップ・コード」を提唱したら、企業の態度もだんだんと変わってきた。我々が十数年活動をしてきて全く動かなかったのに、政府に言われたら、動き出した。半分うれしいけれど、半分情けないですよね。

 複雑な心境ではありますが、官主導でも、変わっただけいいことです。ただ、やっとコーポレートガバナンスのことを分かってもらったと思ったら、順法精神の発露のことだと思っている人が多いところはまだまだですね。これはきっぱりと、(コーポレートガバナンスと不祥事は)関係ないと言いたい。

「正しい形」から社長が選ばれるまでには10年かかる

本来は、「強い企業になるために」ですね。宮内さんらが繰り返し重要性を話すことで、経済界は変わってきましたか。

宮内:これからですよ。やっと「利益率3%ではだめで、8%なければ」といった意見が出てくるようになった。経営者もステークホルダー(利害関係者)からシェアホルダー(株主)に目を向けるようになってくるでしょう。ただし、コーポレートガバナンスの強化で、業績が向上したと言う経営者はまだ出てこない。コーポレートガバナンスという言葉の解釈の幅がまだとても大きい段階ですが、段々と収束してくるようになればいいと思います。

まだ経営者は、自分の立場が厳しくなるコーポレートガバナンスを声高に叫ぶのははばかられるのでしょうか。

宮内:(指名委員会など)高いレベルのコーポレートガバナンスの中で選ばれた経営者は、株主から尻を叩かれて当然だと思っているでしょう。ただ、今はそうでないところから選ばれた経営者が大半です。

 コーポレートガバナンスというきちんとした「形」から選ばれたと言える経営者が出てくるまで、10年かかると見ています。まず、コーポレートガバナンスのコの字も知らない社長が「社外役員を2人選べ」と言われたら、間違いなく知り合いを選びますよね。そのうち指名委員会を作って決めようということになって、その社外取締役がもう1人を連れてくる。この人は当然、2人の知り合いになります。

 こうした“友達の友達”といったつながりは、だいたい3回続けると最初の人と関係なくなるんですな(笑)。任期が3年ならば、約10年たったところで、概ね社長の“お友達”はいなくなるということです。

ただし、そもそも社外取締役を探そうとしても、なり手があまりいないという話も聞きます。

宮内:それは嘘ですね。第一線からいったん引退しても、元気でやる気がある経営者はいっぱいいますよ。

日本取締役協会では、社外取締役になる「独立取締役」を紹介する事業をしています。

宮内:今、登録している人が200人くらいいます。一方、紹介してほしいという依頼も山ほどあって、派遣業みたいになっており、担当部門は多忙を極めています。女性がいいとか、外国人がいいとか、いろいろな希望があるのですが、マッチングは手作業みたいなものですから時間と手間がかかるのです。

 独立取締役のトレーニングもしています。最も大切なのは、「経営者が攻めてるかどうか」を評価できることです。ちんたらやってないか、その判定ができればいい。研修会を開いたり、講座で学んでもらったりして、最後は卒業証書をお渡しします。

「コーポレート・ガバナンス・オブ・ザ・イヤー」という賞をつくって、来年1月に第1回の受賞者を発表されます。新たに賞をつくった狙いは何でしょうか。

宮内:コーポレートガバナンスの重要性を広く伝えたいというプロモートが目的です。

どのような基準で選考するのでしょう。

宮内:審査基準をどう設定するかは、選考委員の仕事です。当協会としては、基準をきちっと固めてもらって選んでもらいたいと思っています。審査基準は、発表の際にはきちんと出します。

「コーポレート・ガバナンス・オブ・ザ・イヤー」のスケジュール

20159

選考プロセス公表

925

1回選考委員会

1110

2回選考委員会

128

3回(最終回)選考委員会

20161月下旬

受賞企業発表

201622

発表・授賞式

 さきほど申し上げた独立取締役の数など、「形」が整備されているかも大切ですし、それが実際にガバナンスに効いているかという実効性も重要。成果という点ではROEも見なければいけません。最後は候補となった経営者と直接面談をして、オブ・ザ・イヤーを決めたいと思います。

「良いアドバイスをくれる社外取締役」なんか要らない

東芝事件もあって、時期が時期だけに「コーポレートガバナンスが働いている会社」とは、順法精神の高い会社と誤解されかねませんね。

宮内:誤解の最たるものは、経営者は悪いことをするから、それをチェックするものがコーポレートガバナンスだというものです。だから、元検事総長を社外取締役に迎えたりするのは、明らかに誤解なのです。人間社会で法律を守るのは当たり前であって、なぜ経営者ばかり法令遵守を言わなければいけないのか。おかしいですよね。

 あと、「社外取締役からいいアドバイスをもらいました」「大所高所から意見をいただきたい」といったのもピントがずれていますね。助言をもらいたいなら経営コンサルタントに頼むべきです。

 経営に対する意見をもらってもいいけれど、それが目的ではない。経営者にしてみれば、自分を審査する人ですから、厳しく対峙する存在なのですね。

 米国の取締役会では、CEO(最高経営責任者)が社外取締役にお茶を配ってますよ。両者の関係はピリピリしています。さらにCEOは社外取締役にしょっちゅう電話をかけて細々と報告をするなど、とても気を遣っている。経営者としてやってることに文句を言われないようにするためだから、真剣勝負です。

宮内さんも社外取締役はたくさんやっている。経験から言えることは。

宮内:会社は全部違うことを実感します。「こうすべきだ」と言っても、聞く耳を持たない社長がいますが、米国ならクビですよね。「これはだめだな」と思っていたら、案の定おかしくなった会社もある。

 社外取締役が1人や2人ではだめなんですね。欧米式に、取締役会の中で多数派になっていないと、意見を通したり、経営者を厳しく監視することは難しい。「ありがたいご意見でございますが、承っております」と言うだけでおしまいですから。

 しかし反対に、社外取締役が少数派だったのに、肩を叩いたら素直に退任された素直な社長もいました。業績の低迷が、自分ではどうしようもないと思ったのでしょうが、珍しいケースです。

あと何年たったらコーポレートガバナンスが働いていると言える状況になると思いますか。

宮内:コーポレートガバナンスをしっかりやっている企業の業績が上がって、それを投資家が評価して株価が上がるという実例がたくさん出てくるしかないですよね。それを横目で見た他の経営者が「これは自分もしっかりやらないといけない」と危機感を持ち始めるかどうかです。

 株主の立場から声を大にしていろいろ言うのも可能ですが、市場原理に基づくもっとシンプルな行動は、納得できなければ売ることです。経営者は、株主にいろいろ言われるのもきついけれども、株を売られる方がもっときつい。同業他社の株に乗り移られるのが、一番イライラするのではないですか。

 儲けなくていいと思う株主だったら経営者もさぼりますよね。しっかり株主が経営者の目を開かせる株式市場でないと、真の意味でのコーポレートガバナンスは成立しません。

【ブランディング】

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4.Society.Culture・Edu.・SportsOthers

バブル期の日本人と同じ?「爆買い後」に中国人が向かう先

中島 恵 [フリージャーナリスト] 20151217 DOL

今年の流行語にもなった中国人の「爆買い」。日本で中国人がモノを買い漁る光景は、30年前のバブル期に日本人が海外でモノを買い漁った姿とそっくりだ

 「は~い、皆さん、こっちですよ。ちゃんとついてきてくださいね」

 ある日曜日。東京・銀座8丁目の高速道路下に着くと、大型バスが次々と停車し、ガイドを先頭にして、中国人観光客が大勢吐き出されてくるところだった。彼らは小グループに分かれて、銀座4丁目の方向に向かって歩いている。数分歩いた先にあるのは、ラオックス銀座本店だ。ガイドはそこで足を止め、「4時に戻ってきてくださいよ。待っていますからね」と念を押した。

 ガイドが最後まで話し終えるか終えないかの間に、観光客の一部は一目散に店内に入って行った。ふと見ると、銀座4丁目の方向から、買い物を終えたグループがニコニコしながらやってきた。それぞれが「資生堂」「三越」といったロゴの入った紙袋をいくつも提げている。

 ある中国人女性は息を弾ませながら荷物を置くと、こう話し出した。

 「四川省の成都からやってきました。今回買ったもの? え~っと、温水洗浄便座、炊飯器、一眼レフカメラ、そして服とカバン、ええっと、それからね……」

 これらは、歩行者天国になっている銀座中央通りでは、すでに見慣れた光景だ。中国の都市部ではめったに見られない青空の下、中国人観光客たちが思い思いに銀座の休日を楽しんでいる様子だ。

中国人観光客は約2倍に激増,いつかどこかで見た「爆買い」の光景

 日本政府観光局(JNTO)の調査によると、2015年の訪日中国人数は対前年比約2倍の500万人に到達しそうな勢いで、過去最高となることが確実視されている。15年の日本の新語・流行語大賞にも「爆買い」が選ばれ、15年の日本列島はまさに「爆買い」一色となった。

 しかし、よく考えてみると、この光景を私たちはどこかで見たことがないだろうか?免税店に列をなして大量のブランド品を買い込んだり、同じお土産を何十個と買ったりする姿は、1980年代のバブル期の日本人と、どこか似ていることに気づく。

 筆者は「マナーが悪い」「うるさい」と評される中国人を各地で取材して歩くたびに、「でも、日本人にもそういう時代があったんですよ。日本人だって同じことをしていたんですよ」という声を、少なからず聞いたことがある。確かに、筆者の幼い頃にも、そのような記憶がかすかにある。

「まるで公害」「スーパーの買い物みたい」,かつて外国人を混乱させた日本人の爆買い

2015年の日本を象徴する言葉となった「爆買い」――。筆者は今年1年を振り返る意味も込めて、記憶を頼りに、1970年代後半~80年代の古い雑誌を調べてみることにした。すると、30年前に日本人が「爆買い」を繰り広げていた頃の記事が、いくつかみつかった。抜粋してみたい。

 【パリの本店の混乱は欧米人の客を寄りつかせなくなり、一種の公害として、フランスでは“黄禍”とまでいわれた】(197846日号、女性自身)

 【(パリのエルメスでスカーフを見る日本女性に対して)次々にカウンターの上に積み上げて物色して、まるでスーパーでの買い物と同じ感覚なのね。そばにイタリア人らしき外国人女性がいたけど、ちょっとあきれ顔。自分はお金持ちだからとか、円が強いからといって傍若無人な買い方をするのはヒンシュクものね】(1988712日号、女性自身)

 顔から火が出そうな話だが、197080年代、日本人も欧米やハワイ、香港などでブランド品の“爆買い”を繰り広げていたのである。

 それだけではない。マナーに関しても、かつての日本人は決して立派な振る舞いをしていたとは言えなかった。

 【メガネにカメラ、落書きしていたら日本人】(198496日、週刊文春)という見出しの記事によると、スイスで日本人観光客のマナーの悪さが評判となり、困り果てた在ジュネーブ日本領事館(当時)が、これ以上重要な文化財に落書きしないよう、日本人のためにわざわざ“落書き帳”をつくったという話だった。

 情けなくなってくるが、これが三十数年前の日本人の姿である。日本経済が最も強く、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われて世界に大きな影響を与えていた時代、日本人の間で爆発的な海外旅行ブームが起きた。

 日本人も欧米人から白い目を向けられながらも、そんなことはまったくお構いなしに、せっせと「爆買い」に精を出していたのである。

為替レートと家族旅行の普及,日本人と中国人「爆買い」の共通点

1970年代~80年代の記事を読み返していて、日本人と中国人の「爆買い」にはいくつかの共通点があることに気がついた。たとえば、為替レートが有利に働いている点や、ともに団体旅行をしている点などだ。

 人民元と円の為替レートは、20122月には1元=12円だったが、152月には19円となり、3年間で約35%も円安が進んだ。中国人から見れば、日本の物価は3年で約35%も安くなったことになる。一方、1970年代後半の日本も今の中国と似たような状況で、771月には1ドル290円だったが、783月には235円となるなど、急激な円高が進んだ。当時の日本の記事には、海外ブランド品が日本の3分の1の価格で手に入ったことがわかる。海外旅行に占める「買い物」のウエートが高いことも、日中に共通する。

 日本人の海外渡航制限が解除されたのは、東京オリンピックが開催された1964年。翌年に日本初の海外旅行パッケージツアー「ジャルパック」が発売された。日本では今でも「団体旅行」は1つの旅行形態として定着している。

 これに対し、中国人の海外団体旅行が解禁されたのは日本の33年後、1997年のことだ。個人旅行はその12年後の2009年に始まった。北京オリンピックが開催された翌年に当たる。それ以前、中国人の海外旅行は一部の特権階級だけに限られ、一般の人々にとって、海外旅行は夢のような存在だった。経済的な事情や社会的背景から、中国は2000年代初頭まで、国内旅行をすることもままならなかったのだ。

 現在、日々報道される中国人のニュースと30年前の日本人の記事を読み比べてみて、筆者は改めて、「中国人は日本の背中を追いかけているのだな」と感じた。

 このように感じていたとき、奇しくも内閣府の『国民生活に関する世論調査』を目にする機会があり、「今後の生活において、心の豊かさと物の豊かさのどちらを重視するか」という興味深い項目があることを知った。これを見ると、1970年代前半まで、日本人は「物の豊かさ」を重視してきたが、79年にはほぼ互角となり、81年に「心の豊かさを重視する」ほうが逆転したことがわかった。

 環境問題などもそうであるが、ほぼ30年前後の時間を経て、中国でも日本で起きた出来事と似たような問題が発生している。不思議なほどピタリと年号や共通項が重なっている。こうした状況を見ると、今後中国人が「心の豊かさ」を重視するようになる日も近いだろう。

モノの豊かさから精神的な豊かさへ?「爆買い後」の中国人どうなるのか

 今夏、筆者は新著『「爆買い」後、彼らはどこに向かうのか? 中国人のホンネ、日本人のとまどい』を執筆するため、日本全国各地の観光地を取材して歩いた。

 中国人はなぜこれほど日本にやってくるようになったのか、なぜ日本でこれほど「爆買い」をするのか、本当は日本人のことをどう思っているのか。そして、彼らを受け止める日本人はどう思っているのか、恩恵にあずかってうれしいのか、それとも戸惑っているのか、怒っているのか――。こうしたことについて取材した。

 当初は「爆買いの現場」に足を運び、それを取材することに主眼を置いた。東京だけで見るのではなく、全国各地の現場では、一体何が起こっているのかを知りたいと思ったからだ。

 だが、取材を進めていくうちに、「爆買い後はどうなるのか」といった疑問がわいてきて、「今後」を視野に入れるようになった。この先、この現象がどのように変わっていくのか、少しでもその未来予想図を描くことで、これからますます増える中国人観光客について、巷のコンサルタントが書くような「ノウハウ本」とは少し違う角度から、異文化と共存していかなければならない日本人に、何らかの示唆や気づきを与えることができるのではないか、と思ったからだ。

 多くの日本企業や日本人ビジネスマンにとっての関心事は、主に次の2つに絞られるのではないだろうか。

 「爆買いはまだ続くのか」「あるいは一過性のブームで終わるのか」

 本書の中で筆者の考えを明らかにしているが、前述したように、日中の「30年」を振り返ってみると、彼らの行動のヒントは、すぐ身近なところにあるように思えてならない。

2016年の「爆買い」の行方を今から覚悟しておくべき

その兆しはちらほらと現れているが、今後彼らの興味や関心は、商品の性能や豊富さといった物質的なものから、もっと精神的なものへ移っていくだろう。むろん、内陸部からのLCC(格安航空会社)もまだ増え続けるので、「爆買い」がなくなることはないだろうが、これまで何度も書いてきたように、中国人の「幅」は日本人の想像を絶するほど広い。最先端を行く人々の爆買いへの興味・関心は、もしかしたら、一気に終息するかもしれないし、逆に私たちの予想をはるかに超えたところにまで発展するかもしれない。

 日本人よりも速いスピードで生きている中国人の2016年の「爆買いの中身」は、今と比べて相当変化していくものと、覚悟しておいたほうがいいだろう。ひとたび「豊かな暮らし」へと舵を切った彼らの気持ちは(バブル崩壊後の日本人の生活も変わらなかったように)、もう止められないからだ。

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5.EconomyPolitics・Military Affaires

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7.Message

加工肉でがんになる? 本当はどんな報告だったのか

誤解だらけの加工肉・赤肉問題(前篇)

 

 食についての大きな関心事がまた1つ増えた。ハムやソーセージなどの加工肉や、牛肉や豚肉などの赤肉などの摂取と、発がんの関係性が取り沙汰されている。

 今年10月、国連・世界保健機関(WHO)の附属機関である国際がん研究機関(IARC)が「赤肉と加工肉の摂取の発がん性」という報告書を出し、加工肉については「人に対し発がん性がある」、赤肉については「おそらく発がん性がある」としたのだ。マスメディアがこれを大きく報じ、心配になった人びとが肉の買い控えをする事態になっている。

 降って湧いたように起きた赤肉・加工肉に対する心配事。だが、今回の発表はどのような位置づけのものなのか。また、日本人はこの発表をどのように受け止めればよいのか。そもそも肉の摂取だけに関心を向けていればよいのか。次々に疑問が浮かんでくる。

 そこで、これら数々の疑問を、発がんのリスクや、がんの予防医学などに詳しい専門家に投げかけてみた。応じてくれたのは、国立がん研究センターがん予防・検診研究センター予防研究部長の笹月静氏。同研究部は、今回のIARCの発表を受け、日本人の赤肉や加工肉の摂取とがんのリスクの関係性を解説した「赤肉・加工肉のがんリスクについて」を発表。笹月氏はこの解説の作成に従事した。

 前篇では、国際がん研究機関の今回の発表がなにを意味し、私たち消費者がどう受け止めればよいのかを聞くことにする。後篇では、日本人を対象にしたこれまでの研究結果から、日本人は赤肉・加工肉の摂取を心配すべきなのか、発がんのリスクのなにを気にかければよいのかを聞く。

今回が初の指摘ではない

――国際がん研究機関(IARC)が、10月に「赤肉と加工肉の摂取の発がん性」について報告をしました。加工肉について「人に対し発がん性がある」、赤肉については「おそらく人に対し発がん性がある」とする内容だと聞きます。そもそも、この報告は、どのような経緯でなされたのでしょうか?

笹月 静 部長(以下、敬称略) 発表をした国際がん研究機関(IARC)は世界保健機関(WHO)の附属機関で、年3回「IARCモノグラフ」という調査報告書を出しています。各号では、たとえば「放射線」や「職業上の被ばく」といった特定のテーマを設けています。

 テーマごとに専門家が募られ、入手可能な世界中の論文をもとに、どのくらい論文の結果が一致しているかなどから、発がんの確実性を判定しています。

 最新の「モノグラフ」第114号のテーマが「赤肉と加工肉」だったため、今回、肉の摂取のヒトに対する影響が取り上げられました。そして、10月の発表に至ったわけです。

――赤肉や加工肉と発がんの関係性について、研究者たちは初めて指摘したことなのですか?

笹月 いえ。今回初めて指摘したようなことではありません。

 たとえば2003年には、世界保健機関と国連食糧農業機関(FAO)が共同で「食事、栄養及び慢性疾患予防」について報告しています。その中でも、「確実」「ほぼ確実」「可能性あり」「不十分」という4段階で関連性を設定する中で、加工肉と大腸がんの関連性については2番目の「ほぼ確実」とし、「なるべく加工肉は摂らないように」と書いています。

 また2007年には、世界がん研究基金(WCRF)と米国がん研究機構(AICR)が共同で「食物、栄養、身体活動とがん予防」について報告しています。10項目の「勧告」の1つとして「動物性食品」を取り上げ、「肉(牛肉、豚肉)の摂取を控える。加工した肉はできるだけ避ける」とし、個人に対しては「肉の摂取を週500g18オンス)以下とし、加工した肉はできるだけ食べないようにする」ことを勧告しています。

 これら過去の報告も、その時点で発表されていた世界中の研究をもとに、発がんの確実性を判定したものです。ですので、手法としては過去のものも今回のものも同じなのです。

今回の報告は行動指針を示すものではない

――これまでと今回の発表で、何か違いはあるのですか?

笹月2003年や2007年のときの報告では、いま説明したように、目標や勧告といった形で、がん予防のためのガイドラインが示されています。これに対して今回の国際がん研究機構の報告は、発がんの関連性の有無の判定するだけに留まっています。この差は、それぞれの研究機関、報告書の持つ役割の違いからです。

 発がんのリスクを評価するには段階があります。まず第1段階として、危険(ハザード)があるのか、あるいは予防効果があるのか、などが評価されます。次に第2段階で、がんになりやすい職業的な背景があるのかといったことを踏まえ、リスクや予防効果の評価がされます。そして、第3段階でようやく、どういう行動をとるべきかといった行動指針の評価がなされます。

2003年や2007年の報告は、第3段階の行動指針まで示すものでした。でも、今回の国際がん研究機関の報告は第1段階どまりのものです。実際どうすべきかといった行動は、今回の報告を受けて、各国がこれから決めるべき話なのです。

笹月 静(ささづき しずか)氏。国立がん研究センターがん予防・検診研究センター予防研究部部長。博士(医学)。1996年、熊本大学医学部卒業。2000年、九州大学大学院予防医学講座博士課程修了。同年4月より国立がん研究センターへ。リサーチレジデント、研究員、室長を経て、2013年より現職。おもな研究分野は公衆衛生学、健康科学、疫学・予防医学。

研究結果の一致度が評価される

――今回の国際がん研究機関の報告で、加工肉は「グループ1」、赤肉は「グループ2A」に分類されたと聞きます。これらの分類をどう考えたらよいのでしょうか?

笹月 今回で言うと、調査対象となった世界の研究のうち、加工肉については約3分の2の研究がリスクを上げる方向のものだったという結果から、「人に対して発がん性がある」とする「グループ1」に判定されました。赤肉については「おそらく人に対して発がん性がある」とする「グループ2A」に判定されました。

――グループは5つあるそうですが、発がんのリスクが「グループ1」はもっとも高く、「グループ2A」は次に高いということなのでしょうか。

笹月 いえ、そうではありません。この判定は「結果の一致度」を示したものであり、決して「リスクの高さ」を示すものではありません。

 もし、リスクの高さについて言うならば、「加工肉をたくさん食べる人が大腸がんになる確率は、食べない人に比べて何倍」といった話になりますが、このグループ分けはそういう話ではありません。あくまで今回で言うと、世界中の研究の約3分の2が、「加工肉の摂取が大腸がんのリスクを上げる」という方向で一致しているという話です。それだけ一致しているということは、加工肉の摂取と発がん性になんらかの因果関係があるという結論に至ったわけです。

 たとえば、「グループ1」に分類されているもののなかでも、喫煙に起因する全世界のがん死亡は年間100万であったのに対し、アルコールは60万、加工肉は34000人であったことが示されています。

 また、赤肉については、これまでの世界の研究のうち、半分ほどがリスクを上げる方向で一致したということです。それと、牛肉などの赤肉には鉄分が含まれていて、これが酸化・抗酸化の点では酸化する方向に働くといったような、発がんに寄与する可能性が加味され、「おそらく発がん性がある」を意味する「グループ2A」に分類されたのです。

50グラム以上は危険という誤解

――もう1つ、今回の国際がん研究機関の発表では、「加工肉では150グラムの摂取につき18パーセント、赤肉では1100グラムの摂取につき17パーセント、大腸がんのリスクを高める」ともしていますね。

笹月 ただし、これについても多くの方の誤解を呼んでいるようです。「加工肉は1日の摂取量50グラムまでは大丈夫だが50グラムを超えると危険」とか、「赤肉は摂取量100グラムまでは大丈夫で、100グラムを超えると危険」と捉えている人もいるようですが、それはまったくの誤解です。

――どういうことでしょう?

笹月加工肉の場合、「摂取量が50グラム増えると、リスクが18パーセント高まる」、また赤肉の場合、「摂取量が100グラム増えると、リスクが17パーセント高まる」と言っているのです。50グラムや100グラムという摂取量でリスクが線引されているわけではありません。

テーマが絞られていたゆえに注目されやすかった

――過去にも国際的な機関が、加工肉や赤肉と発がんの関係性について指摘していたという話でしたが、過去にはこれほど騒ぎにならなかった気がします。今回どうしてここまで騒ぎになったのでしょう?

笹月2003年や2007年の報告は、あらゆる食事や身体活動などを扱ったものです。肉の摂取については、その中のごく一部の項目にすぎませんでした。けれども、今回は1テーマに絞った発表で「赤肉および加工肉」が取り上げられたのです。そこに社会や人びとの関心が集中してしまったのだと思います。

――人々が物事をきちんと判断するためには、やけに具体的なテーマに絞ること自体、問題がある気もします。発表する機関は、そうした影響も考えなければならない気がするのですが・・・。

笹月 たしかに、今回のような評価があると、食肉団体など利害関係に関わっている団体は猛反発をするということは予想できます。

 ただし、その一方で、科学的な評価がそうした利害関係からくる反発などに左右されてはならないといった考え方もあります。関連団体からコンタクトを受けて、「やっぱりあの結果はやり直します」となったら、それはそれで困ります。

――そうですか。今回の発表は世界に向けてのものでしたが、私たち日本人は肉をどう摂取すればよいのかが気になります。

 笹月さんはじめ、日本の研究者は、日本人を対象とする食事と発がんの関係性の研究を集めてとりまとめたと聞きます。後篇では、日本人を対象にした話を聞いていきたいと思います。

日本人には食事より気にすべき「がんリスク」がある、誤解だらけの加工肉・赤肉問題(後篇)2015.12.18Fri漆原 次郎

 国際がん研究機関(IARC)が10月、ハムやソーセージなどの加工肉を「人に対し発がん性がある」、また牛肉や豚肉などの赤肉を「おそらく発がん性がある」と発表した。普段これらの肉に親しんできた人の中には、衝撃をもって受けとめた人もいるだろう。消費者が買い控えをしたり、食肉企業が沈静化を求めるコメントを発表したりと、波紋が広がっている。

 私たちはこの報告をどう受け止めればよいのか。食べてきた肉に今後どう接すればよいのか。そもそも、がん予防のためにどんな食生活をすればよいのか。

 これら疑問の数々を、がんの予防医学などを研究する専門家に前後篇で投げかけている。

 応じてくれているのは、国立がん研究センターがん予防・検診研究センター予防研究部長の笹月静氏だ。同研究部は、今回の国際がん研究機関の発表を受け、日本人の赤肉や加工肉の摂取とがんのリスクの関係性を解説した「赤肉・加工肉のがんリスクについて」を発表。笹月氏はこの解説の作成に従事した。

 前篇では、今回の国際がん研究機関の報告内容を整理した。聞き慣れない表現が、少なからぬ人びとに誤解を招いているようだ。

 たとえば、加工肉で分類された「グループ1」は「最もリスクが高いグループ」ではない。正しくは「これまでの研究結果の一致度」により判定されるもので、グループ1に分類されたことは、「因果関係があるとみなすのに充分といえるほど疫学研究の結果が一致していた」ことを意味するという。

 今回の報告内容は、世界中の過去の研究から導き出されたもの。一方、日本人のみを対象に食事と発がんの関連性について調べた研究も行われている。笹月氏もそうした研究やその評価を行ってきた。

 そこで後篇では“日本人について言えること”を、聞いていくことにする。肉の摂取を心配することに、どのくらいの重要さがあるのだろうか。

加工肉:「最高群」リスクは「最低群」の1.17

――日本人を対象とした食生活と発がん性の関係について研究をしてきたと聞きます。

笹月静部長(以下、敬称略) はい。がん研究センターの研究を含む日本人の食事と発がん性についての研究結果を、私たちと各研究機関・大学の研究者が総合的に評価して、2014年に「Meat Consumption and Colorectal Cancer(肉の摂取と大腸がんリスク)」という論文にして発表しています。

――その評価からは、日本人の肉の摂取と発がんのリスクについて、どんなことが言えるのでしょう?

笹月 加工肉や赤肉の摂取量に応じて、人びとを「最低群」から「最高群」までに分けたとき、加工肉については最高群の大腸がんリスクが最低群の1.17となりました。赤肉については、最高群の大腸がんリスクが最低群の1.16となりました。

――評価の対象とした過去の各研究は、すべて同じ条件で統一されているのでしょうか?

笹月 過去の研究では群の分け方が3群だったり5群だったりとばらばらなのですが、それぞれにおける最高群のリスクから総合的に割り出した結果がこの値です。

――最も多く摂取した群と最も摂取しなかった群の比較としての「1.17倍」や「1.16倍」・・・。この数値をどう捉えたらよいのでしょう? 

笹月 大腸がんについては、飲酒といったリスク要因や、身体活動といった予防要因など、他に重要なものがあり、この数値自体の大きさはそれほど心配しなくてもよい値だと私は思います。

――今回の国際がん研究機関の報告後、がん研究センターが発信した「赤肉・加工肉のがんリスクについて」でも、日本人について「総合的にみても、今回の評価を受けて極端に量を制限する必要性はないと言えるでしょう」と述べていますね。

笹月 はい。総じて欧米の国々に比べて、日本人の肉の摂取量は少ないものです。世界的には、赤肉の摂取量はおおむね150100グラムですが、2013年の国民健康・栄養調査によると、日本人では赤肉が50グラム、加工肉が13グラムです。

 日本人全員がまったく心配する必要ないというわけではありませんが、みんなが食べるのをやめるとか、食べる量を極端に減らさなければならないということには結びつきません。

大腸がんでは肉より飲酒の方が重大

――今回の国際がん研究機関の報告を受けて、人びとの関心は加工肉や赤肉ばかりに行きがちですが、他にもがんとの関連性が考えられる因子はあるわけですね。

笹月 はい。私どもは、これまで日本人を対象として実施されてきた研究の結果から、各種がんに対する様々なリスクと予防要因を「確実」「ほぼ確実」「可能性あり」「データ不十分」に分けて評価しました。一覧表にもしています。

大腸がんについて言えば、肉の摂取よりも飲酒の方がよほど重大なのです。これまでの評価では、飲酒と大腸がんとの関連性は1番高い「確実」です。

 また、肥満も、2番目に関連性の高い「ほぼ確実」です。一方、赤肉や加工肉の摂取は、3番目にあたる「可能性あり」です。

――逆に、大腸がんのリスクを下げると考えられる要因もあるのでしょうか?

笹月 はい。運動が大腸がんのリスクを下げるのは「ほぼ確実」です。ほかに、食物繊維の摂取やカルシウムの摂取はリスクを下げる「可能性あり」となっています。

――心のもちようとして、もしも、肉を食べてがんのことが心配であるなら、その分、運動をすればいいじゃないかと、と考えてもよいでしょうか?

笹月 もちろんです。とりかかりやすいところから、リスクを下げることをすればよいのです。1つのことに捕われるのはよくないと思います。

食事よりも気にすべきことがある

――より広い視点で、がん全体について捉えてみると、気にするべき発がんの要因はどういうものでしょうか?

笹月日本人の場合、がん全体のリスク要因として最も重大なのは喫煙です。肺がん、胃がん、食道がん、膵がん、子宮頸がん、また、頭頚部や尿路系のがんなどで関連性の1番高い「確実」となっています。

 がん全体で、次に重大なのは感染症です。がんの種類と関わっている感染症の原因はほぼ決まっています。胃がんとヘリコバクター・ピロリ菌、肝がんとB型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルス、子宮頸がんとヒトパピローマウイルスなどです。

――がん全体と食事との関連性はどうなのでしょうか?

笹月 食事については、喫煙や感染症ほど関連性の高い要因ではありません。ただ、その中で言えば、塩分摂取は胃がんと「ほぼ確実」に関連性がありますし、熱い飲食物の直接摂取は食道がんと「ほぼ確実」に関連性があります。それと、野菜や果物を極端に食べないのもがんのリスクを高める方向に行きます。

 あくまで喫煙や感染症と比べた場合ですが、バランスのよい食事を心がけていれば必要以上に神経質になることはありません。

6項目に目を向けたがん予防を

――食習慣も含め、がんの予防のために私たちはどんなことに気をつければよいでしょうか?

笹月 喫煙、飲酒、食事、身体活動、体型の維持、感染の検査という6つの項目について、それぞれ予防法があります。これまでの研究結果をもとに、確実性の高いものを抽出して6項目にまとめたものです(表)。 がん予防のための6項目(参考:国立がん研究センターがん予防・検診研究センター予防研究グループ「日本人のためのがん予防法」をもとに筆者作成)

 ちなみに、食事について、実は以前は肉についても「摂りすぎないように」といった内容を盛り込んでいたのですが、日本人のデータを見ているとさほど関連性が高くはないので、むしろ取り下げてしまったという経緯があります。

 がん研究センターではほかに、40歳以上の方のご自身の生活習慣からすべてのがんや大腸がんなどのリスクをチェックできる「がんリスクチェック」も用意しています。

食事に「リスク0」も「確実にリスクを下げる」もない

――食事とがんなどのリスクについて、私たちが心に止めておくとよいことを最後に教えてください。

笹月 何事もそうですが、食事について「リスクが0」ということはありえません。また、確実にリスクを下げることのできる単一の食品や食事というのもありません。

 普段、食事を連続的に摂っている結果として、リスクがどのくらいかは決まってきます。それに、いろいろな食べものを組み合わせて摂ることで、さまざまな成分の相乗効果も出るかもしれませんし、場合によっては相殺効果も起こるでしょう。

 とかく日本人は気質上、リスクが0なのか1なのかを求めようとしがちな気はします。バランスよくいろいろなものを食べるのがよい。結局のところは、こういう言い方に落ち着くのです。

【上海凱阿の呟き】

 

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