目次
1.特集
【中国関連】
【日本関連】
【アジア関連】
【米国・北米関連】
【欧州・その他地域関連】
【世界経済・政治・文化・社会展望】
2.トレンド
3.イノベーション・モチベーション
4.社会・文化・教育・スポーツ・その他
5.経済・政治・軍事
6.マーケティング
7.メッセージ
【上海凱阿の呟き】
記事
1.今週の特集
【CHINA関連】
日中首脳の対立は似た者同士だから?根っからの反日ではな
い習近平、日中関係の新常態は築けるか2015.9.29(火) 柯 隆 JBPress
インドネシアのジャカルタで握手する安倍晋三首相(左)と中国の習近平国家主席(右、
2015年4月22日撮影、資料写真)。(c)AFP/BAY ISMOYO〔AFPBB News〕
筆者は初めて日本に留学したとき(1988年)から数えれば、日本在住は27年になる。生まれ育
ったのは南京だが、日本での生活の中で南京出身だからといって不愉快な経験をしたことはない。
一方、数年前にあれだけ反日を露わにした中国人の若者たちは、今、大挙して日本に観光にや
って来ている。そして日本製品のボイコットを呼びかけた中国人たちが日本で日本製品を爆買いし
ている。彼らの言動から反日など見られない。
近年、日中関係が悪化した背景には複雑な要因があるが、そもそも日中両民族の相性は悪くな
い。歴史的に見ても日本人と中国人は補完性が強いから共存してきた事実がある。
近代になってから中国のエリートたちは欧米よりも日本に留学していた。例えば蒋介石や魯迅、
郭沫若などに加えて、周恩来も一時期日本に来たことがあるといわれている。特に孫文は清王朝
を倒すために日本で幅広く募金をした。
むろん、近代の日中関係史は不幸の連続だった。それは両国の補完性を凌駕した野心的な政治
家の暴挙による結果だった。
日本が中国を侵略した狙いは別として、軍部の暴走により民間人を含む多くの中国人が殺されて
しまった。このことについては、安倍総理が戦後70年談話の中でも認めている。
残念ながら、日本と中国は戦争の負の遺産を十分に清算できていない。中国政府は特に日本に
対して戦争賠償を求めているわけではないが、日本の政治家の歴史観を繰り返して正そうとしてい
る。しかし日本人にしてみると、何回も謝ったのに中国政府がなぜそれを許さないのか理解できな
い。
習主席と安倍総理の使命感
日中関係悪化の原因についてはすでに多くの分析や考察がなされているが、ここでは異なる視点
からその背景を探ることにしたい。
筆者は、日中関係悪化の遠因の1つは、両国の指導者が自国の国益について強い使命感をも
っていることにあると考えている。
習近平国家主席は「太子党」に分類されているが、日本流でいえば「世襲の政治家」である。習
主席と同じように安倍総理も世襲議員であり、まさに日本の太子党の1人と言えよう。往々にして
太子党・世襲議員は自分の民族や国益について特別な使命感を持っている。すなわち、習主席も
安倍総理も、親の世代から引き継いだ天下を失ってはならないという強い危機感を持っているので
ある。
それゆえ、習主席は国民に対して中華民族の復興を唱えた。これこそが習主席がみる「中国の
夢」である。
これまでの30余年、中国は経済こそ奇跡的な発展を成し遂げたが、国際社会における影響力
は十分に強化されていない。習主席の夢は、中国という大国を「強国」に育てるということのようだ。
かつて中国の歴史教科書に必ず書かれていた言葉がある。それは、中国が西洋列強に「東亜病
夫」と罵られていたということだった。東アジアの病人と言われて軽蔑されていたというのだ。本当に
西洋人が中国をそう呼んでいたのかは分からないが、国民の愛国心を喚起するのには十分な記述
である。
同様に安倍総理も、強い日本を取り戻すことを口癖のように国民に呼びかけている。これまでの20
年間、日本は「失われた20年」を喫した。安倍総理は日本の国力を取り戻そうとしているのだろう。
経済力を強化し、外交戦略も強くする。これこそが安部総理の夢ではないだろうか。
習主席と安倍総理は、いずれも戦争を引き起こそうなどと考えていないはずだ。だが、民族復興と
国益の強化が全面的に打ち出されているため、両国においてナショナリズムが日増しに台頭してい
る。
日本の保守派の政治家の多くは、現在の憲法について不自由を感じている。しかし憲法改正は
手続き上難しいため、解釈を変更することで突破口を作ろうとしている。ただ問題は、安倍総理自
身が法解釈変更の目的達成へと急ぐあまり、国民の多くは心の準備がまだできていないことであ
る。そのため日本の世論は二分化してしまっている。
一方、中国では、胡錦濤政権の10年間(2003~2012年)が中国にとっての失われた10年だっ
た。ほとんどの改革が先送りされた結果、問題は山積するようになった。そうした状況で、習主席は
胡錦濤前国家主席から政権を引き継いだ。しかし共産党幹部の腐敗、格差の拡大、環境汚染の
深刻化など、いずれの問題も簡単に解決できないものばかりである。なによりも、共産党の求心力
がかつてないほど低下しており、国民の支持を失っていることは習近平政権にとって危機的な状況
と言えよう。
2人の類似した経歴と世界観
改めて習主席と安倍総理を比較してみよう。
習主席は1953年生まれの62歳であるのに対して、安倍総理は1954年生まれの61歳であり、
ほぼ同い年と言える。2人とも戦争のことは知らない。また、勉強に熱心に励むタイプというよりも、
どちらかといえば実践派である。
習主席の父である習仲勲氏は副首相まで務めたことがある。習仲勲氏は性格が温厚で、政界で
の人脈が広くて深かった。このことは息子の習近平が党総書記になったことと深く関係している。同
じように、安倍総理も政治家ファミリーの出である。
このように日中両首脳は非常に類似した経歴と世界観を持っている。逆に、そのおかげで補完性
が弱く、対立しがちである。
安倍総理と習主席の類似性(筆者作成)
2人の相違点といえば、習主席は文革のとき、父の習仲勲が打倒されたことを受けて陝西省の辺
鄙な農山村に下放された。このことは習主席にとって忍耐強さを鍛える重要な経験となった。それ
に対して、安倍総理は一貫して恵まれた環境で育てられた。強いて安倍政権の不安要因を挙げれ
ば、最近、安倍総理の健康問題についての報道が見られることだろう。
習近平国家主席の種々の言動から推察するに、実は根っから反日的な人物ではない。国家副主
席の時代に一度日本を訪問し、天皇陛下に表敬訪問もしている。ただし、安倍総理との相性はそ
れほどよくないため、日中関係の改善にてこずっている。
中国経済の再生に欠かせない日本企業の協力
それでも、習近平国家主席は政権を安定させるために経済成長を押し上げていく必要がある。そ
れには日本企業の協力、貢献が欠かせない。
中国経済は、安い労働力を大量に投入し、安い中国製品を大量に輸出して経済成長を実現す
る時代が終わった。今、求められているのは産業構造を高度化し、イノベーションの実現に取り組む
ことである。中国企業のイノベーションに協力できる企業といえば、日本企業しかない。そこで習主
席は日本の財界とのパイプを構築しようとしている。2015年5月、自民党の二階総務会長が3000
人の日本人観光客を率いて訪中したときに、習近平国家主席との会見を実現した。これは従来の
中国では、まずあり得ないことである。
日中の古い政治家は「日中友好」を掲げてさまざまな演出をしてきたが、これからの政治家は是
是非非で付き合うことになる。このような「新常態」は決して悪いことではない。表面的な日中友好
の仮面を脱ぎ捨てて、本音で付き合うべきである。もちろんその際は戦略的な視野が求められる。
政治指導者は子どもではないのだから、個人的な好き嫌いで物事の判断をすべきではない。
中国、「経済崩壊にもっとも近い国」の行方—生産能力の過剰が経
済を脅かす時限爆弾にReuters 2015年09月28日 TK
9月25日、大統領主催の晩さん会における習近平夫妻。中国は中期的に厳しい経済崩壊に直面
する可能性がある(写真:ロイター/マイク・シーラー)
過去20年の間、中国はかろうじて深刻な財政危機は免れてきた。だがその良き時代も終わりを迎える日は近
いのかもしれない。
しかも、それは最近起きた株式市場の暴落が原因ではない。
今年の夏、中国の株価が暴落したことにより中国が深刻な経済危機に瀕しているのではないかとあちこちで物
議を醸している。ザ・テレグラフ紙は中国のバブル崩壊を1929年に世界大恐慌が引き起こされた時の状況と比
較している。一方でニューヨーク・タイムズとフォーチュンはバブル崩壊はただの誤認警報だったとし、中国に対
する懸念は払しょくされたと主張している。
直近の株価下落は、儲かったカネを失っただけ
短期間で見れば後者の意見のほうが確かに説得力がある。中国の金融危機は国内世帯数の15%以下にしか
影響を与えていないのだから。しかも、これら中流階級の投資家の大多数は数カ月前株価が急上昇したときに
儲けたお金を失っただけなのである。この前のあの暴落の後でさえも、上海総合指数は2014年7月と比較し
ても1000ポイントも高い数値を示している。
いずれにせよ、中国の株式価値は国内の金融組織が保有する総資産のうちの1.5%でしかなく、中国企業の
ほとんどは株式を財源としていない。消費者信頼感指数は中国の都市部や農村部での消費の成長トレンドは
安定的であると示している。そして、中国当局はいまだに経済成長を動かす権限と柔軟性を保持している。例
えば金融緩和をすることで貸付限度額の流動性を高めたり、財政措置を広げることにより家計消費を刺激した
り、だ。
しかし中国の経済がすぐに破綻しないにしても、中国が経済の崩壊を招く次の主要国である可能性が高いとい
う事実に直面していることには変わりはない。
主な要因の一つには産業の生産能力過剰がある。生産能力の過剰は中国に始まったことではないが、鉄鋼、
ガラス、セメント、アルミニウム、太陽光パネル、発電装置の部門に関しては過剰率が30%を上回っている。
30%とは借金をして減益となった企業による債務不履行を招きかねない生産能力過剰の閾値だ。中国鉄鋼工
業協会によると、供給過剰により鉄鋼価格があまりにも下落したので、鉄鋼を1トン生産したとしてもその利益
ではアイスクリーム・コーン1つさえ買うことができないという。
地方政府同士の卑劣な争いのために過剰な生産が行われてきた。高いGDP目標を達成するため、地方政府
はタックスホリデーや国有地の賃料免除などありとあらゆる助成金を提供することで新しい製造工場を誘致して
いる。さらに地方政府は企業が国有銀行からローンを安く組めるように取り計らいもする。このようなお節介が
生産コストを不自然に減少させている。
中国の経済を脅かす時限爆弾
ホワイトハウスでの共同記者会見の様子(写真:ロイター/ケヴィン・ラマルク)
企業が負債を抱えながらそれを返済しなければいけなくなってしまったことが原因で、生産能力の過剰は中国
の経済を脅かす時限爆弾となり果ててしまった。2014年の時点で鉄鋼関連企業は合計で4890億ドルもの借
金を抱えている。経済の減速、生産過剰、マクロ経済レベルでの負債の増加、これら3つが組み合わさることで
企業閉鎖と不良債権の巨大な波が生まれる可能性がある。
万が一この爆弾が爆発してしまった場合、その影響は計り知れないだろう。中国には日本のような成熟した社
会的セーフティー・ネットがないし、アメリカのような政治的安定にも欠けているため、経済の崩壊だけでなく深
刻な社会的・政治的大混乱に直面することになるだろう。
危機を回避するためには習国家主席と政策立案者たちが中国の生産能力過剰問題の抑制に注力しなれけれ
ばならない。やらなければいけないポイントは4つある。
まず第一に、習国家主席は税金特権を管理する地方政府に対して厳しい規制を設け、政府からの民間企業に
対する助成金を全て透明化させるべきである。これらを規制すれば、習国家主席も中国という国家をイノベーシ
ョンとサービス部門主体の経済へと移行していきやすいというものだ。
2番目に、習国家主席とその陣営は地方政府から反対の声があがったとしても、倒産企業の破産・清算を許
可、いやむしろ推奨すべきである。倒産企業の過保護は経営不良と低効率の長期化を助長するだけだ。
報道の自由を奨励すべき
3番目に、習国家主席の政府は中国の金融市場の改革を加速させる必要がある。国有銀行に独占されている
現在の金融制度では、企業は革新することよりもできるだけ大きく成長することに邁進してしまうため、生産能
力過剰が起こってしまう。
国有銀行は企業が大きければ大きいほど政府からの保護を受けられるため、地方政府がバックアップしている
スケールの大きいプロジェクトにお金を貸したがる。中国は未公開株式、中小企業債券、クラウドファンディング
を推奨しなければならないし、地方企業に仕える地方銀行の発展を許可すべきである。この分野に関してはア
メリカにたくさんの経験と専門知識があるので活用すると良い。
4点目に、習国家主席は報道の自由を奨励すべきである。なぜならば経済の発展、貧困削減、良きガバナンス
の確立には欠かせない要素だからだ。報道の自由化によって地方政府の監視及び規則破りの批判が可能とな
るため習国家主席の改革政策がやりやすくなるし、政府予算や助成プログラムも透明化しやすくなる。
中国経済が転換点に達したその瞬間、習国家主席のアメリカ訪問と国連持続可能な開発委員会への出席が
一度に可能となるだろう。習国家主席は無関心でいるのではなく自信を持つべきだ。(執筆:Shuaihua Wallace
Cheng)
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【JAPAN関連】
「プロレス国会」が終わって本当の問題が始まる、国の滅びる
原因は戦争だけではない2015.9.24(木) 池田 信夫 JBPress
参議院本会議場で、安全保障関連法案が可決され、拍手する議員ら(2015年9月19日撮影、資
料写真)。(c)AFP/TOSHIFUMI KITAMURA〔AFPBB News〕
長く無意味な「安保国会」がやっと終わった。日米の防衛協力体制をどう変えるかという本質的な
論議なしに些末な憲法論争に終始し、最後は与党の単独採決を妨害するプロレスごっこで終わっ
たが、法案は修正さえされなかった。
半世紀前の60年安保でも、同じような騒動が起こったが、スケールは今回よりはるかに大きく、そ
の結果、安保改正は実現したが岸信介内閣は倒れた。今回は安倍首相は自民党総裁に再選さ
れ、その政権基盤は盤石だ。プロレスに負けたのは野党である。
憲法を棚上げした「60年体制」
民主党内には解党論も出て、維新の党も橋下徹氏などが離党して分裂し、共産党は反安保の
統一戦線を組んで来年の参議院選挙で候補者調整を行う「国民連合政権」を呼びかけた。これは
いつか来た道である。
60年安保で岸退陣を「勝利」と総括した社会党は、反安保・反自衛隊の左派路線を打ち出して
社共共闘に傾斜し、右派は民社党などの形で離党した。その後は都市部で革新自治体が誕生し
たが、国政では、自民党の一党支配は変わらなかった。
1960年の総選挙で自民党は約300議席を得て圧勝し、その後も衆参ともに単独過半数を維持
した。池田勇人首相の提唱した「所得倍増」を実現する高度成長の中で、人々の支持は「富の分
配」を行う自民党に集まったのだ。
自民党内でも、安保のような危険な問題を避け、急増する税収をばらまいて集票する金権政治
が主流になった。それを代表するのが田中角栄である。彼は地方へのバラマキ公共事業で土建業
界を集票基盤にする一方、福祉充実を求める都市の有権者もバラマキ福祉で懐柔した。
他方、社会党は中選挙区で1議席を取れば100議席程度は取れるので、「非武装中立」のきれ
いごとで固定客を集める万年野党になった。このように憲法問題を棚上げして万年与党と万年野
党の固定化した時代を、北岡伸一氏は60年体制と呼んでいる。
「休火山」になった憲法問題
こうした中で自衛隊も安保条約も既成事実となり、憲法との矛盾はやがて忘れられた。しかしたま
に憲法に関する問題が起こると矛盾が表面化し、野党がそろって反対する。1990年の湾岸戦争
や、それに続くPKO(国連平和維持活動)法がそうだった。逆にいうと万年野党にとっては、「憲法
を守れ」という現状維持しか一致点がないのだ。
こういう茶番劇を終わらせようとして、1993年に小選挙区制が導入されたが、それをつくった小沢
一郎氏が細川内閣や新進党で失敗し、政権交代を果たした民主党政権も、一時は憲法改正を検
討したが結果的には見送り、今国会では60年代の社会党に戻ったようだ。
民主党の岡田代表は、もとは小沢氏とともに憲法改正を目指して自民党を離党したのに、党の
支持基盤である労働組合や旧社民党系の議員の反対で、民主党としての政策が出せないため、
現状維持の「抵抗政党」になってしまった。
このように憲法問題は、60年安保で棚上げされたまま、何かあると噴火する「休火山」のようなも
のになり、噴火が終わるとまた元に戻る。明らかに憲法に違反する「戦力」である自衛隊を放置した
まま、その海外派兵が違憲だと騒ぐ野党の論理は破綻している。
今のまま野党がバラバラだと、来年、衆参同日選挙になったら、与党が圧勝するだろう。安倍首
相は今のところ憲法改正の意思を明確にしていないが、今回の安保法制は今の憲法のもとでの限
界だ。次は第9条を改正するしかない。
野党も今回のような茶番を何度くり返しても、責任ある政党とはみなされない。政権を担うために
は野党も憲法第9条と現状の矛盾に向き合い、その改正を議論すべきだ。
切迫している問題は憲法改正ではない
いつまでも安保問題になると国会が「噴火」するのは、それが国民の関心事だからではなく、マス
コミが好んで取り上げ、野党が一致しやすいからだ。内閣府の世論調査では「政府に対する要望」
の最上位は一貫して社会保障であり、ほぼ7割に達する。防衛・安全保障はその半分以下だ。
今回も安保法案をめぐるプロレスのおかげで多くの法案が先送りされたが、成長率はマイナスに
なり、個人消費も減って、不況に入りつつある。「アベノミクス」で一時的に盛り上がった景気は、不
況の局面に入っている。
これは短期的な現象ではない。生産年齢人口が毎年1%以上減る日本で、成長率がマイナスに
なることは、長期的には避けられない。日本の潜在成長率(持続可能な成長率の上限)はほぼゼロ
であり、これを金融・財政政策で高めることはできない。
さらに深刻なのは、多くの国民の心配する社会保障である。現在の年金制度が維持不可能であ
ることはよく知られているが、医療・介護も大幅な赤字を抱えており、このまま放置すると国民負担
率(税・社会保険料)は20年後には60%を超える。
おそらくそういう状態になる前に金利上昇(国債暴落)が起こるだろうが、それが起こらないとして
も、消費税を30%ぐらいまで上げないと今の社会保障水準は維持できない。つまり日本は、重税か
社会保障カットかという「負担の分配」を迫られているのだ。
ところが安保法制では指導力を発揮した安倍首相も、財政問題にはほとんど手をつけようとしな
い。骨太の方針では「名目3%成長」を前提にした空想的な中期財政健全化計画を発表した。こ
れは財政再建は放棄したといっているに等しい。
古来から国の滅びる原因は2つしかない。戦争と財政破綻である。今は日米同盟が機能してい
る限り戦争のリスクはそれほど切迫していないが、財政危機はすでに始まっている。2017年4月の
消費税の10%への増税は、重税国家への入口にすぎないのだ。
「北方領土が返還されない」のは、なぜなのか-8月15日を終戦日
と思い込む日本人松本 利秋 :ジャーナリスト 2015年09月25日 TK
2015年2月、北方領土の日に交渉の意欲を見せた安倍晋三首相だが……(写真:AP/アフロ)
北方領土問題の根源は「ソ連軍との戦争終結の日」
1990年代初期、政権がソ連からロシアに移行する前後、北方領土を取材した事がある。
現在では稚内(わっかない)からサハリンまでフェリーがあり、羽田空港からもユジノサハリンスクまでの直行便
もあるが、私が初めて北方領土に入った1990年当時は、新潟から飛行機を乗り継いで2泊3日もかかってい
た。
東京‐新潟‐ハバロフスク‐ユジノサハリンスク-国後島(くなしりとう)のメンデレーエフ空港。機上にいる時間はト
ータルでわずか5時間ほどなのに、航空便の関係でハバロフスクとユジノサハリンスクでそれぞれ最低1泊は
しなければならなかった。この2泊3日という時間に日本と北方領土の間に横たわる政治的距離を感じざるを
えなかった。
が、ユジノサハリンスクから乗ったソ連製アントノフ26双発プロペラ機が着陸のため高度を下げた時、眼下に
広がる厚い雲の間からは北海道の緑が見えた。地理的距離にすれば、知床(しれとこ)半島から国後島までは
直線距離にして約25キロメートルしかなく、もし海がなければ歩いてでも行ける距離だ。
私自身、2度にわたって北方領土を取材し、主に択捉(えとろふ)と国後の島内をまわった。国後から択捉には
国境警備隊の軍用ヘリで渡った。その時、1941年暮れ、ハワイ真珠湾攻撃のため連合艦隊の機動部隊が集
結した単冠湾(ひとかっぷわん)上空を写真撮影は絶対にしないという条件で飛んでもらったが、私が行った時
は波がなく鏡のような海面であった。択捉島の切り立つような断崖の所々から湾内に落ちる滝が数本見えて実
に美しく、静寂を感じさせる光景であったのだ。
国後、択捉両島とも豊富な温泉資源があり、清涼な川の岸辺を少し掘れば温泉が出てくる。それを川水と混ぜ
合わせて人間が入るのに適温となるように調整する。そのような自家製温泉には何度か入ったが、景色、空気
とも実に清々しく心地の良いものであった。択捉島の博物館のような施設には茶碗や箸、汁椀などを含む日本
時代の生活雑器などが展示されており、日本人の墓地やお寺、神社なども爆破されたような跡が残ったまま放
置されていた。
北海道の北に位置する歯舞(はぼまい)、色丹(しこたん)、国後、択捉を巡って日本とソ連(後にロシア)との間で
争われてきた領土問題は戦後日本のエポックでありながらも、戦後70年の間、一般の日本人の間ではあまり
関心が持たれていない。その大きな原因のひとつは、戦争終結の日に関するわれわれ日本人の常識にあると
言えそうだ。
ソ連に北海道占領をあきらめさせた占守島の自衛戦
日本人のほとんどは、1945年8月15日に戦争が終わったと信じ込んでいた。が、前回記事でも触れたが、こ
の日はあくまでも天皇がポツダム宣言を受諾した事を国民に知らしめ、特に「死して虜囚(りょしゅう)の辱(はず
かし)めを受けず」と徹底的に教育されてきた大日本帝国陸海軍将兵に武器を置き、粛々と連合軍の武装解除
に応じるよう、大元帥として命令を下すという要素もあった。したがって多くの日本人の認識とは違ってあくまで
も休戦を宣言した日であったのだ。
正式に戦闘状態が終結したのは1945年9月2日の降伏調印からである。そのため、日本人の意識の中では
8月15日から9月2日までの間、「空白の18日間」が生じた。この間に現在まさにビビットな問題となっている
深刻な問題が引き起こされた。それはソ連による千島列島の占領に至るまでの一連の軍事行動である。
ソ連軍はまさにその直後、8月16日に当時日本領であった南樺太(南サハリン)に攻め入ってきたのである。
日本軍は自衛のために頑強な抵抗を見せたが、激戦の末ついに8月18日、ソ連軍に降伏を余儀なくされた。
それでも日本軍は粘り強い抵抗を続けたため、ソ連がやっとサハリン全土を占領したのは8月25日になって
いた。
同じく、8月18日未明にはカムチャツカ半島の砲台から占守島(しむしゅとう)に向けての砲撃を開始。千島列
島占領作戦が始まった。大挙上陸して来たソ連軍に対して占守島守備隊が自衛のために防戦。激しい戦闘と
なった。守備隊は大小80門以上の火砲と戦車85輌を持っていたのである。これをソ連軍上陸地帯に集中さ
せ、ソ連軍に戦死傷者3000名以上という大損害を与えたのだ。これは満州、樺太を含めた対ソ連戦では日本
軍最大の勝利となった。
8月21日に日本軍守備隊とソ連軍の間で停戦交渉が成立し、この島での戦闘は終了した。しかし、その後もソ
連軍は千島列島伝いに南下を続け、北千島南端の得撫島(うるっぷとう)までの占領を完了したのは8月31日
の事である。
北千島で行われた日本軍の激しい抵抗により、ソ連の南下作戦は遅れてしまい、戦略目標に重大な狂いが生
じた。それはソ連軍による北海道占領作戦であった。スターリンは当時のトルーマン米大統領に対して北海道
の北半分にソ連軍が入り、日本軍の降伏を受けたいという要求を続けていた。スターリンは釧路と留萌(るも
い)を結ぶ線で北海道を分割し、戦後の日本占領に加わるという戦略を立てていたのだ。
ソ連軍が北海道占領をあきらめざるをえなかったのは占守島を始め、各地で日本軍が激しい自衛戦争を敢行
したからである。この事で予定が遅れ、その間に米軍が体制を整える事ができた。トルーマン大統領は、日本
本土はすべてアメリカ軍の占領下に置くとし、それに応えてマッカーサー連合国軍司令官がソ連の要求をはね
つけた。そのため、ソ連は8月22日、ついに北海道占領計画を断念せざるをえなかったのである。
その一方でスターリンは千島侵攻を命じ、樺太から大部隊を派遣し、8月28日には択捉島を占領。9月1日に
は国後と色丹島に上陸。9月2日には歯舞諸島侵攻作戦が発動され、9月5日、無血占領に成功。これによっ
て全千島を占領する事となったのである。この間、北千島とは事情が大きく違っていた。北方4島では日本軍
による自衛のための防衛戦闘が行われなかったという点である。
北方4島で抵抗をしなかった日本
ここに至る過程でわれわれ日本人が留意しなければならない問題がある。それは、北方四島にソ連軍が侵攻し
てきた時、日本軍も住民もソ連に全く抵抗しなかった事である。
日本全土がB29の無差別爆撃で焦土と化し、食料もなく、絶えず空襲による死の恐怖にさらされている当時の
状況下では、表面上はともあれ、日本人の心の奥底には、どんな状態であっても一刻も早く戦争が終わればよ
しとする厭戦気分が蔓延しており、8月15日で戦争が終結したと思い込むのは自然の感情であった。
だから多くの国民は8月15日の意味を理解せず、9月2日をほとんど考慮に入れないのが普通であったろ
う。が、冷徹な国際法の観点からすれば、ソ連軍の攻撃に全く抵抗しなかったのは戦闘放棄であり、日本が降
伏調印をする9月2日まではソ連の行動は合法であった。
したがって日本も自衛のために9月2日までは防衛戦闘を行う権利があったのである。
この点からすれば、ソ連の北方領土占領作戦のうち、歯舞諸島に関する戦闘行為は、日本が降伏調印した9
月5日まで続いたから、9月2日から5日までの3日間はソ連の軍事行動は不当であり、不法な行為とみなす
べきである。
いずれにしても、戦闘放棄とみなされかねない日本の行為は、国際常識に照らし合わせると北方4島は日本
の領土であると主張する日本側の論拠を弱める歴史的事実とされるのだ。北方領土が日本固有の領土なら、
ソ連侵攻の時には血を流して抵抗するべきではなかったのかという批判があるからだ。
私自身2度にわたるこの地での取材で、北方領土出身のソ連(ロシア)人国会議員たちと議論となったひとつに
このことがあった。当時の彼らの主張として、北方領土を無血占領した事を挙げ、日本人は自らの領土ではな
い事を知っていた証拠であるとしていた。そして島々は日本固有の領土ではなく、元々はアイヌ民族のものであ
り、ソ連が日本からアイヌ民族を解放したものである。したがって島を返還するのは日本ではなくアイヌ民族に
対して行うべきであるという、日本人にとっては突拍子もない理屈を述べたのである。
とは言うものの、北方4島を無血占領できた理由についての解釈は、国際社会の見解のひとつとしてそれなり
の説得力があったと言わざるをえない。
しかし、ソ連が占領した北方領土、日本が固有の領土と主張する国後、択捉、歯舞諸島、色丹の島々は戦後、
度重なる交渉を重ねたが、現在も占領され続け、旧住民は故郷を奪われたままである。そして日本とソ連を引
き継いだロシアの間には、未だに平和条約も結ばれていないのが現状である。
今が4島返還の交渉をする機会か
日本政府は一貫して4島の返還を要求し、ソ連からロシアに変わった現在でもロシアはそれを拒み続けるとい
う構図が残っている。最近ではロシア政府高官が相次いで北方領土を訪問し、4島の国際共同開発計画を発
表し、これに日本も加わるように要請するメッセージをアピールして、4島の実効支配を国際社会に印象づけよ
うとしている。
さらにはプーチン大統領が、北方領土区域を含む土地をロシア国民に無償で渡す法案を、早急に国会で成立
させるよう促す発言を全世界のメディアに流している。
これら一連の動きを見ていると、領土交渉はますます困難になっているとの予測が成り立つ。しかし、ウクライ
ナ、クリミア問題で西側から経済制裁を受けているロシアにはサバイバルのための選択肢が狭くなってきてお
り、日本との経済協力が必要不可欠である(この点については拙著『逆さ地図で読み解く世界情勢の本質』(SB
新書)にも詳しく書いている)。
この視点に立てば、北方領土の価値をできるだけ吊り上げ、交渉のカードとしての付加価値をつけようとしてい
るものと思われる。その証拠のひとつは、土地の無償供与法案は来年度に提出されるもので、まだかなりのタ
イムラグがある。このタイムラグをコントロールできるのはプーチン大統領であると宣伝しているともいえる。
これは大統領自らが、「私と交渉するには今がチャンスだ」との日本に対するアピールであり、交渉に応じるシ
グナルと見ても間違いではないだろう。したがって、時間はかかるが北方領土問題はプーチン大統領が存続す
る限り、進展していくことになるだろう。
日経平均、現実味を帯びる1万7000円割れ、市場には株価浮揚
の材料が見つからない江守 哲エモリキャピタルマネジメント代表取締役 2015年09月24日
独フォルクスワーゲンのヴィンターコーンCEOは辞意を表明。世界の自動車株への影響はどの
程度になるのか・短期的な下落で済むのか(写真:ロイター/アフロ)
日本がシルバーウィークの5連休を楽しんでいる間、世界の株式市場が下落基調を強めている。23日のNY
ダウ(ダウ工業株30種平均)は続落、前日比50ドル安の1万6279ドルで取引を終えた。突如発覚したドイツ
のフォルクスワーゲン(VW)の不正問題やFOMC(米連邦公開市場委員会)での決定に対する失望が尾を引い
ている格好だ。筆者が指摘している中国経済への懸念もあり、株価浮揚の材料を見つけるのが困難になりつつ
ある。
「好転する」兆しのない原油価格
9月16・17日のFOMCについての解説や、それに対する市場の反応についてはすでに報じられているので、
ここでは深入りしない。だが、今回のポイントはFRBが金融政策決定プロセスについて、「真の独立性」をほと
んど放棄したことにあるのではないか。
つまり、イエレンFRB議長はハト派とはいえ、すでにかなり前から「年内利上げ」を宣言している。これを撤回す
ることは、FRB(米連邦準備制度理事会)の信任失墜に直結する。したがって、現時点ではかなり困難になりつ
つある年内利上げの可能性を依然として維持しながら、胸の内は「早く世界経済が改善し、利上げできるように
なってほしい」と願っているに違いない。
問題は世界経済だけではない。インフレ率の低迷もある。インフレ率に大きな影響を与えているのが原油価格
だが、その原油市場が好転する兆しがない。もちろん原油価格が「運よく」上昇すればその限りではないが、こ
のままだとインフレ率の上昇はありそうもない。とすると、FRBの「デュアル・マンデート」(2つの委任された権
限)である「雇用とインフレ」についての目標達成はあり得ない。
残念ながら、FRBやECB(欧州中央銀行)、日銀などの中央銀行の金融政策決定者は、金利操作はできても
原油価格を操作することはできない。
米国のオバマ政権は、シェールオイルの増産をてこに、雇用創出と景気回復を目論んだ。ここまでは良かった
のだが、これが原油価格の下落を引き起こし、世界の景気や金融市場に結果として悪影響を与えたことは誤算
だった。さらに中国経済の大幅な減速という難題も浮上してきた。FRBができることはすでに限られており、今
後も厳しい政策対応が迫られることになる。わずか1カ月でFRBが利上げできるような環境に劇的に改善する
はずもなく、もし、この状況下でFRBが10月27日・28日の次回FOMCで利上げをすれば、それは驚きでしか
ない。信任が失墜するだけである。
高い変動率が続き、売りが加速する懸念
今回のFRBの利上げ見送りによって、株価にとっての今までの良いパターン、つまり「利上げ見送り→市場に
安心感→株価上昇」のサイクルが、「利上げ見送り→世界経済の不透明感→市場に不安感→株価下落」の悪
いパターンに転じた点はきわめて重要である。
年内のあと3カ月で、FRBが願うような「世界経済の回復と原油価格の反転の兆し」が確認できるのだろうか。
それがなければ、年内利上げは見送られ、市場の不安定さだけが残ることになる。
一方で、筆者は、市場関係者が「FRBの利上げ時期にあまりに執着しすぎ」だと感じている。より重要なのは、
FRBの利上げ時期よりも、繰り返し警鐘を鳴らしているように、中国経済の悪化と企業業績の修正リスクだ。
業績予想はこれまでの経済環境を前提としたものである。この大前提が崩れてしまえば、割安とみられていた
株価収益率(PER)は、一転して割高となってしまう。また市場にショックがあった場合には、株価が割安な水準
でも売られることさえある。
ヘッジファンドや機関投資家などのプロといわれる投資家には、株価急落時には、それに伴う資産目減りを回
避するため、機械的にポジションを調整、つまり株式の売却を行う傾向がある。また市場ボラティリティ(変動
率)が高まった場合にも、収益のブレを低減するため、同様に機械的に株式の売却を行う。
このように、高いボラティリティを伴った下落局面が到来すると、機械的な売りが出るのが現在のグローバルマ
ーケットの性質だ。現在の市場構造を理解していないと、割安な株を購入したつもりでも、一時的に大幅な含み
損を被ることになりかねない。
日経平均1万6000円割れの懸念も
こうした、ただでさえ不透明な市場環境の中に、大きな問題が発覚した。フォルクスワーゲンによる排ガス試験
の不正問題である。調査の対象は米国から欧州などにも広がっている。世界経済のけん引役である自動車業
界への不信感が高まる懸念がある。
同社のマルティン・ヴィンターコーン最高経営責任者(CEO)は辞意を表明したが、自動車業界への不信感が尾
を引くようだと、経済面だけでなく、世界の株式市場への悪影響は不可避であろう。
また円高リスクにも引き続き注意が必要である。今、米国が望んでいるのはドル高ではなく、どちらかといえば
ドル安である。日本サイドにドル円相場の方向性に関する「実権」はないため、いつ円高に進んでもおかしくな
い。
もちろん、現状では円高は日本株にとっては上値抑制要因になる。ドル円の上昇は「平均3年」とされ、2012
年に始まった今回の円安局面はすでに3年が経とうとしている。
外国人投資家は今回の下落局面で日本株を大きく売り越したが、いったん離れた市場にすぐに戻ってくること
はないだろう。そのため、日本株は半年程度、安値圏での低迷を強いられることになるのではないか。
10月に日銀が追加緩和を実施し、これが株価反転につながるとの期待もあるが、果たしてどうだろうか。筆者
は、2014年10月31日の「黒田バズーカ第2弾」前日の日経平均高値1万5701円と、大幅緩和が実施され
た10月31日の始値1万5817円に開いているマドが気になって仕方がない。つまり、1万7000円割れどころ
か、黒田バズーカ第2弾直前の水準まで相場が逆戻りするのではないかという懸念を持っている。この筆者の
懸念が、杞憂に終わればいいのだが。
24日以降、今後1週間の日経平均株価の予想レンジはかなり広くなるが、1万6500円~1万8000円とした
い。
簡単すぎて拍子抜け iPhone のSIMロック解除
ジャーナリスト 石川 温 2015/9/26 日経Net
25日に発売された「iPhone6s」「iPhone6sプラス」は高性能カメラや感圧タッチパネルといった表の新機能
に加え、国内初の「SIMロック解除対応iPhone」という“裏”の特徴でひそかな注目を集めている。これまで未
対応スマートフォン(スマホ)の象徴的存在だったiPhoneでも、ついにSIMロックが解除できるようになった点で
日本国内に与えるインパクトは大きいだろう。さっそく試してみたところ、箱から出す必要さえなくあっさりと解除
ができ、かたくなに今まで解除しなかったのはいったい何だったのかと拍子抜けするほどだった。
SIMロック解除は、ユーザーの乗り換えを簡単にし携帯電話会社(キャリア)間の競争を促進するため、2011
年に総務省の主導で積極的に導入が進められた。だが、iPhoneを独占的に扱っていたソフトバンクは「iPhon
eは我々の武器である」(当時の孫正義社長)とかたくなに拒否。同年にiPhoneを導入したKDDIの田中孝司社
長も「通信方式が他社と異なる」と主張して、これまたSIMロック解除の要請を無視した。
新型iPhoneの発売イベントに登壇したNTTドコモの加藤薫社長
総務省の指導に応じてAndroidスマホでSIMロック解除に対応していたNTTドコモも、2013年にiPhoneの販
売を開始した際には、他社にならってかiPhoneではSIMロック解除に対応してこなかった。その結果、国内で
は3社そろってSIMロックがかかった状態でiPhoneを販売してきた。
■ドコモだけ即日可能
こうした各キャリアの対応に業を煮やした総務省では、今年5月にSIMロック解除の義務化を実施。この春以
降に発売となるスマホはすべて、ユーザーからSIMロック解除を求められたら対応することが全キャリアに義務
づけられた。
しかし、各キャリアとも総務省の要望を100%受け入れたわけではなく、そろって「購入後180日間はSIMロッ
ク解除を行わない」というルールを追加してきた。その狙いは、すぐに転売されることを防ごうというものだ。
日本では、購入時に端末代金を一括で支払わずに割賦で契約するのが当たり前。通常は2年間に分割して
支払っていくが、その途中で残債を支払わずに行方をくらまし端末を転売する人が現れる危険性を恐れたの
だ。そうした転売を防止するために考えた策が180日間はSIMロック解除に応じないというルールをつくること
だったのだ。
特に、世界的に人気もあるiPhoneは日本国内で購入してすぐ海外に転売すればもうかることがある。実際
に、昨年はアップルストアで販売されたSIMフリーモデルに中国人が大量に行列をつくることがあった。このた
め、当然のように今回の新iPhoneでも180日ルールを適用している。
NTTドコモだけでなく、どこのキャリアで契約したiPhoneでも180日たてば今回からSIMロッ
クを解除できる
しかし、3社の中でNTTドコモだけは180日ルールに例外を用意した。これは、これまでのAndroidスマホで
端末代金の残債さえ残ってなければ契約してすぐにSIMロックを解除してきた過去があるからだ。このため、当
初は他社同様すべての場合に180日ルールを適用すると発表したNTTドコモに対して、SIMロックを解除して
利用してきたユーザーたちから「改悪だ」と猛反発が起こり、ついには交流サイト(SNS)上などで炎上状態とな
ってしまった。
騒動を受けて、NTTドコモでは「過去にSIMロックを解除したことがある人は、前回のSIMロック解除手続きか
ら6カ月が経過していれば、スマートフォン購入後180日未満でもSIMロック解除に応じる」とルールを改定し
た。これにより、過去にSIMロック解除をしたことあるユーザーは、25日に発売された「iPhone6s」「iPhone6s
プラス」でもすぐにロック解除できるようになったのだ。
■箱から出さずに解除
そこで25日朝にNTTドコモのiPhone発売イベントを取材した後にドコモショップで予約していたiPhone6s
(64ギガバイトのシルバーモデル)を購入し、さっそくSIMロックを解除してみた。そのまま店頭でショップ店員に
頼めばすぐ対応してくれるはずだが、店頭や電話で手続きする場合は3000円の手数料が必要となってしまう。
NTTドコモのオンラインサポート「マイドコモ」からSIMロック解除の手続きができる
だが、オンラインで手続きすれば無料でできるはずだ。契約手続きを終わらせてからNTTドコモのオンライン
サポート「マイドコモ」のサイトに接続してみた。ログイン後、「ドコモオンライン手続き」の項目に入り、ページの
下の部分にある「SIMロック解除」というリンク先を選ぶ。
手続きに必要なのは、解除したいiPhoneのIMEIと呼ばれる製造番号だけだ。箱や本体の設定メニュー内に
記載されているIMEI番号を確認しページに打ち込めばよい。筆者の場合はiPhoneの箱を開けることさえなく、
箱底面に記載してあるIMEI番号を入力したら、オンライン上でSIMロック解除の手続きが実行されて完了のメ
ールを受け取れた。作業はこれだけで、iPhone本体に手を触れる必要はいっさいない。
メールを受け取った後に実際に箱を開け、各社のSIMカードを挿して動作を確認してみた。まずドコモ、次にK
DDI、さらにソフトバンクのSIMカードを挿してみたところ、すべてて問題なく通信できた。
実にあっさりとSIMロック解除できてしまったことになる。あれほど、各キャリアがSIMロック解除をかたくなに
拒んでいたのは何だったのかと、思ってしまうほどだ。
■市場活性化の起爆剤になるか
iPhoneのSIMロックが解除できるようになったことが、日本市場にどのような影響を与えるかは未知数だ。
NTTドコモの加藤薫社長は、iPhoneの発売イベントで「(Androidで)過去にSIMロック解除をしたのは30万
件程度。(iPhoneに関しては)今のところどうなるか見えていない。人気のある機種だけにこれから注視してい
きたい」としている。
実はAndroidスマホは納入先のキャリアに合わせて、メーカーが対応する周波数帯を調整している。このた
め、せっかくSIMロックを解除しても、いざ他キャリアに移動してみると「電波がつながらない」という事態が発生
する恐れがある。
だが、iPhoneはアップルから国内3キャリアすべてにまったく同じ仕様の端末を納入している。そのため、SI
Mロックさえ解除すれば、どこのキャリアに移っても問題なく電波をつかめるメリットがあるのだ。
発売イベント後にSIMロック解除の影響について答えるNTTドコモの加藤社長
iPhoneのSIMロックを今すぐ解除できる人は「6カ月以上前にSIMロック解除したことのあるNTTドコモのユ
ーザー」に限られるが、それ以外のユーザーも購入後180日以上が経過した来年3月以降から、NTTドコモだ
けでなくKDDIやソフトバンクを含む全ユーザーでSIMロックが解除できるようになる。
こうして対象ユーザーが増えるにしたがって、総務省が期待するようなユーザーの流動ははたして起きるの
か。また、そのタイミングを見計らい、仮想移動体通信事業者(MVNO)たちが攻勢を仕掛けてくるのか。それと
も3キャリアの別の囲い込みが強化されるのか。
日本で断然の人気を誇るiPhoneのSIMロック解除に対するユーザーの反応次第で、モバイル業界はまた騒
がしいことになりそうだ。
石川温(いしかわ・つつむ)
月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外の
モバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。ラジオNIKKEIで毎週木曜22時からの番
組「スマホNo.1メディア」に出演中(radiko、ポッドキャストでも配信)。ニコニコチャンネルにてメルマガ
(http://ch.nicovideo.jp/226)も配信。ツイッターアカウントはhttp://twitter.com/iskw226
マイナンバー始動への注意点 編集委員 関口和一 2015/9/27 日経Net
税と社会保障の共通番号制度、いわゆる「マイナンバー制度」がいよいよ来月からスタートします。実際の運
用は2016年1月からですが、10月から国内に住む日本人や外国人を対象に12桁の共通番号を記載した「通
知カード」が郵送されます。一緒に送られてくる申請用紙に必要事項を記載して各市町村の窓口に送れば、IC
チップや顔写真などが入った「個人番号カード」を取得することができます。マイナンバー制度の導入の経緯に
ついては昨年12月にこのコラムでも採り上げましたが、本番を迎えるにあたり、制度の効用と注意しなければ
ならない点などを改めて確認してみたいと思います。
■健康保険証や社員証などと一体化
出典:内閣府ウェブサイト掲載の「個人番号カード」イメージ図
まず「マイナンバー制度とは何か」ということですが、「税と社会保障の共通番号」という言葉が示す通り、本来
の狙いは課税や社会給付などの行政事務作業を効率化するとともに、課税逃れや不正受給などを排除しよう
というのが制度導入の狙いです。ただ、それだけでは国民側がメリットを感じにくいため、健康保険証や公務員
の身分証明書、企業の社員証などと一体化し、様々な行政サービスを受けやすくしようというわけです。
そのひとつの策が、2017年4月から予定されている消費税率引き上げに伴う飲食料品などへの軽減策への
活用です。つまり個人番号カードのICチップを店頭で読み取り装置にかざすことで引き上げ分の2%を還付しよ
うというものです。これは財務省が提示した案ですが、課税強化や社会給付の削減に使える個人番号カードを
早期に普及させるための策だともいえるでしょう。しかし還付を受けるためには常に個人番号カードを持ち歩く
必要があり、店舗でも余計な手間がかかることから、野党や中小企業などが反対しており、最終的にどうなるか
はまだ不透明な状況です。
一方、個人番号カードを国家公務員の身分証にする案はほぼ固まりました。これにより各省庁は自前で身分
証を発行する必要がなくなり、カード発行のコストを軽減できる一方、職員も複数の身分証カードを持ち歩く必要
がなくなります。一般国民向けにはすでに住民基本台帳カードが発行されていますが、住基カードは用途が限
定され、これまであまり普及しなかったことから、それを置き換えようというわけです。新制度では個人番号カー
ドを取得する際に住基カードは返却することになっており、今後は運転免許証などを持たない高齢者には個人
番号カードが身分証明書の代わりとなります。
そうした観点から、個人番号カードを広く普及させるため、新制度では勤務先の事業者が従業員に代わって
個人番号カードを申請し、従業員に配れるようになりました。事業者は来年1月から給与明細書や源泉徴収票
などの書類に個人番号を記載する義務が生じますが、従業員から個々に番号を収集するには手間がかかりま
す。事業者による代行申請は、事業者側があらかじめ個人番号を把握できるようにすることで、事務負担の軽
減と個人番号カードの普及を一緒に進めてしまおうという狙いです。
個人番号カードの配布を巡っては、新たな問題が浮上してきました。個人番号を記載した紙の通知カードは
10月から一方的に郵送されますが、個人番号カードの配布は来年1月から国民の申請に基づいて行うことに
なっています。前回の住基カードの例では普及に時間を要したことから、政府は当初、時間をかけて配布してい
く考えでいました。しかし財務省が示した消費増税の軽減策で個人番号カードが必要になると、国民全員に同
時配布する必要が出てきます。ところがICチップを搭載し、必要な情報を記録するには一定の時間がかかり、
それを担う印刷会社の供給能力不足問題が生じてしまったのです。
野党などが財務省案に反対しているひとつの理由もこの点にあります。個人番号カードが一斉に行き渡らな
いのであれば不公平になるという指摘です。ただ本当に供給能力が不足しているのかどうかは疑問の余地が
あります。政治的な駆け引きの中で様々な選択肢を残しておくための政府側の口実ともいえるでしょう。
■個人情報保護でガイドライン
事業者向けに開かれたマイナンバー制度の説明会(8月、大阪市住之江区)
制度変更の問題は企業にも重くのしかかってきます。税や社会保障に関する手続きに個人番号を記載するに
は、企業は番号情報を安全に保存しておく必要があります。また個人番号にひもづけられた社員データベース
などは「特定個人情報ファイル」と呼ばれ、取り扱いに厳しい制限がかけられます。源泉徴収など「関係事務」と
呼ばれる目的にしか利用できず、グループ会社間で同じファイルを共有することも禁じられています。こうした制
限はマイナンバー制度の個人情報保護対策にあたる「特定個人情報保護委員会」が細かくガイドラインを定め
ていますので、企業の人事部門などはあらかじめ熟知しておく必要があります。
個人番号カードを取得する国民にも注意が必要です。事前に送られる通知カードは10月5日時点の住民票
にある住所に郵送されます。引っ越しをしても住民票を移していなかったり、就学や就職などで住所を移してい
なかったりすると、通知カードを受け取れないことがありますので、早めに住民票を居住地に移しておく必要が
あるといえます。
マイナンバー制度では個人番号のことばかりが話題に上りますが、実は企業にも10月から13桁の法人番
号が振られます。いわゆる「企業版マイナンバー制度」と呼ばれるものです。企業の場合はこれまで各省庁が
バラバラな番号を採用してきましたが、それを統一することで行政事務の効率化を進めようという狙いです。番
号が共通化されれば、入札参加資格や許認可の取得状況などを簡単に確認することができます。経済産業省
ではこうした業務の効率化により年間70億円の経済効果が見込めると試算しています。
ただ個人番号や法人番号を企業の情報システムに取り込むには、システム変更などの負担が生じることにな
ります。マイナンバー制度の導入に伴うシステム変更の需要は、ソフトウエアやサーバーなどを提供するIT(情
報技術)産業には特需ですが、ユーザーである企業にしてみれば、新たな出費を迫られるだけでなく、すみやか
に変更作業を進めておかなければ新制度に対応できないといった問題も起きかねません。
ではマイナンバー制度の導入にあたり、個人として注意しなければならないことは何でしょうか。
IT各社などのマイナンバー対応の関連セミナーでは多くの質問が飛び交う(6月、東京都内)
様々な行政サービスを受けるためには、まず通知カードで送られてくる個人番号をきちんと記録し、安全に保
管しておく必要があります。例えば、児童手当の申請や確定申告の際などに個人番号が必要になるほか、一
部の自治体では個人番号カードを提示することで、コンビニで住民票を取得できるようになります。マイナンバ
ーの活用範囲は当初、税と社会保障関連のみでしたが、9月のマイナンバー法改正で、メタボ健診や予防接種
の受診履歴なども、引っ越し先の自治体や転職先の健康保険組合に引き継ぐことが可能になりました。
■金融資産はガラス張りに
さらに改正法では個人の貯蓄口座にも個人番号を記載することが求められます。現在はまだ任意ですが、将
来の資産課税をにらみ、そう遠くない時期に記載が義務化されることでしょう。結婚した女性が旧姓の銀行口座
を使う場合など、これまで個人の預金をすべて把握するには限界がありました。しかし銀行口座などに個人番
号を記載するようになれば、金融資産を簡単に把握できるようになります。預金者である国民としては、金融資
産が今後はガラス張りになることを自覚しておく必要があります。
実はこうした金融資産に対する番号の導入は1980年にも試みがなされました。「マル優」と呼ばれる少額貯
蓄に対する非課税制度の抜け穴を防ぐため、「グリーンカード」と呼ばれる番号制度が考案されました。しかし
国民1人ひとりに番号を振ることは「国民総背番号制につながる」という反発が生じ、お蔵入りとなってしまいま
した。それがきっかけとなり、海外では一般的な個人番号の導入が日本では政治的にタブー視されるようにな
り、これまで導入が遅れてしまいました。
マイナンバー制度が導入された後、活用したいサービスもあります。制度の運用開始から1年後にあたる
2017年1月から「マイナポータル」というネット情報サービスが始まります。税や社会保障などに関する自分の
情報をネット上で確認できるというもので、引っ越しの際に電気やガスなどの住所変更手続きなども一括ででき
るようになります。国の機関同士で個人の情報照会が始まるタイミングでもあり、自分の情報がどう使われてい
るのかを国民自身が自分の目で確かめられるようにし、不安を取り除こうという狙いです。
マイナンバー制度始動への準備は大企業ではそれなりに進んでいるものの、従業員数100人未満の企業で
はまだ7割以上が未対応だという調査もあります。また金融資産への番号記載が義務付けられれば、個人資
産の一部が海外に流れるといったことも懸念されています。しかし行政事務にかかる膨大なコストを削減し、課
税逃れや社会給付の不正受給などを排除していくには番号制度の導入は避けて通れないといえるでしょう。
また東日本大震災でも指摘されたように、個人番号があれば様々な災害対策や被災地支援などにも活用す
ることができます。将来的には医療機関における診療報酬明細書(レセプト)のデータとも連携させることで、無
駄な治療や投薬を減らし、医療費の削減に役立てることもできるでしょう。複雑でわかりにくい制度を政府はな
るべくシンプルにし、その仕組みを国民に周知徹底し、不安を与えぬようにする必要があります。日本経済の効
率性や競争力を高めるためにも、マイナンバー制度を成功させることが求められています。
夜の街で働く「副業キャバ嬢」がいなくなる日、"副業する人"を襲う
「マイナンバー」の恐怖門倉 貴史 :BRICs経済研究所所長 2015年09月29日 TK
昼はOL、夜はキャバ嬢というあのコに危機が迫っています(写真:KAORU / PIXTA)
10月中旬から、いよいよ各家庭にマイナンバー(個人番号)の通知カードが送られてくる。個人は紛失しないよ
うに気をつけなければいけないし、会社の担当者は従業員や取引先から必要なマイナンバーを集めるのに苦
労しそうだ。
そんな中にあって、意外な職業が大きな影響を受けるかもしれない。それは、夜の街で働くキャバクラ嬢たち
だ。
キャバ嬢サクラの悩みとは
8月のある夜、筆者は東京・六本木にある某キャバクラを訪れた。いつものようにサクラ(仮名、28、未婚)を指
名した私は、彼女と次のような会話をした。
門倉:あれ、サクラちゃん、浮かない顔しているけど、何か悩んでいることでもあるの?
サクラ:あっ、いいえ、なんでもないんです。すみません、ボーっとしてしまって。
・・・サクラはあわてて、水割りのグラスを私のコースターに乗せた。
門倉:悩みがあるなら相談に乗るから、何でも言ってごらんよ。
週刊東洋経済10月3日号(9月28日発売)の特集は『いよいよ来るぞ マイナンバー』です。個人番号
で税、社会保障、災害対策を一元化、将来は預金口座にもひも付くことに。そのメリットは?セキュリティは?全
50ページで徹底検証しました。上の画像をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします
・・・サクラは少し躊躇する様子を見せたが、私に促されるままに、自分の悩みを打ち明けてきた。
サクラ:来年1月から、マイナンバー制度が始まると、キャバクラで副業していることが会社にバレてしまうかも
しれないって周りの女の子たちが話していて・・・・。私も会社には内緒で働いているので。本当にバレてしまうん
ですかね?
・・・サクラは中小企業の正社員として働いているが、会社の業績が振るわず、年収は280万円程度。生活費や
遊興費の足しにするため、3年ほど前から、アフターファイブはキャバクラのホステスとして働くようになった。
ホステスとしての年収は200万円ほどになるが、これまでサクラはホステスとして働いた分の所得を税務署に
確定申告していなかった。確定申告の意味さえ、よくわかっていないようだった。
副業のキャバクラを辞めようとしている女性が増えている
門倉:確定申告はきちんとしなくちゃいけないなあ。サクラちゃんは個人事業主としてキャバクラの経営者から報
酬を受け取っているわけで、毎月のお給料から10.21%の所得税が源泉徴収されているでしょ?
サクラ:ええ、確かに。
門倉:サクラちゃんは、年間の報酬から実際にかかった経費を差し引いて、自分で所得を計算して税務署に確
定申告しないと。源泉徴収の額よりも年間の支払うべき税額が多い場合は、追加で所得税を納付しなくちゃい
けないし、逆に少ない場合には還付金として戻ってくるよ。
なぜ税務署は気がつかず?
サクラ:そうなんだ。でも、なぜ今まで確定申告してなかったのに、税務署から何も言われなかったの?
門倉:それは実際上の問題として、税務署が確定申告をしていないホステスを特定することが難しかったからだ
と思うよ。今までの支払調書には、ホステスの住所と氏名しか記入する欄がなかったので、税務署はマンパワ
ーの制約もあってホステス本人を特定しづらかったんだよ。
キャバクラの経営者は、年間50万円以上の報酬を支払っているホステスについては、報酬の支払調書を税務
署にきちんと提出しているはずなんだ。2016年分からは支払調書にマイナンバーの記入欄が加わるから、税
務署がそのマイナンバーを活用すれば、確定申告していないホステスを簡単に把握できるというわけさ。
サクラ:マイナンバーが始まると、必ず確定申告しないとダメだってことなのね。でも、なぜ確定申告をすると、私
がキャバクラで働いていることが会社にバレてしまうの?
門倉:それは、住民税の支払額でバレてしまうのさ。サクラちゃんが税務署にキャバクラで働いた分の所得を確
定申告すれば、その内容が税務署から(住民税を徴収する)サクラちゃんの住む市区町村に知らされるんだ。
通知を受けた市区町村は、会社からの給与と副業所得とを合わせた合計額をベースにして、翌年に徴収する
住民税額を決定する。
この住民税額はさらに、サクラちゃんが勤める会社に通知される。会社は市区町村がサクラちゃんの副業所得
分も含めた総合所得を基に計算した住民税額を給与から天引きする。給与が同水準の同僚と比べれば明らか
なことだけど、副業をしているためにサクラちゃんが支払う住民税額だけが上がってしまい、この時点で副業し
ている事実が会社に発覚してしまうというわけさ。
サクラ:やっぱり女の子たちの噂は本当だったのね。会社に副業で水商売していることがバレてクビになったら
困るので、年内でキャバクラの副業はやめようかな……。
アンケート「マイナンバー制度開始に伴ってキャバクラの副業を辞めますか?」
筆者のアンケート調査では、サクラと同じように、マイナンバー制度導入のタイミングでキャバクラを辞めようと
考えているホステスは全体の3割程度に上る。
辞める理由としては「会社に副業がバレてしまうから」という回答が圧倒的に多かったが、「家族にバレてしまう
から」という回答も多かった。
キャバクラをはじめとする夜のお店では、学生が親に内緒で働いているケースや、結婚していて夫に内緒で働
いているケースがある。本人が親や夫の扶養家族になっている場合、確定申告することで所得が明らかになる
ため扶養に入れなくなり、そこで家族にバレてしまうのだ。
2016年以降、人手不足は深刻化の可能性
マイナンバー導入に伴う「会社バレ」や「身内バレ」を恐れて辞めてしまうホステスが多いので、2016年以降、キ
ャバクラやクラブなど夜のお店では人手不足が深刻化する可能性が高い。
では、副業としてキャバクラで働いていたホステスが、会社バレや身内バレを恐れてキャバクラを辞めることで、
どれぐらいの経済損失が発生するのだろうか?
警察庁の資料やネット上のデータをもとにした筆者の推計によると、全国のキャバクラで働いている女性の数
は11万8960人(2014年末時点)。そのうち、本業で働いている女性が3万8000人。残りの8万0960人が副
業だ。
マイナンバー制度導入に伴うキャバクラの経済損失
アンケート結果に基づいて、副業者の3割が会社バレや身内バレを恐れてキャバクラを辞めると仮定すれば、
その人数は2万4288人。ホステス1人あたりの平均年収(副業の場合)が200万円ぐらいなので、売上高の
50%がホステスの報酬とすれば、年間約972億円もの経済損失が発生する。
副業離れはホステスに限った話ではない。ビジネスパーソン全体で副業離れが進む恐れもある。現状、会社の
就業規則に反して、こっそり副業に従事しているビジネスパーソンは、筆者の推計では約276万人に上る。ビジ
ネスパーソンの副業としては、家事・掃除や結婚式の出席、墓参りなど、各種の代行業が人気になっているが、
こうした業界では将来的に人手不足が深刻化する可能性があるだろう。
(週刊東洋経済10月3日号「直前対策 マイナンバー」特集より抜粋)
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【ASIA関連】
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【USA・北米関連】
米大統領選、トランプに迫るカーソンって何者? サンダースって
誰?高濱 賛2015年9月26日(土)日経ビジネス(NBO)
高濱 賛在米ジャーナリスト米政治・経済・社会情勢を日本に発信している。1969年、米カリフォル
ニア大学卒業、読売新聞社に入社。米特派員、総理官邸・外務省担当キャップ、デスクを経て、調査研究本
部主任研究員。98年からUCバークレー校上級研究員。同年から現職。
共和党候補による2回目のテレビ討論会が終わりました。
高濱:支持率で首位を走る不動産王ドナルド・トランプを抑えようと、他の候補は集中砲火を浴びせました。
共和党体制派が推すフロリダ州元知事のジェブ・ブッシュはじめ、フロリダ州選出上院議員のマルコ・ルビオ、
テキサス州選出上院議員のテッド・クルーズ、ニュージャージー州前知事のクリス・クリスティら「政治経験」組は
トランプに政治経験がないことや、大統領としての素質を欠くことを異口同音に攻撃しました。が、大きな効果は
得られずに終わりました。
共和党大統領候補による第2回討論会に参加したベン・カーソン氏(写真:ロイター/アフロ)
一方、「政治未経験」組である黒人の元精神外科医、ベン・カーソンと、これまでは泡沫候補と見なされていた
米ヒューレット・パッカード(HP)の元最高経営責任者(CEO)のカーリー・フィオリーナ(女性)は、トランプの金満
ぶりなどを批判しました。
特にフィオリーナは、トランプが自身の経営業績を過大評価していることや、フィオリーナの容姿やメキシコ系
移民に対する暴言をとらえて、こう言って切り捨てました。「あなたの(私の容姿に対する)発言を全米の女性が
はっきりと聞き取りましたよ。私の経営実績についていろいろ言っているが、経営者にとって根本的な問題はい
かにしたら会社を安定させるかです。大法螺を吹くのは大概にして、現状をどう打破するのか、諸問題をどう解
決するのか、そして、どう結果を出すのかを論じようではありませんか」
米世論や識者は討論会での各候補をどう採点していますか。
高濱:直後に出た世論調査ですと、「ウィナー(勝者)」はフィオリーナ(29%)。これにトランプ(24%)、カーソン
(7%)、ブッシュ(6%)、ルビオ(6%)と続きました。
「どの候補も現実離れしていて危険だ」
誰が一番大統領としての適格な政策を述べていましたか。
高濱:リベラル派の論客、ポール・クルーグマン・ハーバード大教授などは、総論としてこう指摘しています。「討
論会における共和党候補たちの発言は現実離れしていて非常に危険。指名されたいがために嘘を言い合って
いる。これは民主党にとってだけではなく、共和党穏健派にとってもおっかないことだ」。
また、こうも言っています。「経済に関して幻想を滔々と語らなかったのはトランプ一人。外交でわずかながら
分別があったのはランド・ポール上院議員(ケンタッキー)だけだった。もっとも二人とも他の要因から指名される
ことはないだろうが…」
("Paul Krugman: GOP debate proves candidates are liars living in 'world of fantasy and fiction,"
www.salon.com., 9/19/2015)
討論会の後、支持率や人気度に変化は出ていますか。
高濱:討論会前の各種世論調査では支持率1位はトランプ、2位はカーソンでした。討論会後、最初に発表さ
れた世論調査でも1位はトランプ(36%)、2位カーソン(12%)と変っていません。ただ討論会で注目されたフィ
オリーナ(10%)が急伸して3位につけています。
しばらくはトランプ、カーソン、フィオリーナの「政治経験ゼロ」組がレースを引っ張っていくと思います。米国民
は手垢に汚れた政治家たちに辟易しているんでしょうね。もうタテマエはごめんだ、ということだと思います。
("Poll: Fiorina Wins Debate, Trump Still Leads," Morning Consult, 9/18/2015)
カーソン人気の秘密はなにか
ちょっとよくわからないのですけど。カーソンはどうしてそんなに人気があるんですか。
高濱:今回の討論会をご覧になれば分かるとおり、そのしゃべり口は穏やかで知的です。他人を誹謗中傷する
ことは一切ありません。しかも端正な顔立ち。なによりも1987年、「米国で最も尊敬される医師」に選ばれた有
名人だからです。頭部が癒着したシャム双生児を分離する手術を成功させました。
2008年には「大統領自由勲章(Presidential Medal of Freedom)」を受賞しています。同勲章は「アメリカ合衆
国の国益、安全や世界平和推進などに貢献した文民」に送られる最高位勲章です。これまで経済学者のジョ
ン・ケネス・ガルブレイスやヘンリー・キッシンジャーらが受章している。
カーソンはデトロイト生まれ。父親は牧師。両親はカーソンが8歳の時に離婚しており、カーソンと兄は母親に
育てられました。米陸軍準予備役将校訓練プログラムを経て陸軍士官学校への入学を許可されましたが、高校
卒業後は名門イエール大学に進学。卒業後、ミシガン大学医学部で医学博士号を取得しています。その後、ジ
ョンズホプキンス大学病院に勤務。33歳で小児神経外科部長に任命されたことから、いかに優秀な医者である
かがわかります。
筆が立つこともあって本を著しています。「Gifted Hands : The Ben Carson Story」(1964年)、「One Nation:
What we can all do to save America's future 」(2014年)はベストセラーになりました。
カーソンはなぜオバマを批判するのか
黒人であるカーソンはどうして史上初の黒人大統領オバマを批判しているのですか。黒人は普通リベラ
ル派ではないのですか。
高濱:カーソンは元々共和党員です。オバマ批判を強めたのは2年前から。ホワイトハウスで開かれた「全米祈
祷朝食会」の席上、オバマが推進する医療保険改革(オバマ・ケア)を「米国で奴隷制度が導入されて以来起き
た最悪の出来事はオバマ・ケアだ」と言い放ちました。なんとオバマ大統領の面前で言ったんですよ。
オバマ・ケアが目指す国民皆保険そのものはよしとしながらもカーソンはその手法を厳しく批判しています。彼
の言うとおり、オバマ・ケアは施行されてから1年経ちますが、混乱状態です。カーソンは、米国民全員に出生
時点で出生証明書、電子医療記録、保健料振り込み用銀行口座を発行し、国民が死ぬまで国が医療面の面倒
をみるシステムを作ることを提唱しています。
その後もカーソンのオバマ批判は続いています。「オバマが大統領になってから米国の人種対立はより激しくな
った。なぜか、それはオバマが『人種カード』を弄んでいるからだ。黒人が警官と衝突するとつねに黒人の味方
をする。だから黒人はますます被害者意識を強めるのだ」と。
カーソンに共鳴する白人は極めて多いのです。無論、黒人からはブーイングです。ほとんどの黒人はカーソン
を支持していません。
カーソンが共和党大統領候補に指名されるチャンスはあるんですか。
高濱:元連邦政府高官だったリベラル派の知人などはこう言っています。「脳の手術を受けるならカーソン博士
にお願いしたいところだが、公職経験ゼロの博士に大統領職を任せるわけにはいかないね。今、彼の人気が高
いのは、共和党支持層の正直な心情を表しているのだと思う。お行儀の悪いトランプに対するアンチテーゼとし
ての『ジェントルマン・カーソン』支持だ。裏を返せば、政治経験のある候補者たちには魅力がないということだろ
う」。
民主党で起こっている「バーニー現象」とは
ところで民主党の候補者争いでは、これまで独走していた前国務長官ヒラリー・クリントンに陰りが出てき
たようですね。長官時代の電子メール使用問題が最大の要因のようです。
高濱:その通りです。そうした中で注目を浴びているのがバーモント州選出の上院議員バーニー・サンダースで
す。世論調査で、じわりじわりとクリントンとの差を縮めています。
米民主党の大統領候補選で、突然支持率を伸ばし始めたバーニー・サンダース氏(写真:AP/アフ
ロ)
とくに来年2月に始まる予備選の火蓋が切って落とされるアイオワ州(党員集会)やニューハンプシャー州で
はクリントンを抜いて1位に躍り出ています。米メディアはバーニー・カーソンの行く先々に大勢の市民が詰め
掛けている現象を「Berniemania」(バーニー現象)と命名しています。遊説の先々でサンダースを一目見ようと
大勢の人が詰め掛けています。
なぜサンダースはそんなに人気があるんですか。
高濱:清廉潔白な人柄が評価されています。それと主義主張が終始一貫していることです。
サンダースは議会では他の民主党議員と行動を共にしていますが、正確に言うと「バーモント・プログレッシ
ブ・デモクラット」(バーモント州進歩派民主党)の党員です。
バーリントン市長を経て、連邦下院議員を16年務めました。その後、2013~15年まで上院議員。
サンダースは欧州の民主社会主義に共鳴しており、自らを「民主社会主義者」だと言っています。徹底したリベ
ラル主義者で、富裕層への徹底課税、最低賃金引き上げ、大学の授業料無料化をこれまで訴え続けてきまし
た。今回の大統領選キャンペーンでもこの点は終始一貫しています。イラク戦争にも、米国愛国法の制定にも
反対しました。同法の採決の時にはフィリバスター(議事妨害)をした唯一の上院議員でした。
民主党リベラル派はオバマ政治を継承するのに、クリントンでは物足りないと思っています。クリントンがウォ
ール街(金融界)と深い関係を持っていることはすでにメディアで報道されています。民主党リベラル派の人たち
は、クリントンは果たして真のリベラル派なのかと疑っています。とくに理想主義をつねとする若者たちはクリント
ンに批判的。ヒット作品「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」などに出演したマーク・ラファロなどハリウッド
のリベラル派俳優たちもサンダースを応援しています。
サンダースは大企業や労組から選挙資金を一切受け取っていません。すべて小口の個人献金で賄っていま
す。この点をとらえて、サンダースはこう述べています。「クリントンは民主党エスタブリッシュメント(体制派)の
候補だ。議会のほとんどの民主党議員たちはクリントンを支持している。だが、私はそうしたエスタブリッシュメン
トとは一線を画す一般の民主党員の候補だ」。
サンダースはバイデンの露払い?
最終的にサンダースに勝ち目はあるんですか。
高濱:電子メール問題でクリントンがにっちもさっちも行かなくなり、予備選段階で撤退した場合、第2位につけ
ているサンダースが最有力候補になります。ただこの場合、今、立候補のタイミングを計っているとされる副大
統領ジョー・バイデンが出馬する可能性があります。
ある民主党中枢の選挙参謀はサンダースをこう評しています。「サンダースはクリントンに代わる大統領候補
ではない。反クリントン票をまとめているにすぎない。クリントンに万一のことがあれば、サンダースが固めてい
る票はバイデンが引き継ぐ。サンダースはそれまでのつなぎと見たほうが分かりやすい」。
つまりサンダースは反クリントン票の受け皿、露払いのような存在のような気がします。ただバイデンは72
歳。67歳のクリントンより年上ですから年齢の問題が出てきますね。民主党候補の選出もまだまだ山あり谷あ
りです。
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【EUROPE・その他地域関連】
VWのディーゼル排ガス事件がこじ開けた巨大な闇、“何が不正な
のか”自動車メーカーに見直し迫る鶴原 吉郎2015年9月25日(金)NBO
鶴原 吉郎オートインサイト代表1985年日経マグロウヒル社(現日経BP社)入社、2004年に自動車技術の
専門情報誌の創刊を担当。編集長として約10年にわたって、同誌の編集に従事。2014年4月に独立、オー
トインサイトを設立。
どう考えても腑に落ちない。独フォルクスワーゲン(VW)が、米国内で販売していたディーゼル乗用車で、排
ガスに関する試験をクリアするために、違法なソフトウエアを使っていたとされる事件のことだ。
違法なソフトウエアを搭載していたとされているのはVWが米国で販売した2009~2015年型の「ゴルフ」「ジェ
ッタ」「ビートル」と2014~2015年型の「パサート」、そして傘下の独アウディが販売した2009~2015年型の
「A3」のディーゼル仕様車の合計約48万2000台だ。米環境保護局(EPA)の発表によれば、これらの車種に
搭載されているエンジンECU(電子制御ユニット)のソフトウエアには“スイッチ”(EPAの呼び方)が組み込まれ
ており、このスイッチが「ステアリングの位置」「車速」「吸気圧」などからEPAの排ガス試験中であることを検知
すると、ECUが「試験用」の制御ソフトウエアを走らせて、排ガスに含まれる有害物質のレベルを基準値以下に
抑える。
エンジンの制御ソフトウエアに不正があったとされる「ジェッタ TDI」(2015年型)、写真提供:フ
ォルクスワーゲン
逆に、試験中ではないとスイッチが検知すると、ECUは「走行用」の制御ソフトウエアを走らせて、排ガス浄化
装置、特にNOx(窒素酸化物)の選択還元触媒(SCR)や、NOx吸蔵還元触媒(LNT)の働きを弱める。結果とし
て、排ガスに含まれるNOxの量は、走行状況によってEPAの基準値の10~40倍に達するという。EPAの大
気浄化法(CAA)では、通常走行時に、排ガスの浄化装置の働きを弱める「ディフィート・デバイス(無効化装
置)」の搭載を禁止しており、この“スイッチ”の搭載は、法律違反だというのだ。
米国は重点市場ではあったが…
今回の事件で、VWが払う制裁金は約2兆円に達するとの観測もある。筆者が「腑に落ちない」と思ったの
は、VWがなぜ、これほどのリスクを犯してまでこんな違法ソフトを搭載したのかということだ。もともと、VWにと
って米国での販売台数は多くない。同社の2015年1~8月の米国市場での販売台数は約40万5000台でシ
ェアは3.5%。このシェアは、企業規模の大きく異なる富士重工業の3.2%と同程度にすぎない。今回の事件で
制裁金の対象となるディーゼル乗用車の台数が、2009年から2015年までの6年間で、たった48万2000台、
1年あたりわずか8万台程度と聞いて、その少なさに一瞬一桁違うのではないかと思ったほどだ。
確かに、2007年に現在のヴィンターコーンCEO(最高経営責任者)が就任して以来、米国市場での販売台数の
拡大はVWにとって重要命題の1つだった。2011年5月には、1988年に米国現地生産から撤退して以来、23
年ぶりとなる米国工場を稼働させ、米国専用モデルの「パサート」の生産を開始するなど、並々ならぬ努力を払
ってきた。今回、EPAから違法ソフトを搭載していると指摘を受けたジェッタのディーゼル仕様である「ジェッタ
TDI」は、燃費が良くパワフルなディーゼルを、米国市場開拓の尖兵としたいというVWの戦略を担うモデルだっ
た。実際、その狙いは当たり、ジェッタTDIは好調な販売を示した。
ジェッタTDIが米国市場に投入された2008年は、米国でトヨタ自動車の「プリウス」が、環境意識の高さを示
すための「アイコン」としてハリウッドスターの人気を集めていた時期でもある。当時ハイブリッド車を持たなかっ
たVWが、クリーンディーゼルをそれに代わるアイコンとして訴求しようとしたとしても不思議はない。
基準値超えは当たり前?
このように2008年当時、VWが米国市場で販売を伸ばすために先行他社にない「武器」を必要としていたこと
は理解できる。それでも、これほどのリスクを犯すことの動機として不足なように筆者には感じられる。事の真相
は、今後の調査を待つしかないが、筆者が疑っているのは、今回のエンジンの開発者たちが、自分たちがそれ
ほどのリスクを犯しているという自覚を持っていなかったのではないかということだ。
2014年11月、環境問題に取り組む非営利団体のICCT(International Council on Clean Transportation)は
「REAL-WORLD EXHAUST EMISSIONS FROM MODERN DIESEL CARS」と題するレポートを発表した。 このレ
ポートは、完成車メーカー6社の15車種のディーゼル乗用車にポータブルタイプの排ガス試験装置を搭載し、
実際の道路上を走行させて有害物質の排出量を測定したもの。驚いたことに、欧州の最新の排ガス基準であ
る「ユーロ6」のNOx排出基準を満たしていたのは15車種中わずか1車種で、他の車種はすべて、ユーロ6
どころか、その前の基準である「ユーロ5」の基準値すら超えていたのである。そのうちの2車種はユーロ6の
基準値の20倍以上を排出していた。
ICCT による実際の道路走行時に排出されたNOx排出量(縦軸)。横軸はCO2排出量。A
~Oの一つひとつが車種を表し、SCR、LNT、EGR、はそれぞれの車種が採用する主なNOx低減技術を表す。
緑の線は「ユーロ6」、オレンジの線は「ユーロ5」の排出基準。SCRはNOx選択還元触媒、LNTがNOx吸蔵
還元触媒、EGRが排ガス再循環装置(出典:REAL-WORLD EXHAUST EMISSIONS FROM MODERN DIESEL
CARS , International Council on Clean Transportation)
実は、今回のVWの事件に限らず、実走行時の排ガスに含まれる有害物質が排ガス基準値を超えていると
いうのは、自動車関係者にとっては半ば「常識」である。排ガスに含まれる有害物質が基準値に収まっているか
どうかを試験するモードには、例えば坂道は含まれていないし、日本の測定基準でいえば時速80km以上の速
度領域も含まれていない。また2名乗車時を想定して測定しているので、それ以上の人員が乗れば、エンジン
にはそれだけ負担がかかる。試験時の測定モードは、加速度なども決まっているが、実走行時には、それ以上
にアクセルを踏み込むことも当然あり得る。
これらは皆、排ガス中の有害物質を増加させる方向に働く。こうした「リアルワールド」での排ガスの実態は、こ
れまであまり光の当てられることのなかった「闇」の部分だったといえるかもしれない。
排ガス測定試験の条件に外れた領域での有害物質の排出状況がどうなっているのかについては、ある意味
メーカーの良識に任されている部分がある。例えば日本でも、いすゞ自動車のディーゼルトラックで、ディーゼル
トラックの排ガス測定モードである「JE05モード」での走行では、特にNOx排出量に異常が見られなかったにも
かかわらず、時速60kmの定常走行で測定開始240秒後にNOx排出濃度が約4倍に上昇、さらにJE05モー
ドの規定よりも急加速した場合にNOx排出量が急増し、その後定速走行に移ってもNOxの排出量が高いまま
下がらない、というような現象が東京都の試験で発覚した。その後日本でも自動車工業会がディフィート・デバイ
スを禁止するガイドラインを設定するなど対応に追われたことがある。
VWの事件は他人ごとではない
米国の大気浄化法でも、ディフィート・デバイスの搭載は禁止されているが、エンジン保護のため、あるいはエ
ンジンスタートに必要な場合を除く、という規程がある。米国の軽油は、燃料に含まれる硫黄の量の基準が日
欧の10PPMに対して、15PPM以下とやや緩い。硫黄分は、触媒に悪影響を与えるため、少ないほど望まし
い。今回VWが、EPAが主張するように、排ガスの測定条件以外の実走行時に排ガス浄化装置の働きを弱め
るような制御を導入していたのは、触媒保護という意味合いがあったのかもしれないし、あるいはそう言い逃れ
できると踏んだのかもしれない。
今回のVWの事件は、他の完成車メーカーにとっても、決して他人ごとではない。先ほど触れたように、市販さ
れているほとんどのディーゼル乗用車は、基準値以上のNOxを排出しており、このことは、多くのメーカーが
「この程度なら許容されるだろう」と考えていることを示している。VWのエンジニアも恐らく、先に触れたような理
由で、この程度の基準値からの逸脱は、許容範囲と考えていたのではないか。そうでなければ、VWにとって小
さな市場で、これほどの危険を犯した説明がつかない。
今回の事件が起こる前から、リアルワールドでの排出量と、実験室の中の測定値の違いは問題になってお
り、実際の公道上で排ガスレベルを計測するべきだという議論が、特に欧州で高まっている。今回のVWの事
件は、こうしたリアルワールドでの排ガス測定の導入をさらに加速することになるだろう。
起こるべくして起きたVW「排ガス不正」の真相、閉鎖的なのは役
員会だけではなかったThe New York Times 2015年09月29日 TK
閉鎖的な体制でスキャンダルを柔軟に乗り切ることができるか (写真:Fabian Bimmer/Reuters)
昔からいろんなスキャンダルやペテンを見てきた自動車業界。それにしてもこれほど策を弄したようにみえる例
はめったにない。米国の排ガス規制を回避するために、フォルクスワーゲン(VW)が高度のソフトウェアを用い
るという厚顔無恥なまねをしていた。
まさかそんなことがこの会社で起きるなんて…と世界中の消費者も規制当局も当惑している。VWといえばドイ
ツ最大の民間企業。昨年は売上高が2025億ユーロという世界最大の自動車メーカーだ。しかし同社の歴史、
文化、そして会社機構を見てみると、なぜ今までこういうことが起こらなかったのかと不思議に思えるかもしれな
い。
「スキャンダルの温床となるような企業統治だった」とデラウェア大学ジョン・L・ワインバーグ企業統治センター
所長のチャールズ・M・エルソン教授は言う。「起こるべくして起こった事故なのだ」。
お家騒動が絶えない
第二次大戦前にナチス政権下で国営企業として設立されたVWだが、今は同族支配でいて州政府が大株主、
加えて労組も関与するという珍しい統治体制になっている。ドイツ国内でも「異色の存在だ」と、欧州の企業統治
に詳しいマールブルク・フィリップス大学のマルクス・ロート教授は言う。「すったもんだが続いてきた」。
最近は実権を握るポルシェ家で数十年に及ぶ内紛があり、経営権奪取に向けて秘策が巡らされたかと思うと、
役員会議室でクーデター発生という具合に、国内メディアの大衆紙誌に至るまで騒がせてきた。今週の南ドイツ
新聞はその企業統治を北朝鮮の支配体制になぞらえて、「強権的でとっくに時代遅れ。機能する企業統治では
ない」と指摘した。
今年の春に退陣を強いられるまで監査役会長として君臨していたフェルディナント・ピエヒ(78)はフェルディナン
ト・ポルシェの孫だ。12人の子供を持つ。1993年にアウディ社での活躍を経て親会社VWの会長に就任した。
世界で売り上げ1位になることを目標として掲げ、まさにそれが現実になった。だが彼はマルティン・ウィンター
コルンCEOを排除しようとしたあげく、自身が4月に退任するという結果をみた。そのウィンターコルンも今週
辞任を余儀なくされた。
フェルディナント・ピエヒの影響力の強さの証として、2012年にその4人目の妻ウルズラ・ピエヒが監査役に選
出されたことがある。幼稚園の教師だったウルズラは、ピエヒ家の家庭教師を務めたのちにフェルディナントと
結婚したという人物だ。多くの株主は彼女には資質と独立性が欠けていると抗議したが、彼らはほとんど影響
力を有していない。議決権のある株式の半分以上はポルシェ家とピエヒ家の面々が保有し、彼らは親族間の合
意の下にひとつの株主ブロックとして議決権を行使する。
強い権限をもつ監査役会執行委員会の定員5名のうち3名は労働側代表で、監査役会メンバーの半数も組合
役員と労働側だ。残る半数のうち2名は議決権の20%を握るドイツ北西部ニーダーザクセン州の政府が指名す
る。また2名は17%の議決権をもつカタールの政府系ファンド(SWF)のカタール・ホールディングの代表が務め
る。さらにピエヒ・ポルシェ一族が5名、企業幹部1名という構成だ。
この監査役会は、外部の意見が入り込むすきはなさそうな小さな輪として「エコー・チェンバー化」しているとエル
ソンは言う。
隔絶された世界
筆者は今週、VWの元幹部に話を聞いた。とりわけ排ガス関連のスキャンダルはほぼ不可避だったと彼も言う。
企業として周囲から遮断され、役員会が排他的であることに加えて、社内のエンジニアたちに環境規制に対す
る根深い敵意があったというのだ。
今は競合他社で働くその元幹部は匿名を条件に語った。VWの本拠地ニーダーザクセン州ウォルフスブルクは
住民一人当たりの所得がドイツ国内で最高水準にある。そして隔絶された町という意味で、自動車産業が全盛
期だったころのデトロイトを上回るほどだという。「経済のすべてが自動車だ。住民は自動車とその環境に及ぼ
す影響について無批判でいる。なぜなら全員が自動車業界で生計を立てている」。
しかも「経営側と組合側がVWのように密接な間柄の会社はほかにない」という。VWは「監査役会の過半数に
仕事を保証している。経営側も政府も組合側も完全雇用を願っている。雇用は多ければ多いほどいい。VWは
ドイツ国民に雇用を提供するという使命を担うものと見なされている。だからこそ世界一を目指す。何でもありな
のだ」。
雇用の拡大には成功してきた。VWによると昨年は60万人近くを雇用して約1000万台を生産した。それに比
べると業界2位のトヨタは34万人で生産台数900万台弱だ。
ただしエルソンに言わせると、雇用の最大化を第一目標とすべきではない。監査役会の目的は、投資家のため
に経営を監視すること、そして企業としての長期的な健全性と利益性を確保することにある。「経営側の目標は
自身の雇用を保つことにあり、組合側の目標は雇用と諸手当を守って増やすことにある。根本的な対立だ」。
この点ではVWもドイツ国内の大企業各社と同様だ。ドイツでは共同決定(ミットベスティムンク)という政策の
下、企業の監査役会には労働側と株主側が同数参加することを求められる。この方式はユーロ圏のその他の
国々やドイツ企業に投資する外国の年金基金から批判を浴びてきた。今回のスキャンダルをうけて変更を要請
されそうなものだが、ロートはそう見ていない。「労組は争いもせずに共同決定を手放したりしない。国民も馴染
んでいる」。
これまでVWは特に環境問題について動きが鈍い。主要各社に比べて電気自動車やハイブリッドカーのエンジ
ン技術への投資が少なめだ。「ドイツ人の間には、排出量問題で米国が自動車業界を標的にするのは不公平
だという見方がある」とロートは言う。「電気自動車のために石炭火力発電所で発電するようでは得るものがな
い」。
VW元幹部の話では、エンジニア主導の社風ゆえにもう一歩踏み込んだ考え方もある。エンジニアたちは政治
家、特に米国の政治家の鼻持ちならない偽善だと感じているというのだ。発電所で化石燃料を使用するかぎり
電気自動車など無意味だと、彼らは文句を言う。「自分たちがいちばんよく分かっているという優越感がある」。
それでもVWも環境法制に従うべきだと主張したところで、ロートによればウォルフスブルクの町の人たちは聞く
耳を持たない。売り上げ1位を目指すことのほうが大切なのだ。排ガス規制回避のソフトウェア問題も、米国に
おけるディーゼル車の拡販が動機だったという見方が多い。
そんな姿勢はVWに限ったことではないし、ほかの自動車メーカーでも規制回避はしたくなるかもしれない。と
はいえVWには社外役員が不足しているため、特に外部から隔離状態だった可能性がある。
財務上の危機迫る
スキャンダルは今なお展開中だ。VWが被る損害を思うと、企業統治の姿勢や取り組み方に変化を強いられる
かもしれない。
これから膨大な数の調査や訴訟に立ち向かうことになるのだ。そのために73億ドルを用意したというが、とても
十分には思えない。裁判費用などは十億ドル単位を超えるだろうし、米環境保護局(EPA)だけでも最高180億
ドルの制裁金を科す恐れがある。対象車1100万台のリコールについても検討が必要だ。なにしろ車の性能を
落とすことなく問題のソフトを削除して排ガス基準を満たせるという方法はまだ明らかでない。
9月18日、EPAが調査について発表する前のVW株価は約160ユーロ(180ドル)だった。その後30%ほど値
下がりし、260億ドル以上の時価総額を失った。
VW広報担当は同社の企業統治に関してコメントすることを拒んだ。
閉鎖的な体制でスキャンダルを柔軟に乗り切ることができるか、答えが出るのはこれからだ。財務面で痛手を
負い、会社の評判が落ち、長期的に存続できるかどうかが問われる。
エルソンはVWは消滅しないと信じている。「投資家からはあまり信頼されない。きっと切り抜けるだろうとは思う
が、ドイツ政府が救済せざるを得ないということになっても決して不思議ではない」。
(執筆: James B. Stewart 記者、翻訳: 石川眞弓)© 2015 New York Times News Service
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【WORLD経済・政治・文化・社会展望】
国連サミット、25日開幕=発足70年、節目の総会が本格化
時事通信 9月23日(水)
【ニューヨーク時事】第2次世界大戦直後に国連が発足して以来、70回目となる節目の総会は25日、150カ
国以上の首脳が参加する国連サミットが開幕するのに合わせ、本格化する。
週明けには一般討論演説が始まり、首脳らが自国内外の課題や決意を表明する。
サミットは3日間の日程で行われ、2016年から30年までの国際社会の共通開発目標となる「持続可能な開
発のための2030アジェンダ」が初日に採択される。
同アジェンダは今年末までの15年間の指針である「ミレニアム開発目標」の後継で、30年までの貧困撲滅な
どが主な達成課題とされている。サミット開幕直前にはフランシスコ・ローマ法王が議場で演説を予定している。
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2.Trend
トヨタが敵わないメルセデス・ベンツ3つの強み
桃田健史 [ジャーナリスト] 【第213回】 2015年9月28日 DOL
世界が注目する新型「プリウス」、各国のジャーナリスト・関係者の評価は?
新型「プリウス」。全長4540×全幅1760㎜×全高1470㎜、ホイールベースが2700㎜。全体的
な雰囲気は現行モデルに近い
リアハッチを開いた状態
インテリアはステアリング等、「MIRAI」との部品共通性が多い Photo by Kenji Momota
2015年9月15日、午後12時45分から午後1時までの15分間。世界最大級の自動車関連イベント、IAA
(Internationale Automobil Ausstellung/正式名称:国際モーターショー、通称:フランクフルトモーターショー)、ホ
ール8のトヨタブース。
世界各国のメディアが第四世代となる新型「プリウス」の実車を見ようと詰めかけた。トヨタが配布した資料や
会場内の展示物の表記では「ワールドプレミア(世界初公開)」としているが、実はトヨタは同車を9月9日に米
ラスベガスで開催した自社イベントですでに公開している。
フランクフルトショーの記者会見後、各国のメディア関係者や自動車業界関係者に新型「プリウス」の印象を聞
いてみた。その回答のいくつかを以下に列挙してみよう。
「隣に展示されている燃料電池車のMIRAIにデザインが似ている」
「優れたエアロダイナミクスが手に取るように分かる」
「もっと斬新な進化を期待していたが、第三世代からの正常進化でガッカリした」
「ボンネットを開けることが許されず、またパワーユニットや二次電池の展示もなかった。我々が最も関心のあ
る動力系統の詳細が分からないので、現段階ではクルマ全体としての評価ができない」
「欧州メーカーは2021年の欧州CO2規制を睨んで、プラグインハイブリッド車とEVを投入し、ハイブリッド車
のラインアップが減る。そのため、プリウスは確かに高性能車だと思うが、少なくとも欧州市場ではプリウスのポ
ジショニングがこれまでとは変わる」
筆者としても、上記の意見にほぼ同意する。機械工学と材料工学による軽量化、流体力学による車体造形の
洗練、そして電子工学による車載器のインフォテインメントに関する進化等を駆使した、トヨタが考える「セール
スボリュームが大きい究極のエコカー」だと思った。
広報資料には現行車(第三世代)と比較して燃費は18%向上とあり、パワートレインと二次電池の詳細につ
いては東京モーターショー(一般公開2015年10月31日~11月8日)で発表される。日本での発売予定は
2015年末である。
トヨタが敵わない、メルセデスのビジネス戦略
新型「プリウス」がどんなに優れたクルマであっても、フランクフルトショーの主役はやはり今年もメルセデスだ
った。
会場全体で合計11のホールと複数の特設施設があったが、ホール2は今回もメルセデス専用の館となっ
た。1階のフロアは小型車スマートのスペースで、中二階に設けられた扉をくぐると、メインステージから縦方向
3フロア分をぶち抜いた巨大な空間が出現。見学者はエスカレーターで最上階に誘導され、そこからメインステ
ージに向かって各フロアを見て回る。これはシュトゥットガルトにあるダイムラー本社のメルセデス博物館と同じ
システムだ。
このような導線を歩くことで、我々メディア関係者ですら「メルセデスワールド」に引き込まれてしまう。筆者は
長年に渡り、メルセデスを肌感覚で見てきた。シュトゥットガルト周辺のメルセデス関連施設、メルセデスに製品
を納入するドイツ大手の自動車部品企業、さらにドイツ各地のメルセデス関連アフターマーケット事業者等、多
角的に同社と接してきた。また、筆者自身の愛車遍歴のなかでも、メルセデスとの関わりは長い。
そうした経験を踏まえて、メルセデスの強みを3つの領域に分類し解析してみたい。
フランクフルトショーのホール2、吹き抜けのメルセデスブース。壇上には新型Sクラスクーペ等
Photo by Kenji Momota
エコカー対応では意外にもフレキシブルな姿勢
1800年代後半、ガソリンエンジン車を世に送り出して以来、いつの時代でも「ベンツ」または「メルセデス」は世
界最高の高級車ブランドとして君臨してきた。その舞台裏ではシーメンス、ボッシュ、マーレー等のドイツ部品メ
ーカーが技術面で下支えをし、そこにメルセデス本社のデザインとマーケティングが密接に融合してきた。
そうしたなか、日本を含む世界の自動車メーカーの多くが、メルセデスを「ベンチマーク」と称し、市販車を分解
調査するリバースエンジニアリングによって自社製品の研究開発を行ってきた。
クルマの分類である「車格」について、メルセデスは90年代から、Cクラス・Eクラス・Sクラスという、コンパク
ト・ミドル・ラージという基本系を確立。これにライバルBMWを筆頭とする欧州高級車メーカーやレクサス、イン
フィニティ、アキュラという日系プレミアムも追従した。この辺りまでは、メルセデスは旧来型の自動車産業構造
で対応してきたと思う。
それが2000年台中盤以降になると、トレンドメーキングの手法が変わってくる。ざっくり言えば、時代の流れを
読みながら、メルセデス側が変化していったのだ。
まずパワートレインの電動化については、ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、EV、燃料電池車という環
境対応車開発のロードマップを描いたが、GM・BMWとのハイブリッド車開発における提携の解消、リチウムイ
オン二次電池の内製化の見直し等、その姿勢は「上手くいかなければ、とっとと変える」という非常にフレキシブ
ルなものだ。「プリウス」を基点に「MIRAI」を仮想的な終着点とした、普遍的な環境車のロードマップを構えてい
るトヨタとは違う。
多モデル化とモデル呼称の変更を一気に推し進めた事業戦略の凄さ
メルセデスの最近のモデル呼称は、「GLC」「SLS」「CLS」等、3文字が増えた。
往年のC、E、Sに慣れ親しんだ自動車評論家たちの多くが「小型車のA、Bセグメントへの参入に加えて、3文
字化が進み、正直なところ頭が混乱してしまう」と漏らす。これはまさしく、製造販売者が消費者に対して商品性
を強く打ち出すプロダクトアウトの発想だ。こうしたメルセデスの“身勝手”が市場で許されてしまうのは、「メルセ
デスはいつの時代でもベンチマーク」という消費者のメルセデスに対する思い込み(=ブランド力)があるから
だ。
クロスオーバーSUVとして近年量産化される、「GLCクーペ」 Photo by Kenji Momota
今回フランクフルトショーでは、ジャガー「F-PACE」、インフィニティ「Q30」、マツダ「越(KOERU)」等、日欧各メ
ーカーから数多くのクロスオーバーSUVの量産車やコンセプトモデルが登場した。クロスオーバーSUVとは、
従来のSUVにクーペの雰囲気を加味したモデルで、インテリア造形もポストモダニズム調のお洒落な雰囲気が
ある。
こうしたトレンドは、メルセデスの新「GL」系モデルが発信源である。メルセデスは、20代、30代の顧客層向け
としてA、Bセグメントを強化し、そのなかでクロスオーバー車の開発の進め、それを上級モデルへと展開してい
るのだ。
先進的ドライバーアシストシステム(ADAS)では、欧州での歩行者保護に関する法整備等を睨ん
で、補助的自動運転や完全自動運転の実証を行う Photo by Kenji Momota
このように世界の自動車の“車格”を変化させてしまうような事業戦略が、トヨタを含めた日系メーカーにはな
い。または、市場が求める“車格”が変化したと感じ、それに対して一気に事業戦略を変更するというフレキシビ
リティが日系メーカーにはない。
結局、時代がドンドン変わっても「メルセデスがベンチマーク」になってしまうのだ。
新車が売れなくなるのに本気でカーシェアリング
もうひとつ、トヨタが敵わないメルセデスの強みがある。それが、カーシェアリング事業だ。
ダイムラーが世界8ケ国で展開している、カーシェアリングの「CAR2GO」。旧型スマートに加えて最近、
新型スマートも導入 Photo by Kenji Momota
スマートを使った「CAR2GO」は現在、8ヵ国の30都市で1万3500台を常備し、登録会員数は100万人を超
えている。特徴は、どこでも借りられて、どこでも返却できること。つまり、路上駐車が法的に許可されている国
や地域でサービスを行っている。先進国の多くで若者のクルマ離れが進む中、最近は「CAR2GOを利用したい
から自動車の運転免許をとった」という若年層が出現しているほど、新しい交通システムとして街に根付いてい
る。
メルセデスのマーケットイン戦略、メルセデス・ミー Photo by Kenji Momota
CAR2GOは、メルセデスが掲げる商品戦略「Mercedes me」に含まれる事業モデルだ。「Mercedes me」とは、
消費者である「me」を基点としてメルセデスとの接点を構築するもの。つまり、メルセデスの真骨頂であるプロダ
クトアウトの対極にある、マーケットイン型の考え方だ。
Mercedes meは、「connect me」「assist me」「finance me」「inspire me」そして「move me」という5つの領域で
構成されており、CAR2GOはmove meに属する。
メルセデスのカーシェアリング事業部のひとつ、moovel 事業部のRalf Echtler氏
Photo by Kenji Momota
このmove meには、CAR2GOやBクラスを使ったタクシーサービス「mytaxi」等、メルセデス(ダイムラー)の自
社製品を利用するビジネスモデル以外に、メルセデスが投資した交通システムの乗り換えをスムーズに行うス
マートフォンアプリサービスの「moovel」や「RIRECOUT」等が含まれている。つまりmove meとは、従来の自動
車メーカーが行っている“新車売り切り型”ではないビジネスモデルの集合体である。
他方、トヨタの場合、超小型モビリティの「i-ROAD」等を使った試みを行ってはいるが、どれも国や地方自治体
からの補助事業としての実証試験に止まっており、事実上、補助金がなければ成り立たない。トヨタには
Mercedes meのような新しい時代のクルマと消費者との関係を考えるための“現実的な新事業戦略”が存在し
ない。
以上のように、自動車産業界における“大きな括り”を自力で構築する実行力こそが、メルセデスの強みなの
である。
数千万人の「Amazon Prime」会員が「Washington Post」の潜在読
者に瀧口 範子2015年9月29日(火)NBO
瀧口 範子ジャーナリストシリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、社会、文化、時事問題、建築、
デザインなどを幅広く日本のメディアに寄稿。
米Amazon.comの有料サービス「Amazon Prime」の会員が、追加コスト無しで「Washington Post」のデジタ
ル版を読めるようになるという。
写真●「Washington Post」のWebサイト
Washington PostはワシントンDCの地方紙ではあるが、全米、いや全世界に読者を持つ新聞だ。同紙は
2013年にAmazonのJeff Bezos CEO(最高経営責任者)に2億5000万ドルで買収された。この買収は
Amazonが企業として行ったものではなく、あくまでもBezos氏個人によるもの。彼は古いことばで表現すれば
「新聞王」になったのである。
新聞ビジネスが苦境にあえいでいるというのは、ニュースとしても聞き飽きた感があるが、他でもないJeff
Bezos氏が買収したとあって、誰も考えつかないびっくり級の奥の手が出てくるのではないかと期待されてい
た。それが、このAmazon会員への無料サービスということになる。
この無料サービスは6カ月間の期間限定で、6カ月経てば月額3.99ドルの有料モデルになる。たとえ有料で
も、Washington Postの現在のデジタル版購読料は月額9.99ドルなので、Amazon Prime会員は格安の購読料
で同紙を読めることになる。
このインパクトはかなり大きい。
まずは、読者数がどれだけ増えるか。Amazonは Amazon Primeの会員数を明らかにしていないものの、
2500万~4000万人はいると想定されている。一時的とはいえ、この全員がWashington Postデジタル版の購
読者になる可能性がある。6カ月後にほんの一部が有料購読者として残るだけだったとしても、そのリーチはす
ごい。
先だって「New York Times」のデジタル版有料購読者が100万人を超えたことがニュースで伝えられていたの
だが、それとは比べ物にならないほどの多数の読者を獲得することになるのだ。
技術面での進歩がめざましいWashington Post
Jeff Bezos氏がオーナーになって以来、Washington Postはさまざまな改良を加えてきた。
そのひとつは、ページをロードする時間を大幅に短縮したこと。ある計測によると、8秒から1.7秒にスピード
アップした。ここでは、コンテンツやプログラム上の工夫もあるが、読者にとってロード完了を早く感じさせる仕組
みも導入しているようだ。
また、予測分析を利用したお勧め記事の表示の質の向上、サイトのナビゲーションの簡易化なども注目され
ていた。
そうしたテクノロジー面に加えて、スタッフを増員するという、そもそも時代の流れに逆行するようなこともやっ
ている。Bezos氏が買収してすぐに増員した数は100人。ほかの新聞社では、記者の数が減って肌寒くなるば
かりという状況とは対照的だ。
ちょうどその頃、同紙のテクノロジー部門にいたという人に「Bezos後」の同社の様子を尋ねてみたことがあっ
た。そのコメントは、「環境ががらりと変わった」ということだった。その後の2年間に、Washington Postはビデオ
やインタラクティブな記事を増やし、Amazonの「Fire」タブレット用の無料アプリも開発した。
こうした改良の甲斐あって、Washington Postのサイトはユニーク・ビジターの数を増やし続けており、競合
New York Timesにも迫る勢いだとされている。政治サイトの『POLITICO』によると、Bezos氏が買収した当時、
Washington Postのユニーク・ビジター数はNew York Timesの3分の2しかなかったが、今やその数はNew
York Timesよりも10%少ないだけになった。という。Amazon Prime会員の購読無料化で、New York Timesを超
えてしまう事態もあり得るだろう。
エンターテインメントからニュースまでカバー
考えてみると、Amazon Prime会員は既に一部映画や音楽の見放題、聴き放題を享受している。これまでなぜ
か、新聞のような真面目なニュースコンテンツはこうしたエンターテインメントとは別物だと、区別してきたところ
があった。Bezos氏はここで一気に買い物客と新聞読者を合体しようというわけだ。
これが成功すれば、新聞ビジネスの新しいモデルが生まれることになるが、それはよそ者だからこそ可能な手
段であることも確かなのである。
瀧口 範子(たきぐち のりこ):フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネ
ス、建築・デザイン、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『行動主義: レム・
コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』(共にTOTO出版)、訳書に『ソフトウェアの
達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著/Bringing Design to Software)』(ピアソンエ
デュケーション刊)、『ピーター・ライス自伝』(鹿島出版会・共訳))がある。上智大学外国学部ドイツ語学科卒業。
1996-98 年にフルブライト奨学生として(ジャーナリスト・プログラム)、スタンフォード大学工学部コンピュータ・
サイエンス学科にて客員研究員。
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3.Innovation/Motivation
男性の相手は「会話ロボット」、不倫サイトが見せた技術力
瀧口 範子2015年9月24日(木)NBO
「Ashley Madison(アシュレイ・マディソン)」という、カナダのサイトからユーザー情報が3200万人分漏洩した
大事件。2015年7月に明らかになったハッカー事件だ。同サイトが、大人の浮気を仲介するサービスを提供し
ていただけに、その被害は方々で個人的な問題を引き起こしているようだ。
しかし、もっと驚いたことにこのサイトでは、女性だと思われていたユーザーの多くが、実はソフトウエアで作ら
れた会話ロボットだったのだ。男性を誘惑してサイトに登録させ、利用料金を巻き上げるために、会話ロボットが
彼らの心を操作していた。何ともすごい時代になってきた。
そもそもAshley Madisonは女性のユーザーを獲得するのに苦労していたもようである。同サイトの利用料金
は相手とチャットやメールを交わすごとに発生する仕組みなのだが、男性は有料、女性は無料という設定だっ
た。
手作り偽女性ユーザーからロボットへ移行
しかし、同サイトに侵入したハッカー集団「インパクトチーム」がぶちまけたデータを精査した報道によると、
Ashley Madisonは金を払って外部の人間に委託して、偽の女性プロフィールの作成を作らせたり、男性ユーザ
ーとチャットやメールでやり取りさせたりしていたようだ。
ところが、それではとても手が回らなかったのだろう。早くも2002年ごろから、そうした「手作り」の偽女性ユー
ザーに変わって、「自動生成」された女性の写真とプロフィールが作られ、同時にユーザーとリアルタイムでやり
取りする会話ロボットも登場していたという。会話ロボットが女性になりすましていた数は約7万人分と想定され
ている。
面白いことに、会話ロボットは二つの目的のために有用だったらしい。一つは、浮気をしたい女性がこのサイト
に無数にいるというイメージを作り出して、無料ユーザーを有料ユーザーに切り替えさせること。そしてもう一つ
は、いつまでも浮気が成立しない偽女性ユーザーとチャットをさせ続けることで、男性ユーザーにお金を払い続
けさせることだ。このような運営側の企みにまんまとだまされていた男性ユーザーがたくさんいたようだ。
こんなことが起こるとは、まるで人が人工知能と恋に落ちる映画「Her(邦題は「her/世界でひとつの彼女」)を
地で行っている感じだ。Ashley Madisonの場合、相手が会話ロボットであることを明らかにしていなかった点で、
詐欺行為とみなされる可能性が高い。
人間の中に会話ロボットが平然と混じっていても、ほとんどの人が気付かなかったというのも驚きだが、最近
はもっといい意味で人工知能が人々の相手をするための技術開発が進んでいる。
日本でも、ロボットの「Pepper」が店頭で客を迎えてくれるようになっている。アメリカでは、物理的なロボットの
形はしていないものの、電話の向こうでいろいろな質問に答えたり、Webサイトで、保険商品を選ぶのを手伝っ
てくれたりするのに、この手の会話ロボットやAIが多数開発されている。チャットだけでなく、音声でやり取りす
るタイプのものがことに注目されている。
まともな用途でも普及が進む会話ロボット
中でも競争が激しくなっているのは、医療関連の分野だ。例えば、患者の相手になって、その日の体調や気
分、薬の摂取状態などを確かめるタイプのもの。病院へ毎日通うほどではないが、毎日体調などをチェックする
のが望ましいという慢性病患者が相手だ。
この場合、コンピュータスクリーン上で看護士のような身なりをした担当者(=会話ロボット)が質問をし、患者
がそれに答える。何気ない会話のようにしてデータを取り、異変が認識されると看護士や医師にアラートが届く
という仕組みだ。もちろん、会話ロボットはその患者個々人に合わせたやり取りをする。アメリカは医療費が高
額なので、こうしたロボットサービスを介入させることで、病院にとっても患者にとっても節約になると期待されて
いる。
かつてWebサイトのカスタマーサービスによく出てきた会話ロボットは使い物にならなかったが、最近は性能
がグンと上がり、こうした会話ロボット開発が医療や金融サービスなどの分野で進んでいる。
だが、同じ技術がAshley Madisonのように人をだますためにも使われるということだ。どんな技術も表側と裏
側の使い道がある。これからは、この手の詐欺事件もどんどん出てくるのだろう。
NASAが会見 火星に今も水の有力証拠、生命存在議論に一石
2015/9/29 日本経済新聞 電子版
【ニューヨーク=川合智之】米航空宇宙局(NASA)などの研究チームは28日記者会見し、火星の地表に生
命の存在に不可欠な水が現在も流れている証拠を見つけたと発表した。従来の火星探査で過去に川や湖があ
ったことは確認されていたが「火星には特定の状況下で液体の水が存在している」(ジム・グリーンNASA惑星
科学部長)という。成果は英科学誌ネイチャー・ジオサイエンス(電子版)に掲載された。
探査機が撮影した、水が形成したとみられるしま模様=NASA提供・AP
火星の地表の斜面では、暖かい季節に現れて寒くなると消える幅5メートル以下の川のようなしま模様が観測
され、水が流れた跡ではないかという仮説はあったが、証拠は見つかっていなかった。
NASAや米ジョージア工科大学などは、火星探査機「マーズ・リコネサンス・オービター」に搭載した測定器で
火星の軌道上からしま模様を観測したところ、塩の鉱物とみられる物質を確認した。塩水は氷点下でも一定温
度まで凍らず、しま模様は塩水が流れた跡とみられる。研究チームは「水の活動によって火星の斜面のしま模
様ができたという仮説を強く裏づける」と分析している。
【コミュニケーション】
【リーダーシップ・フォローシップ】
【ブランディング】
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4.SOCIETY.CULTURE・EDU.・SPORTS・OTHERS
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5.ECONOMY・POLITICS・MILITARY AFFAIRES
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6.MARKETING
深層中国 ~巨大市場の底流を読む 第71回 レストランは中
国人の結節点~景気低迷の中、外食産業が盛り上がる理由
田中 信彦 2015年09月25日 WEDGE
最近、上海で週末の夜に友人たちと食事をしようと思っても、まともなレストランが全然取れない。仕方が
ないので、先着順で案内するタイプの店に誰かを先に派遣し、順番待ちをさせることがよくある。こんなこと
は以前にはなかった。
株価の暴落や人民元の切り下げ、天津の倉庫大爆発など、このところ中国にはあまり良いニュースがな
いが、一歩街に出てみれば、レストランは大賑わいである。政府の「ぜいたく禁止令」で高級店は大打撃だ
が、代わりに都市部の中産階級を主要なターゲットにした店がどんどんできて、新たな隆盛の時代に入り
つつある。今回はこの外食産業の新たな盛り上がりの背景にどんな変化があるのか、そのあたりを考えた
い。
グッチが世界初のレストランをオープン
上海の旧フランス租界のメインストリート・淮海路にあるショッピングモール「iapm (アイエーピーエム、上
海環貿購物中心)」に今年7月、高級ブランドのグッチがレストランをオープンした。グッチは欧州や日本で
カフェを運営しているが、フルサービスのレストランは世界初という。「1921 Gucci」(1921年はグッチの創業
年)という名称で、面積約600平方メートル。料理はトスカーナ風のイタリア料理で、メニューや食器、ナプ
キンまでグッチのロゴが入っている。こう聞くと、おそろしく高い店ではないかと思うが、そうではなく、客単価
はランチが150元(約3000円)、ディナーで400元(同8000円)ぐらい。価格設定からもわかるように、比
較的カジュアルなイメージでこの店を打ち出している。
狙いは明らかで、落ち込みがひどい高級品市場から、より将来性のある新しい都市部の中間層に視線を
転じ、「ワンランク上のおしゃれな生活」を発信しようということだ。中国の消費というと、高級品のぜいたく
消費か、低価格品の安物市場かの二極分化と長いこといわれてきたが、世界のトップブランドはすでに次
の新しい市場にターゲットを定めている。
2分歩くごとに一軒の飲食店
中国レストラン協会が発表した「2015年中国餐飲(飲食) 業年度報告」によると、中国の外食産業の売
上高は、27兆8600億元(約55兆円)で、日本のほぼ2倍強の規模。景気低迷と政府の「ぜいたく禁止
令」の影響で、2012年以降低迷が続いていたが、2014年には対前年比9.7%の伸びと、明らかに復調し
てきた。それでも高級飲食店だけを見れば、まだ対前年比マイナス6.0%と落ち込みは止まっておらず、そ
のぶん中低価格帯の大衆飲食店の比率が高まって、消費額全体に占める大衆飲食店の比率が8割を超
えた。
中国最大の商業都市である上海には、現在6万5000軒の飲食店があり、総売上高は2兆円を超え、
2000万人の人口のうち100万人が飲食業関連で働いている。市内だけで売上高20億円超の外食企業
が50社以上あり、飲食店チェーンのブランドだけで2000を超えると同報告は伝える。平均すると、2分歩
くごとに1軒の飲食店がある計算になるという。
特に成長が著しいのが大型ショッピングモール内の飲食店で、上海市における過去6年の外食産業の
売上高伸び率は平均約8%だが、ショッピングモール内の飲食店だけを取れば、売上高はこの間、平均
24.9%増と3倍近いスピードで成長している。グッチのレストランがある「iapm」も飲食に力を入れている代
表的なショッピングモールのひとつだ。中国のショッピングモールは午後10時閉店のところが多いが、
「iapm」は午後11時まで営業、これもより都会的なライフスタイルの若い層を取り込む戦略への転換を表
したものといえる。
飲食の比率高まるショッピングモール
かつて中国のショッピングモールは、売上高の比率は「ショッピング7、飲食2、娯楽その他1」が標準とい
われてきた。ところが最近はこの比率が「ショッピング5、飲食3、エンターテインメント・体験型施設2」が普
通といわれるようになった。ここでいう「エンターテインメント・体験型施設」というのは、シネマコンプレックス
(複合型映画館)やゲームセンター、ボーリング場、キッズランドといったものを指す。
最近では「食」の比率がさらに上がり、「3:3:3」(合計が10にならないが、要はそれぞれ3分の1ずつ)、
「2:2:2」といった商業施設も誕生している。例えば、全国に100ヶ所以上の大型ショッピングモール「Wanda
Plaza」を展開する ワンダー (万達) グループが南京市郊外にオープン予定の「南京ワンダーモール
(Nanjing Wanda Mall)」は、敷地面積122万平方メートル、総投資額3000億円という途方もない規模のモ
ールで、巨大なレストラン街や屋内型テーマパーク、キッズランド、ショッピングモール、シネマコンプレック
ス、高級オフィスビル、コンドミニアム、5つ星ホテルなどで構成される。こうなるとショッピングの比率は2
割ほどで、売上高の8割は飲食とその他によるという。今後、こういうタイプの施設が増えていくことになる
だろう。
「食」に執着が強い人たち
外食産業の成長ぶりが目につくが、なぜこのような現象が起きてきているのか。 最も本質的な原因は、
言うまでもなく所得が増加したことだが、それ以外にもいくつかの要因がある。
第一に、中国人はもともと「食」に執着が強い人たちであるという点だ。データで示すのは難しいのだが、
中国人とつきあっていると、とにかく「食べること」に対する執着の強さを感じる。そこにかける労力が違う。
着るものや住むところは多少粗末でも我慢ができるが、食べ物がおいしくないと身体が動かないという感じ
である。
家で食事を作るとなれば、亭主自ら市場に行って、店主と丁々発止のやり取りをしながら食材を選んで
くる。どうやって料理するか、醤油味か塩味か、ニンニクやショウガを入れるか入れないか、真剣な議論を
繰り返す。どこそこの店がおいしいと聞けば、万難を排して食べに行く。「今度の週末、どこそこのレストラン
に行くけど……」と「微信(WeChat、中国版のLINEのようなもの)」でつぶやけば、あっと言う間に仲間が揃
う。話題の日本での「爆買い」も、かなりの部分が食べ物であるし、「どこそこのラーメン店がおいしい」「○
○屋のなんとかを食べなければ日本に行く意味がない……」などといった情報が飛び交っている。
もともと「おいしいものが食べたい」という欲求は強かったが、要はお金がなかったので、基本的に家で食
べるしかなかった。それが所得の増加で、外で食べる余裕が出てきた。これが最も大きな理由だろう。
自分で作れない料理が増えた
食生活の変化も大きい。以前の中国人は食生活には保守的な人たちで、日常的な食事はほとんどが中
華料理だった。ところがインターネット時代になって、海外のさまざまな料理の情報が入るようになった。収
入増とそれに伴う各国のビザ発給要件の緩和で、海外旅行経験のある人の数も毎年数百万人単位で増
えている。
さらに現在の若年層の中心である1990年以降生まれの世代は、日本も含む海外発のファーストフードに
子供の頃からなじんだ世代で、その味に慣れている。ところが両親はまだ海外の味に対するなじみが薄く、
自分で作ることができない。最近、全国の大型ショッピングモールには、ラーメンや寿司、とんかつ、焼き鳥
などの専門店や居酒屋、日本料理店が大量に出店しており、その他イタリア料理や米国風のステーキハ
ウス、韓国料理、タイ料理などの店も少なくない。こうした家庭では作れない外国料理の浸透が、外食機会
の増加に役立っていることは間違いない。
ネット通販で実店舗が減少、飲食に転換
供給サイドの事情もある。それはネットショッピングの普及で、物販のリアル店舗が減って、飲食店に転換
していることだ。中国では、低廉な物流経費や決済システムの利便性などもあって、「淘宝 (タオバオ)」に
代表されるネット通販の利用率が高い。中国の小売総額に対するネット通販のシェアは2011年の4.4%
から翌2012年には6.3%、2013年7.4%、2014年には10.0%と急速に伸びており、若年層の通販利用率
の高い衣料品や雑貨、家電製品などに限れば、ネット通販比率は2~3割に達するとの見方もある。
こうしたネット通販の直撃を受けたのが、若年層向けのファッション関係の店舗だ。例えば、上海のど真
ん中、地下鉄「人民広場」駅周辺に上海最大級の地下商店街がある。ここはもともと日本の渋谷界隈のよ
うな「可愛い系」ファッションの店が多く、10代の女性を中心に賑わっていたのだが、最近、駅入り口近くの
最も目立つスペースが大改装され、数十の店舗が店を閉じて飲食店に入れ代わった。地元メディアの報道
によると、こうしたファッション関係小売店は軒並み売上が急降下しており、対前年比で30%~40%減は
ザラだという。賃料が払えずやむなく退店、その後釜として飲食店を誘致するケースが増えている。
また上海市街の南部にある「日月光中心」というモールは、もともとパソコンやコンピュータ用品、携帯電
話、文具などを中心に扱うショッピングセンターだった。しかしこれらもネット通販の影響を受けやすい商品
で、売上が激減。回復の見込みが立たないことから店内を大幅に改装し、飲食が全体の60%を占めると
いう大胆な構成に転換、「ショッピング&グルメモール」と銘打って再出発した。地下には若者向けのフード
コートを設置し、チーズケーキやプリン、ヨーグルトなどデザート類の専門店も導入するなどして、一躍、上
海の人気スポットのひとつに躍り出た。
市内の淮海路と陝西南路の交差点という好立地にある高級デパート「上海巴黎春天百貨(プランタン上
海)」でもこの春、売れ行きの芳しくない若者向けファッションブランドの数店が退店し、その後にスターバッ
クスが入るなどの変化があった。ユニクロなど大手チェーンとの競争に負けた部分もあるが、これもネット通
販の影響によるものというのが定説になっている。
SNSとマイカーですぐ集合
こうした市場の変化を促進したのがSNSやマイカーの普及による中国人の行動パターンの変化だ。前回
の連載第70回「『13億総商売人』の時代がやってきた ~『ネット小商売』隆盛に見る中国人の『しぶと
さ』」でも書いたように、個人と個人を直接つなぐSNSのシステムは、信頼できる個人どうしが力を合わせ
て世の中をわたっていく「中国人社会の仕組み」と極めて親和性が高い。
もちろん個人差はあるが、大方の中国人は1人でいることが苦手で、何事につけても家族や仲間と一緒
にワイワイやるのが好きである。親しい仲間が集まって、あるテーマに関して、ああでもない、こうでもないと
議論する。こういう時の中国人は本当に楽しそうだ。その議論の中心になるのが食事の場である。何かあ
ると「今度、ご飯食べよう」という話になる。誰かにお世話になりたいと思ったら食事をご馳走し、世話になっ
たといっては食事に招く。その時にどんなレストランを選ぶのか、そこでどんなメニューを注文するのか、そ
れらが全て一種のメッセージで、そのプロセスもみんなで楽しんでいる。
昔だったらみんなに連絡を取るだけでも一仕事だったが、今では「微信」のグループチャットでメッセージを
流せば、立ちどころに相談がまとまる。中国人の「微信」には何十ものグループが保存してあって、今日は
ここ、明日はこっちとさまざまなグループに連日のように「ご飯食べよう」と呼びかけている。日本人のように
何週間も前から会食の日程を決め、 誰と誰を呼んで……みたいなことはないのである。
そして、そのための足になるのが自分のクルマである。中国の自動車保有台数は2014年末時点で1億
5400万台に達し、2000年の35倍と飛躍的に増加している。100世帯当たりのマイカー保有台数は、北京
では63台、広州、成都などでも40台を超える。もはや都市部のホワイトカラーではクルマを持っているの
は当たり前である。
中国の家庭では、一部の超エリートみたいな人は別として、勤め先からまっすぐ帰宅することが多い。同
僚と一緒に帰りにちょっと一杯――というケースはさほど多くない。いったん家に帰って、奥さんや場合によ
っては子供や両親なども連れて、自分のクルマを運転してレストランにやってくる。マイカーがなければ、と
てもこんなことはできない。
かくして「微信」と自分のクルマという手足を得た中国人は、自由自在に連絡を取り、自由自在に移動し
てご飯を食べに集まってくる。そこでは単なる世間話もあれば、商売の話もあり、時には人生の問題を論じ
ることもある。中国人にとっては信頼できる家族や親類、友人たちこそが人生で最も大切なものであり、大
事な議論は――会社でではなく――食事の場で話される。レストランは中国社会で人と人をつなぐ結節点
である。
そう考えれば、中国人の暮らしに余裕が出て、連絡と移動の手段を持った現在、「集まってご飯を食べ
る」機会が増えるのは自然な流れだ。株価や為替の変動にかかわらず、外食産業の成長は続いていくだ
ろう。中国の人口は日本の10倍だが、外食産業の市場規模はまだ2倍強でしかない。これから内陸部の
都市化が進んでいく中で、最も有望な業界のひとつが飲食業で、日本企業にもチャンスがある数少ない業
界だと思う。成功のカギは「微信」とクルマにある、そう私はにらんでいる。(2015年9月25日掲載)
深層中国 ~巨大市場の底流を読む 第70回 「13億総商売
人」の時代がやってきた ~「ネット小商売」隆盛に見る中国人の
「しぶとさ」 田中 信彦 2015年08月28日 WEDGE
中国ではいま個人のネットショップが爆発的に増えている。誰でも始められる「ネット小商売」は猛烈な勢
いで生活に浸透しており、中国人はまさに水を得た魚のようにますます「個人モード」中心の生き方を加速
している。そのメカニズムついて考えてみる。
「カニの紹興酒漬け」が大ヒット
1カ月ほど前、江蘇省無錫市でブティックをやっている張さんという女性から連絡があった。「上海蟹の紹
興酒漬けを自宅で作って売る商売を始めたら、売れすぎて大変なことになっている。知恵を貸してもらえな
いか」というのである。
張さんは同市の中心部で婦人服を商っているが、景気低迷で服の売上は頭打ちなので、不況に強い食
品を手がけることにした。ホテルのレストランで調理師をしている親類に頼み、看板料理のひとつ「上海蟹
の紹興酒漬け」のレシピを内緒で教えてもらった。江南一帯では、茹でた上海蟹を紹興酒や醤油、砂糖、
生姜などで味付けしたタレに漬け込み、味が染みてから食べる料理がある。地元ではファンが多く、実は私
も大好きである。
張さんのご主人がレシピをもとに丸1カ月、家にこもってタレの作り方を研究した。「大鍋何杯ぶんのタレ
を捨てたかわからない」という試行錯誤の末、納得できる味のものができあがった。自宅の大釜で試作品を
作り、親戚や友人知人に食べてもらうと非常に評判が良い。手応えを感じたので、店の前に机を出し、無
料の試食品を配って道行く人の反応を聞いた。これまた大好評で、「どこで買えるのか」という声がたくさん
出た。
自信を得た彼女が目をつけたのが日本では「中国版LINE」と称される「微信(WeChat)」である。「微信」
には「朋友圏(モーメンツ)」と呼ばれる、フェイスブックのようなソーシャル機能があり、数百人から時には
1000人以上の「朋友」がいる人も珍しくない。そこに「自家製の上海蟹の紹興酒漬け、〇〇個限定、5つで
100元」みたいな話を写真付きで載せたところ、注文が殺到。慌てて生産して届けたところ、すこぶる好評
で、「友人にも配りたい」「両親に食べさせたい」といったリピートオーダーが続出した。さらに「こんなおいし
いものがある」という新たな書き込みが友人たちの「朋友圏」上に続々と転載され、引き合いが加速度的に
増えた。
友人から友人へ、爆発的に拡散する情報
「微信」の威力は、友人の紹介というレバレッジ(テコ)が効きやすいところにある。中国人の「朋友圏」の
中では、常日頃からさまざまな商品やサービス、飲食店の評判などが飛び交っており、気に入ったサービ
ス、商品、おいしかった店などを積極的に友人たちに紹介する。その心理には次の3つの要素がある。
(1) 自分はこんな良いものを(人より先に)知っているのだという、鼻が高い気持ち
(2) こんな良い体験は友人たちにも味わってほしいという、友人を思う心
(3) 頑張っている商品、サービス、店を応援したいという心情
とにかく中国人は、自分が良い経験をすると、それを親しい人、仲の良い人と共有したいとの気持ちが非
常に強い人たちである。日本人にもそれはあるが、中国人のほうが友人の範囲が広く、共有の程度が強
い。良い経験を自分だけに留めておくことができず、みんなで分け合えばさらに楽しいと感じる。そして情報
の共有を受けたほうも、聞き流さずにそれを正面から受け止めて「自分も試しに買って(行って)みよう」と反
応する傾向が強い。
日本人も同様の気持ちはあるが、友人に商品やサービスを売ることは少ない。それは、友人たちは「あい
つが言うのだから買わねばなるまい」と負担に思うに違いないし、仮に一度は買ってくれても、二度三度と
繰り返せば疎ましく思われることがわかっているからである。中国では友人の商売については、もちろん度
を越せば問題だが、寛容というよりむしろ積極的だ。ここが日本社会と大きく違う。この個人と個人の相互
扶助的な関係性に「微信」の爆発的なパワーの源泉がある。
お客がその場で代理店に変身
張さんのカニ商売は、紹介に継ぐ紹介で、あっと言う間に毎日の注文が200個(5 個入り40パック)超え
るようになり、夫婦では手が回らなくなった。張さんはブティックの中二階に業務用のコンロと巨大な釜を据
え付け、退職して家にいた両親を駆り出して一家総出の増産体制を敷く。素人相手に最初は愛想のない
対応をしていたカニの卸売業者も、仕入れが増えてくると本気になり、質の良いカニを安く出してくるように
なった。
次に起きたのが流通形態の変化である。一口で言うと、頼んだわけでもないのに、お客が代理店に変身
してしまったのである。
張さんの「朋友圏」には服の商売で知り合った仕入れ先など、地元以外に住む友人も多くいた。取引先
の1人である広東省の服飾ブローカーは張さんのカニのおいしさに驚き、再注文して友人知人にも配っ
た。それも大好評で「もっと食べたい」との声が相次いだので、この人物は「継続的に売るから、広東省の
代理権をくれ」と言ってきたのである。「広東省の人口は1億人以上だ」と気宇壮大なことを言う。ちなみに
現在では中国でも物流網の進化が進み、運輸会社の冷蔵宅配便を使えば、上海から1000㎞以上離れた
広東省でも生ものを翌日配達で送ることができる。
このほかにも北京や蘇州などからも「代理をやりたい」という申し出が相次ぎ、販売開始2カ月も経たず
に1日の平均販売個数は500個(5 個入り100パック)を突破、金額にして1日1万元、日本円20万円を
超えた。単純に掛け算すれば1カ月25日として月商500万円、年商6000万円。個人の商売としては相
当の規模である。
現在、張さんは無錫から近い中国一の大市場である上海に代理店をつくり、小さな食品加工場を開いて
安定的に商品を供給し、販売を拡大していくプランを描いている。冒頭に触れた私への連絡は、簡単に言
えば「上海の代理店になってくれないか」という話だったのである。ありがたい申し出ながら、私にはカニを
売る能力はないので断念したが、要はこういうフットワークの軽さが中国人の商売の活力なのである。
猛烈に広がる「小商売」のネットワーク
個人の商売が個人を媒介に拡散し、その商売を個人が代理店となってさらに拡大する。張さんの商売は
「微信」を舞台にした、典型的な創業物語のひとつである。彼女の場合、もともと自営なので事業の拡大ペ
ースが早いが、ごく普通の市民の間でも「微信」上の個人ショップ「微店(YouShop)」を通じた小商売のネッ
トワークは深く広がっている。
私と妻が10年ほど前から上海の自宅に出張マッサージをお願いしている女性は遼寧省東部の農村の
出身で、実家では母親が毎年、畑で採れる緑豆で大量の「粉皮(フェンピー)」を作る。「粉皮」とはデンプン
で作ったシート状のはるさめのようなもので、冬にナベ料理などに入れて食べると非常においしい。
世話になっているお礼と称して毎年大量に届くので、食べきれず、友人たちに配ると、これが市販のもの
より圧倒的においしいと好評で、送られてくる量は年々増えた。何年かするうちに「微信」の時代になり「い
っそ売ったらいい」ということで、適当に値段を決め、「朋友圏」で告知したところ、巨大な段ボール箱数箱
ぶんの「粉皮」があっと言う間に捌けた。東北の寒村で1人暮らしの母親は、自作の食べ物が都会人に歓
迎されたことに大いに喜び、収穫の時期を楽しみにするようになった。もちろんこの小商売の利益は大きな
ものではないが、農村で現金収入を得るのは簡単なことではない。これも「微信」が産んだ経済効果のひと
つである。
いま中国全土でこのような個人による「小商売」の波が猛烈な勢いで広がっている。いささか誇張した表
現ながら、メディアでは「国民総商売人の時代」といった文言が踊っている。
大手企業の従業員がネット店舗のオーナーに
最近注目されているのが、大手家電メーカーや家電量販店などが自社の従業員らにネット上の個人商
店を開かせ、自社製品の販売権を与える動きが広まっていることである。
中国の代表的な家電メーカーのひとつ、海爾集団(ハイアール・グループ)は、今年7月、自社の3万人
の従業員に「微信」上のショップをオープンさせ、同社の商品を販売する制度の導入を発表した。この制度
は同社の従業員でスマートフォンを持っていれば誰でも参加が可能で、専用ソフトをダウンロードし、自分
のショップで同社の製品を売る。売れた際には2%程度の手数料が同社から支払われる。在庫を持つ必
要はなく、商品の配送やアフターサービスはハイアールが直接行うので、従業員は事実上、投資ゼロ、ノー
リスクで販売店のオーナーになることができる。
またエアコンや冷蔵庫、電子レンジなどの大手メーカー、美的集団(ミデア・グループ)は、今年初め、「美
的パートナーズ」という制度を導入。従業員に限らず一般の消費者でも参加が可能で、簡単な審査を通れ
ば「パートナー価格」で同社の商品を仕入れることができ、やはり「微信」上に開いたショップで販売できる。
やり方次第では一般のネットショップよりも低価格での販売も可能という。また新たなパートナーを勧誘する
とボーナスが出る仕組みもある。
さらに家電量販店チェーンの最大手、蘇寧電器は同社の従業員が自分自身「微信」上のネットショップオ
ーナーになれる制度を導入。専用ソフトをダウンロードして店を開けば、同社のリアル店舗で扱う商品を売
ることができる。価格は同社の公式ネットショップと同じで、売れた場合には4%程度の手数料を支払う。や
はり在庫のリスクはなく、配送やアフターサービスは同社が直接行う。
自社製品を販売する個人のネットショップを従業員が開くことを、こうした大手企業が奨励するという仕組
みは日本ではなかなか考えにくいところだろう。
SNSと社会の親和性
中国人と日本人の発想を比べた時、最も大きく異なるのは、個人志向か全体(枠組み)志向か、という違
いにある。中国人は自分個人の利害から出発し、自らの利益を確保するために自分が属する「枠組み」
(国、会社、制度……)をどう利用するかという発想をする。日本人は自分を含む「枠組み」全体の利害をま
ず考慮し、その結果として自分にも利益がもたらされるようにしようと考える傾向が強い。
これは、どちらが優れているとか、どうあるべきかという話ではなく、社会としての考え方の「クセ」である。
もちろん個人差は大いにあるし、自分が育った環境や従事している職業などによっても、このあたりの感覚
には違いがある。しかし「微信」に代表されるような個人を軸にしたコミュニケーションツールとの親和性は、
中国社会のほうが日本より圧倒的に高い。
「微信」はすでに中国で6億人以上の加入者を持ち、電話やメールを超えて個人対個人の通信手段の
スタンダードになった観がある。日本で言えばLINEとほぼ同様の仕組みで、同じく「個対個」もしくは「個対
多」を直接つなぐメディアだが、その社会への「棲み付き方」は日本とはだいぶ違う。LINEは日本では友人
間などプライベートなコミュニケーションに用いられるのがメインだが、中国では仕事や商売とプライベート
の区別がない。自分と気の合う、利害の一致する個人どうしが組織の枠に関係なく結びつき、「個」と「個」
としてスクラムを組んで商売をする。そういう傾向が強い。
「個」の論理を加速するデジタル技術
過去を振り返ってみると、1980年代まで連絡手段は固定電話とそれに付随するファックスしかなかった。
電話番号は会社や組織に附属していて、会社を辞めれば人脈や情報、商権の多くは置いて行くしかなか
った。当時、中国は社会主義計画経済の影響が大きかったから、それでも大きな問題はなく、中国人はお
となしく組織に属していたのである。
ところがその後、携帯電話の普及が始まる。90年代後半にはビジネスパーソンの大半は携帯電話を持
つようになった。これは革命的なことだった。業務上の連絡先が自分の携帯電話であれば、情報や人脈な
どの資源は自分個人の手元に維持することができる。少し遅れて普及した電子メールも同様で、自分個人
アドレスを使えば、情報のポータビリティが確保できる。これによって、中国人の生き方の自由度は飛躍的
に増した。
今回のスマートフォン普及による「微信」の浸透は、これらに続く第三の波である。これによって中国人の
「個」と「個」のコミュニケーションの頻度と密度はさらに高くなり、個人が商売を始める手間とリスクは劇的
に軽くなった。報道によると、すでに3000万軒の個人ショップがオープンしているという。「微信」のユーザ
ーは1990年代以降生まれが中心なので、今後、時の経過とともにユーザーが増加していくことは間違い
ない。
激変する「ものの売り方」
前述したように、数万人にのぼる大手企業の社員が、自社製品を売る自分自身の店舗を開いているとい
う事実は、この社会での「ものの売り方」が大きく変化していることを示している。極端なことを言えば、販売
部門の社員は全員が自営業。メーカーは造るだけで、後は誰が、どこで売ろうと自由。売ってくれた人には
マージンを支払う。商品を販売するための特定の組織もなく、マスを相手にした広告宣伝もない。個人と個
人をつなぐネットワークと評判だけで商品が売れていく。そんな仕組みがありうるかもしれない。
そして、組織に頼らず、個人を単位に、個人と個人のつながりで自分たちの利益を図っていくという「中国
人的生き方」は、こうした「個」を単位にしたネットワーク上において非常に強いパワーを発揮する。強いネッ
トワークを持つ個人どうしが協力し、互いに資源を共有しながら、お互いの商品を互いのネットワークで売り
合う。そう言えば、冒頭に紹介した張さんの店では、高級婦人服の既存顧客には「上海蟹の紹興酒漬け」
もよく売れている。個人の力で販路を広げ、信頼できる個人どうしが商品を融通して、大胆に売る。商売人
としての中国人のパワーは、今後ますます強まっていくだろう。
もちろん現状の個人のネットショップには、食品の品質や衛生基準の確保をどうするか、ショップ乱立によ
る過当競争と商品画一化をどう防ぐかなど課題は多く、すでにそうした問題は噴出している。しかし「微店」
的な「小商売」のシステムは、紆余曲折はありながらも中国人の人生に不可欠のプラットフォームとして機
能していくだろうと私は考えている。「個」の力を自ら矜(たの)んで生きていく「しぶとさ」こそが中国社会の
強みであり、中国人の魅力であり、これからの日本人が世界の荒波の中で生きていくために学ばねばなら
ないことではないかと思うのである。(2015年8月28日掲載)
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7.MESSAGE
学校教育に洗脳されなかった シールズ奥田愛基の野生
佐高 信 [評論家] 【第30回】 2015年9月28日 DOL
奥田愛基はいま、注目の23歳である。私は何度か国会前の安保法制という名の戦争法案反対集会で一緒
になったが、むしろ、静かな印象を与える若者だった。もちろん、「安倍はやめろ」とラップ調でコールする声は激
しい。しかし、たとえば9月15日の参議院特別委員会の中央公聴会では公述人として次のように切り出してい
る。
「大学生の奥田愛基と言います。シールズという学生団体で活動しています。こんなことを言うのは非常に申し
わけないが、先ほどから寝ている方がたくさんいるので、もしよろしければ話を聞いてほしい。僕も2日間くらい
緊張して寝られなかったので。僕も帰って早く寝たいと思っているのでよろしくお願いします」
奥田にメモを渡して、こう発言するよう促したのは、やはりシールズのメンバーで、同じ明治学院大4年生の
牛田悦正だった。
シールズとは、Students Emergency Action for Liberal Dmocracy-sの略で日本語に訳せば「自由と民主主義
のための学生緊急行動」となる。
奥田によれば、特定の支持政党を持たない無党派の集まりで、保守、革新、あるいは改憲、護憲の垣根を越
えてつながっている。
最初はたった数十人で、立憲主義の危機や民主主義の問題を真剣に考え、5月から行動を開始した。その
後、デモや勉強会、街宣活動などを通じて、自分たちの考える国のあるべき姿や未来について社会に問いかけ
てきたつもりだという。
シールズに対しては「騒ぎたいだけだ」とか、「若気の至り」などの非難の声も投げつけられたが、私の接した
奥田は、浮わついたところのない好青年である。
「家にマザー・テレサがいたらウザくないですか?」
どうして、こういう若者が育ったのか? その秘密を尋ねて1冊の本に行き当たった。高橋源一郎×SEALDs
著『民主主義ってなんだ?』(河出書房新社)である。
作家の高橋は明治学院大学国際学部の教授でもあるが、奥田と牛田はそのゼミ生らしい。
大学の入試で高橋は奥田を面接し、奥田のつくるカレーの話になって盛り上がったという。それまでの学校教
育に“洗脳”されて、受験生はほとんどおとなしいのに、奥田はとびぬけて野性的だった。
高橋の「言語表現法」という文章を書く授業でも異彩を放ち、高橋はしばしば、奥田の書いたものを題材にし
た。高橋の奥田評を引こう。
「惚れ惚れするような、変な、文章を書いてくるんだ。どこに向かっているのかわからない、無鉄砲なところもよ
かった。文章も奥田君も。それから、奥田君は、突然姿を消したり、いきなりゼミにやって来て、ゼミ長みたいに
振る舞ったり、またいなくなったりした」
奥田の父親の知志は北九州で貧困者やホームレスの支援をしている有名な牧師である。でなければ、愛を基
になどという名前を息子につけないだろう。しかし、奥田にとって、このことはけっこう重かった。
たとえば放火で服役していて出所して、また放火した人を親は引き受けるという。緊急家族会議が開かれ、「う
ちが火つけられない?大丈夫?」といった話になる。
結局、引き受けたのだが、朝起きると、知らないおじさんがいるのも日常茶飯事だった。
「この人は新しい家族だから」と父親は平気な顔で言う。
とまどいながらも奥田は、「パン、何枚食べますか? あ、2枚っすか」といった応対をしていた。
「すごい教育受けてるね」と高橋も合いの手を入れているが、奥田は小学校まではそれが普通だと思ってい
た。他の家とは違うことがわかっていなかったのである。
酔っぱらった勢いで、一度、父親に「なんでそんなことやってんの?」と尋ねた。返ってきた答は、「僕な、人間
が好きなんよな」だった。自分の父親は「ヤバいぞ」と奥田は思ったという。
「いいお父さんだね」と言われて、奥田は胸の中で呟く。「よく想像してみてくださいよ。家にマザー・テレサがい
たらウザくないですか?」
飼いならされていない野性が大人を惹きつける
奥田は語る。
「そういう親父のもとに育って、中学で家を出ました。北九州にいたときは不登校とかいろいろあって、というか
家と世俗の価値観があまりにも合わなすぎて(笑)。だから九州を出て、八重山諸島の鳩間島っていう、ディズ
ニーランドよりも小さい周囲4キロくらいの島に行って、そこで中学生生活をおくりました。卒業して、島根県の
浅利町という人口が千人くらいしかいない所の高校に行って、そして今に至るという感じですね」
海が好きな奥田が鳩間島を選んだのはグーグルで検索した結果である。最初は海外に行こうとか、国内で一
番遠い北海道に行こうかと考えていた。しかし、北海道は寒いなと思って沖縄にしたのである。
奥田が入った島根の全寮制の高校は3学年で50人。1学年が20人足らずだった。
奥田の飼いならされていない野生が育まれた背景である。
そんな奥田も、自民党を離党せざるをえなくなった武藤貴也が、シールズの主張は「だって戦争に行きたくな
いじゃん」という利己的な考えに基づくと発言し、「どう思いますか」と何度も訊かれた時は辛かったという。
バカな発言をまともに取り上げるメディアにうんざりしたのだろう。
しかし、そんな大人ばかりではなかった。自発的に慶大名誉教授の小林節がやって来たのである。マイクを渡
すと小林は口を開いた。
「こんなひどい雨の中で集団的自衛権に反対していると聞いて多少なりとも応援にと来ました」
神奈川新聞「時代の正体」取材班『時代の正体』(現代思潮新社)によれば、奥田はこの時のことをツイッター
でこう振り返っている。
「小林節さん片手が少し不自由だから、マイク持ったら傘持てないんだよね。それ初め分からなくて、マイク持っ
てもらったらめっちゃ濡れちゃって。けど全く動じず話し出して、スピーチして。超堂々としてた。動画見たら分か
るけど、メガネに水滴が垂れるぐらい雨降ってた中でだよ」
生まれつき左手の指がない小林は、いじめられ、したたかに孤独を味わってきた。その小林の言葉を引きな
がら、奥田はさらにつぶやく。
「疲れてるのもあるけど、もうこれ電車の中でボロ泣き。『君たちはひとりじゃない。エネルギーは正しい方向に
向かっているよ、と励ましたかった。僕がひとりで闘ってきたから、余計にそう思うのかな』先生、俺マジで頑張り
ます」
安倍的“壊憲”を論破する 無敵の憲法学者 小林節
佐高 信 [評論家] 【第24回】 2015年7月6日 DOL
6月4日の衆議院憲法審査会で、早大教授の長谷部恭男らと共に特別委員会で審議中の安保法案は憲法
違反だと断じた慶大名誉教授の小林節の発言が波紋を呼んだのは、その卓抜な比喩のせいもあった。たとえ
ば、戦争への協力を銀行強盗を手伝うことになぞらえて、小林はこう皮肉ったのである。
「(他国との武力行使は)一体化そのもの。長谷部先生が銀行強盗して、僕が車で送迎すれば、一緒に強盗し
たことになる」
その前に小林は、安保法案の本質について「国際法上の戦争に参加することになる以上は戦争法だ」と批判
し、平和安全法制と名づけた安倍晋三首相や政府の姿勢を「平和だ、安全だ、レッテル貼りだ、失礼だと言う方
が失礼だ」と斬り捨てた。
憲法のイロハも知らない自民党の御用評論家
小林は改憲論者であり、私は護憲論者だが、安倍的“壊憲”論に危機感を深くしていることでは一致しており、
最近とくに交友を深めている。
6月12日には神田駿河台の連合会館で「安倍“壊憲”政治をストップする!」という集会を開き、私と対談して
もらった。
名うての改憲派の山崎拓(自民党元副総裁)と小林が、それぞれ、早野透(桜美林大教授)と私を相手に「安
倍晋三の大暴走に猛抗議する」というキャッチフレーズの下にである。
主催は土井たか子や落合恵子と共に私がつくった「憲法行脚の会」。
ここに小林の「自民党改憲草案集中講義」というパンフレットがある。『日刊ゲンダイ』の連載をまとめたもの
で、かつて小林は自民党のブレーンだっただけに非常に説得力がある。
まず、自民党の改憲案は、要するに明治憲法に戻ろうとする「時代錯誤」の一語に尽きると批判する小林は、
そもそも権力担当者を縛るのが憲法なのに、国民全体を縛ろうとする憲法観が大間違いだとし、まさに「大日本
帝国の復活」を望む自民党の憲法マニア議員たちには「自分たち権力者が憲法を使って民衆をしつける」という
姿勢が見え隠れすると指摘する。
小林はさらに、高名な「自民党の御用評論家」が次のような発言をしている場に少なくとも3回同席した、と語
る。
「日本国憲法には『権利』という言葉が20回以上も出てくるのに『義務』という言葉はたった3つしかない。この
権利偏重の憲法が今の利己的な社会をつくった……」
商工会議所や青年会議所でも同じような発言を聞いたが、これは大きな間違いである。
だいたい、憲法は国家権力の濫用から国民各人による幸福追求を守るためのものであって、そこに「権利」の
規定が多く、国家に従う「義務」の規定が少ないことは当然だと説く小林の試験を受けたなら、自民党などの改
憲派ならぬ壊憲派はすべて落第ということになる。
これは憲法観の違いなどではなく、憲法のイロハさえ知らぬということなのである。
法と道徳を混同している落第生たちは改憲案で「家族は互いに助け合わなければならない」と命ずる。
しかし、これはまったく余計なお世話で、憲法でこう規定したら、離婚は明白に憲法違反になってしまう。イロハ
さえ理解していないから、珍妙なことを大真面目に強調してしまう。
彼らは、わが国の憲法改正条件が特別に厳しいなどと言うが、これについても小林は次のように一蹴する。
「わが国の改憲手続き条件は他国と比較して特に厳しくはない。現にアメリカ合衆国憲法では、上下各院の3
分の2以上による提案に加えて、全米50州の4分の3以上の州の承認を個別に得ることを条件としている。
これは明らかに日本より厳しい」
一時、安倍首相は条件の引き下げに動いたが、小林はそれを“裏口入学”を図るものと断罪した。
「じじいたち」の時代錯誤と世襲議員の傲慢さ
私がホストの『俳句界』の対談でも小林節(ぶし)はクリアーだった。発売中の7月号掲載である。
小林は慶大助教授の時、自民党の勉強会に来て、彼らが「押しつけ憲法」に憤慨し、「明治憲法に戻ろう」と強
調するのに対して、「押しつけられたのは、世界史の中で日本がクレイジーな振る舞いをしたからだ」と反論し、
「愚かな戦をして負けることによって、いい憲法をもらった」と付け加えたら、彼らは逆上して、小林を「戦後教育
の徒花」と非難したという。
彼らはよく、「アジアを侵略したのではない、アジアを欧米の植民地から解放したのだと主張するが、民族自決
の時代になってアジアは独立したのであって、日本が独立させたわけではない」と小林は却下する。
「新しい侵略者として失敗しただけ。もし本当に彼らを独立させる気だったら、西洋人が横文字の言語とバイブ
ルを持って行ったように、何で日本語と鳥居を持って行ったんだ。おかしいじゃないですか」
続けてこうまで論難したので、小林によれば「じじいたち興奮して」血圧が上がったという。
この間の百田尚樹を呼んだ自民党若手の勉強会を見れば、アタマに血がのぼっているのは「じじいたち」ばか
りではないらしい。
世襲議員たちは、意見が合うと、「さすが一流大学の先生はいいこと言う」と同調し、合わないと、「小林さん、
政治は現実なんだよ。あんたは現実知らないんだよ」と若造の代議士までが決めつけた。
本当に荷物をまとめて席を立ちたくなったが、そこで帰ったら負けだから、そこでは言わせておいた。
彼らの傲慢さは特権意識から出てくる、と小林は指摘する。
「彼らの育ちを想像したらわかるじゃないですか。塀に屋根がついているようなすごい屋敷に住んでいて、黒塗
りの車がいつも止まっている。代議士(である父親)はほとんど東京に出ていて、選挙区には奥さんと子どもが
いて、子どもが小学校に行こうとして遅れたら、秘書に『空いてる車で送って』ですよ。小学生から黒塗りの車で
送迎されたら、感覚がずれちゃう。それから、母が命令調で使っているから、同じように成人の秘書や運転手を
ああだこうだと使うでしょう。人は背後の父親におじぎしているのに自分が偉いかのように錯覚しておかしくなっ
ちゃう」
何も恐れずズバズバと指摘しているように見える小林だが、ひとり娘だけにはちょっと怯むという。
【上海凱阿の呟き】
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